第54話 憂う混沌の少女
「見えた……連絡にあったフェラーリだっ!少佐がお出でになられたらすぐに輸送機を出すぞっ!」
その後部ハッチ部で空港出入り口を遠目で注視する当主お付きSPは、視界に猛烈なる加速で迫る赤き影を捉えた。
が――法定速度なるものを完全に置き去った
SPの声を受け離陸準備に入る輸送機。
程なく速度を大きく落とし、輸送機ハッチ内部へと車体下に火花を散らしながら吸い込まれる跳ね馬。
そこでようやく
「すぐに輸送機を機関へ!」
「了解です!少佐とシャルージェ嬢は機内シートの方へ!それと――」
「彼は味方です!そちらについては追々に話します!」
さらに共闘宣言を出した
跳ね馬もすぐさま機内隊員の手で固縛がなされ、発進準備が整って行く。
「待たせてしまいました!状況は!?」
「はい、観測者の協力を得て以降……
「そう……ですか!」
それが終わりではない――ないが、しかし確実に守りの力が強固となった現実を実感していた。
少佐と同様に安堵を浮かべる魔剣の侍女に、やるなとの感嘆を浮かべる赤眼の真祖。
対ノーデンス戦は佳境へと突入して行く――
§ § §
俺とアイリスだけではなしえなかった策。
オリエルがいて、機関のオペレーター娘達がいて――そして新たに加わった
オリエルの機転で、髭ジジィをぶち抜く軌道上へ燃え女と爆風娘だけじゃなく……未だ機関上空を舞う尖兵――ナイトゴーントにミ=ゴがドレッドノートによってまとめて誘導されていた。
結果、かなりの尖兵残存数を減少させることに成功。
それをモニターの反応で確認した俺は
その勢いで機関の海中区画へ取り付く化け蛸共を、片っ端からドリルの餌食としてやった。
「海中の化け蛸共は一掃した!問題は三体の邪神……こいつらが一番厄介だぜ!」
『はいなのですぅ!何れも現在体勢を大きく崩した所――でもでも、油断は禁物なのですぅ!』
機関の海中部は大きくダメージを受けてはいたが――
実際の所その全容を把握していなかった俺も度肝を抜かれた。
確かに機関施設内部でなら下層へと降りた経験はあるが……実際モニター越しで映る海中の全貌はすでに浮き島要塞。
否――海洋に浮かんだ巨大機械島と言えた。
思考に刻まれたヒュペルボレオスの全貌。
一先ずそれを後回しにして、現在の各機の位置把握に努める。
同時に、このアクア・ドレッド換装状態の竜機戦闘能力概算を割り出した。
その結果――
「ウィスパ!このアクア・ドレッド換装状態は、海上での戦闘には
「つまり、海上での戦闘には他のドレッドの力を借りる必要がある……って事か!?」
ドレッド単機での大気圏内航行には支障が無さそうだったが、竜機との換装状態は別だった。
言うに及ばず――先のアイリスとテラーズ・ドレッド同様の理屈が通る事に俺は辿り着く。
それがこのドレッド換装によるメリットとデメリットと言う事でもあったんだ。
俺の問いが的を得ていた事に加え、何やらそれが相当嬉しかったのか――ウィスパの表情が特段に明るく輝いた。
『そ、そうなのです!正解なのですぅ!視覚的な情報への理解に止まらず、そこから導かれる
「よせよせ、褒めすぎだぜ(汗)けどありがとな!ならば――」
得られた情報から解を搾り出す。
先に竜機がドレッド換装に移行しようとした時の、髭ジジィの反応速度は充分考慮の必要がある。
ジジィが再び同じ行動を取るのをすんなり許すとは思えねぇ。
さらには海上へと出れば、立て直したお転婆邪神達が挟撃なりなんなり敢行するに違いない。
そこまで思考した俺は――同時にこちらにも頼れる援軍がいる事を想定に加えた。
俺だけじゃなく……俺達でかく乱すれば、ドレッド換装を踏まえ邪神共を出し抜く事も叶うハズと。
そこで策を実行するためにモニターへ移るウィスパへと問う。
彼女達が可能とする意志伝達が、邪神らの思考に悟られる物か否かを。
「一つ聞く!ウィスパ達
『いえ、これはあくまで
「へへっ!そうか、分かった……いい情報感謝するぜウィスパ!」
そして得られた情報は俺の策へさらなる成功率を刻んでいく。
髭ジジィの不意を付き、燃え女と爆風娘さえ襲撃し――その
機体モニター端で確認したドレッド換装時の性能を参考に、奴らを翻弄するために二度のドレッド換装を行う様思考。
組み上げた作戦をウィスパへとデータ送信にて送った。
海上での邪神攻略は先のデータ通り――
さらにそこから二度のドレッド換装までを、
音声通信と霊量子通信の二段構え。
二つ目が届かぬオリエルには即興での策に応じて貰う。
あいつを信じ……身振りにアイコンタクトを用いれば――
そんな確信からの作戦だ。
「さあ行くぜ、ウィスパ!俺達人類と
『意思疎通はお任せあれなのですっ!やってやるのですぅ!!』
水を司るパートナーの羨望と期待をエールに変え、俺は残る邪神を相手取るため――
再び海上へとその機体を舞い上がらせた。
§ § §
地球は遥か衛星軌道上。
ほくそ笑む影が操る異形の機体がモニター越しに、同族の苦戦を傍観していた。
「何と言うことでしょう……何と言うことでしょうか。アリスの協力を得る事が叶うとは――これは少々人類の因果を
漆黒の御髪を揺らし、
それはあの観測者の少女の様に
そこへ地球よりも彼方より通信が飛ぶ。
一天文単位に届く彼方からの物だ。
「ショブ・ニグラス……そちらはまだ到着までかかりそうですか?」
『うむ、魔王殿に先行させておるが……まだ月宙域まではかかりそうじゃのぅ。して――ノーデンス卿の方は如何に?』
「それはもう人類相手に、予想を覆すほどの苦戦ぶり。かの大海の旧神の名が泣きます、ええ泣きますとも。」
通信先で傲岸不遜の語りを返すは邪神 ショブニグラス。
魔王 アルベルトに同行する混沌側の邪神である。
そしてノーデンス苦戦との報に眉根を
『人類がのう……。すでに観測者であったアリス――その力は人類に頼らざるを得ぬほどに弱体化しておると言う事か。嘆かわしい――』
『アリスをその様にしてしまった人類が、恨めしくて仕方ないの……。』
不満から、湧き上がる憤怒が
混沌の少女は僅かに視線をモニターへと戻して告げる。
今後の邪神軍が取るべき行動のあらましを。
「こちらは私が事をまとめます故、そちらは魔王……因果に縛られた哀れなる男を任せましたよ?当然――」
「月面の古代遺跡の対応も、まずはあなたにお任せ致します。ショブ・ニグラス。」
『皆まで言うな、ブラックウインド。では――』
黒山羊の女神が通信を切断すると、浮かべた嘲笑で一際口元が吊り上がる混沌の少女。
その双眸は再び蒼き地球を捉えていた。
「見事なる劣勢ぶり。いいですよ、そう……その調子です。それでこそあなたが人類と意志を交わした時に訪れる、狂気と絶望を最高にまで高めてくれるのですよ。」
「そう――せいぜい愉悦の時間に興じる事です。」
嘲笑は一層狂気を昂ぶらせ――
だが……その奥底にはほんの僅かに揺れる悲哀が、誰に悟られることなく芽吹いていた。
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