第36話 —共闘—

 地に背を付けた聖霊騎士オリエルは焦燥していた。

 最強と名高き己の名声は偽りであったのかと。

 だがしかし……その騎士の思考が手に取る様に理解できる救生の当主界吏は、静かに告げる。


「言っとくけどな、オリエル。俺はこれであんたが敗北したなんて思わない。俺とあんたは元々が異なるんだ。」


「必然的に、求められる能力にも違いが出てくる。つまり俺とあんたの強さの指針を決めるためには、の勝負ではない……を考慮する必要があるんだ。」


 決して敗北した騎士を嘲笑あざわらう事なく——それでいて各々の強さの到達点を、論理に基づいて紐解いていく。

 それは対魔討滅を担う者同士が最強を競うたぐいのものではないと……それが救世の当主が持つ矜持きょうじと説明した。


 それでも——


「……草薙 界吏くさなぎ かいり。それでも私の敗北した事実は揺るがない。貴君の言い分が今を表すに相応しいとしても、私はすでに敗北しているのだ。だが——」


「貴君の配慮には感謝しか浮かばない。私の負けだ——界吏かいりよ。」


 騎士は敗北をその口で宣言した。

 同時に……己を打ち負かした救世の当主を——敬意を込め性ではなく名で呼んだ。

 悲劇の過去を持つ騎士は成り上りの野望を抱く輩などでは、決してない。

 救世の当主もそれを理解するからこそ、強さの本質を真摯に語ったのだ。


 眼前の騎士には——

 それを糧に、聖なる騎士が力無き人々を守る上でのさらなる力を得られると信じて——


「そうかい……あんたがそれで気がすむなら、でいいぜ?但し——」


「この機関に協力するなら、いつでも機会はあるだろうから……俺はあんたが望むならいつでも手合わせに応じる。そうすれば俺も、怠ける訳にはいかなくなるからな!」


 最後に締め括るは、との含みを乗せた言葉。

 救世の当主は騎士の敗北を否定する物言いに終始した。

 それがおかしかったのか——聖霊騎士は、双眸を閉じ破顔する。


「中々に貴君は意地が悪いな……何が何でも私を敗北させぬとは。ならばこちらも、貴君——界吏かいりの意地の悪さを精々利用し、今を遥かに上回る強さを手にしてみせよう。」


「己がためではない……これより私が目にする!」


 騎士の力強き宣言は、人ならざる少女アイリスにすら歓喜を呼んだ。

 差し出す当主の手で起き上がる騎士の姿は、すでに数多の戦場を共に乗り越えた戦友さながら。

 少女の目には、少なくともそう映っていた。



 程なく——

 その二人を見下ろす様な高次元の彼方…… 一際輝く結晶が生み出される。

 まだそれは小さき欠片——輝く……トラペゾヘドロンの欠片がひっそりと産声を上げていた。



§ § §



 救世の当主界吏聖霊騎士オリエルの一騎打ちが行われる最中——

 罪に舞う少佐シエラは、与えられた個室で今後を見据えた機関の戦力分析を行っていた。

 しかし……考えれど行き詰る現状に、不安が増大するばかりの彼女がそこにいた。


「クトゥグアにハスター……たった二体の邪神襲来でこの窮地。しかも奴らの送り込む尖兵はその総数が未だに未知と——」


「ここでさらなる尖兵と邪神が訪れたならば、もはや人類にはなす術がない……か。」


 両腕で頭を抱え込む様に突っ伏す少佐。

 言うに及ばず、未だに観測者の少女アリスの協力にこぎ着けられない己の無力を恨んでいた。

 が……今の少佐の思考は、すでに過去の贖罪と言う言葉が薄れ始めていた。


 決してそれを忘却した訳ではない——だが……朧げながらに見え始めていたのだ。


 それを表す様に傍らへ置かれたのは、給仕班がわざわざ持ち寄ってくれた暖かな食事。

 データ解析に支障が出ぬ様にとの配慮が篭る軽食は、出来立て具材を挟んだ焦がしトーストサンドイッチとほのかに湯気が漂うコーンスープ。


 さらには……機関員が総出で可能な限り機関防衛時のデータを洗い出し、その結果を皆が代わる代わるメールなどでは無い——メモリスティックによる手渡しで送り届けてくれていた。

 その際、「少佐も根を詰めすぎない様にして下さい!」や「我々も出来る事を少しづつ熟していますので、一人で背負わないで!」と——休む事なくエールを送り続けてくれていたのだ。


 これまで、前線で命を賭す救世の当主界吏人ならざる少女アイリスを見続けた少佐は……今度は己の背を支える機関員の後押しを如実に感じ取っていた。

 即ち——姿感じ取っていたのだ。


「これはもはや、わたくし事にかまけている暇などないではありませんか……。全く機関皆して余計な事を——」


 そう口走る少佐の表情は……歪んでいた眉根が嘘の様にほどけ、女神の様な慈愛を湛えていた。

 今まで孤独であった彼女は数字を冠する獣機関マスターテリオンに出会い……そして救世の当主と出会った事で、一人ではなくなっていた。


 孤独のまま全てを抱え込む必要など無い。

 そに背を押す皆の力を借りればいい。

 いつしか彼女の心は、今までにない程の変化を遂げていたのだ。


 生まれた変化が少佐の心へ一つの決意を呼び起こす。

 そう……もう一度観測者の少女——アリスと会談し、この蒼き星を守る事の叶う力の委譲を取り付けると。


 贖罪を果たさんとする余り光さえ失っていた双眸へ、かすかな強き光が宿った頃——

 彼女の個室外よりインターホン通信が響いた。

 その声と……それが齎した結果が、少佐の決意をさらに後押しする事となる。


『シエラさん、俺だけど……ちといいか?シエラさんからの頼み……オリエルの件についてなんだが——』


「エルハンド卿の……分かりました。すぐに局長の元へ出向く必要がありますね。同行します――少し待って貰って下さい。」


 明るい声調は事が上手く運んだ証。

 救世の当主より齎されそれで、少佐は覚悟を決めた様に両の手でパンッ!と両頬を打ち鳴らす。


「邪神の思う様にはさせません。待っていなさい……試練齎す、観測者になぞらえる者達よ!」


 かすかに宿ったともしびは、支える者達の想いを受け——その双眸が見据える先へ確かな明日への道を照らし始めていた。



§ § §



 一騎打ちで思い通りの結果を導いた俺はオリエルを引き連れ、シエラさんの個室を訪れた。

 そして部屋から出て来た彼女を見て——正直ドキッ!としたのを覚えてる。

 それは今まで俺が見て来た、焦燥の中過去の呪縛に囚われる彼女じゃない——それこそ何かしらの決意が宿った輝きを見た。


 当然……シエラさんの思考の表層が伝わって来た訳だが——それは今まで俺が殆ど感じた事がない程の強き霊力震イスタール・ヴィブレード

 その力に生まれた頃から引っかき回されて来た俺だが……今までそれ程の強い霊力のさざなみを発する事が叶った自身以外の人物は、親父と炎羅えんら兄さんだけだった。

 思わずアイリスを見やった俺へ……アイリスも歓喜を双眸で伝えて来る。


 そこでようやく俺は、邪神共を相手取るための整ったのを感じた。


 シエラさんを先頭に、俺とアイリスにオリエル——事の報告へと機関施設内局長室へとおもむいた。

 すでに連絡を受けた慎志しんし叔父さんが詰める部屋の、機械扉を認証後に開け放つ。


 局長室再奥。

 テーブルの向こうにある椅子に座す、慎志しんし叔父さんのしたり顔を見た俺も自然としたり顔が溢れる。


 そして視線を寄越したオリエルの「まずは謝意を……」の視線を受け、俺は首肯でそれをうながすと……叔父さんの眼前へあいつが踏み出した。


「マスターテリオン機関代表である八咫 慎志やた しんし局長殿。此度はこちらの……精神浸蝕汚染に対する治療に尽力して頂いた事への、心よりの謝意を送りに参った所存——」


「かの対邪神戦で己の慢心が呼んだ危機……そんな私を救助してくれた貴君ら機関へは感謝の言葉もない。」


 深々とこうべを垂れたオリエルの言葉に嘘偽りなど無い。

 叔父さんもそれを感じ取り言葉を紡ぐ。


「共に奴らから力無き民を守っている身だ。その程度……礼には及びません。」


 その言葉を聞いた騎士は、下げたこうべを上げ決意を宿して叔父さんを見据える。

 これより俺達が共に歩む証となる宣言と共に——


「これほどの対応を受けては……この聖霊騎士パラディンを頂く私が、このまま何の返礼もなく機関に戻るなど以ての外——」


「ヴァチカンへすぐにでも正式な手続きを要請する。その後で構わない——私を……聖霊騎士パラディン オリエル・エルハンドと天使兵装 メタトロン・セラフィムを、機関の対邪神戦力へ加えて頂きたい!」


 叔父さんがニヤリと口角を上げる。

 未だ観測者の協力を得られない機関にとって、またと無い重要戦力の会得——叔父さんとしてもそれこそを待ち望んでいたんだ。


「そちらの意向で協力を得られるならば申し分ない。言っておくが、当機関は——覚悟はしておいてくれ給えよ?」


 言葉に含まれた内容には、機関員のどんちゃん騒ぎに巻き込まれても文句は言うなとの旨が含まれる。

 それはひとえに、と言う要望でもあった。


「心得た。では少々時間を頂ければ、ヴァチカンへ自ら出向き……我が意向を伝えて来る。」


 そこまで口にしたオリエルはきびすを返すと、俺を見やり「少し待て。」と口走ったんで——


いくらでも待つけど、待ってくれねぇぜ?」


 と返せば、ニヤリとらしからぬ表情を残して立ち去った。


 そしてその時より――

 俺とオリエルは同じ戦場で背を守り合うに足る、盟友としての一歩を踏み出したんだ。

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