第37話 揺れる英国

 三度の邪神襲来を見た英国に居を構える民は不安が増大し――

 守りの鏡と言う天を覆う盾を見やりながら、誰もがそれを口にしていた。


「英国は大丈夫なのか?」


「宇宙からの侵略者とかって、笑えないにもほどがあるだろ。」


「ついこの前も英国を守るあの天の壁を抜いて、侵略者が落ちてきたらしいぜ?」


 邪神襲来が極めて不定期である故、盾の大地ヒュペルボレオス管理の下――八咫天鏡やたてんきょうは継続展開されていた。

 しかし……エネルギーは古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーの恩恵で問題なくとも、人心までは範疇の外であったのだ。


 だが――事の扱いは極めて慎重を求められ……民には宇宙からの侵略者襲来と言う体で情報公開されていたのだ。


『――と言う訳で、民の不安は増すばかり。しかし……英国統一防衛軍では事に対処する術が無い故、悔やむばかりの日々をただ送っている次第です。』


「ああ、それはこちらも理解している。あとそちらより――万一の守りのがこちらに到着している。手をわずらわせてすまないな……ラードミル。」


『いえ……お気遣いなく。このラードミル・ランスロット・ベリーリア率いるランスロット家は、例えどこに居ようとあなた――ウォガート・アーサー・ヴェルン・シェイドの剣にございます。』


 そこは円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ機関邸宅。

 開けた広間でモニター通信をやり取りを終えた王に連なる卿ウォガートが、ランスロット家に連なる若者の雄姿を惜しむ様に映像を切断していた。


 その王に連なる卿ウォガートが座すソファー傍。

 膝を折りこうべを垂れるメイドと思しき影を見やる卿は、努めて穏やかに促した。


「顔を上げなさい、シャルージェ。今は現代……――現在王政を中心にする国々ですらも、その様な騎士めいた礼は過去の物だ。」


「故に今の流儀による対応で構わない。いいかね?」


「畏まりました、アーサー卿。」


 姿からは想像も付かぬ、英国中世さながらの騎士然とした礼に準じる者。

 その身をメイド嬢の如き給仕服に包むは――黒に金色の混じる御髪をポニーテールに纏めた、年端もいかぬ体躯の少女。

 が……王に連なる卿より、その少女の生まれは遠き時代と言い表された。

 それは控えるメイドが、ただの幼き人間の少女とは異なる存在であると察するには充分な言葉である。


 折った膝で伏していた少女は立ち上がると再びこうべを深く垂れ、さながら召し使えられたメイド然と振舞うが――立ち上がる際に陶磁器の様な太腿に見えた、ベルトに備えられる機械式の筒が只者ではない感を醸し出す。


 を見やる王に連なる卿ウォガートは、柔らかな双眸を浮かべ静かに告げる。

 これより動き出さんとする事態へ彼女がとるべき行動を――


「邪神の襲来はこれで終わりなどではない――むしろここからが正念場だ。いずれ再び彼女……シュテンリヒ少佐がここを訪れる事となるだろう。だが――」


「彼女は今ヒュペルボレオスで、大きな成長を遂げているはず。そんな彼女の立ち位置をよく思わない者が……今英国周辺で動きを見せているとの事だ。私が何を言わんとしているか、理解出来るね?」


 卿より語られる絶望を断ち切る希望を乗せた者の名と……害を成さんとする不穏のさざなみ

 発された言葉をしかと聞きとめた少女は語る。

 それこそが己の遣わされた理由であると。


「承知しております、アーサー卿。ランスロット卿からその諸々――かつて観測者の力を悪用せんとした、反古代技術保護機関アンチ・テクノロジスタの残党が見せる動きを事前情報として得た所です。」


「万一少佐に何かがあればこの私が――円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズを頂くシャルージェ・アロンダイトが、シュテンリヒ少佐とその未来……守り抜いてご覧にいれましょう。」


「そうか。では期待しているよ?シャルージェ。」


 下げた頭を上げ碧眼へ電子の光を灯す魔剣の侍女シャルージェ

 王に連なる卿への一礼を終えると颯爽とその場を後にした。

 広間で一人となった卿は、今も邪神との戦いへの備えに従事する機関のある方角を見やり——


「邪神が今にも、蒼き大地を裁きの火で焼かんとするこの時期に——ほとほと人類は己が欲望を叶える事しか能がないと見える。」


「それが邪神の力を際限なく増強すると言う事など、想像だにしていないのだろうな。」


 双眸を細めて未来を憂う卿は独りごちる。

 すでに衰退する騎士会が手をこまねく事態を——それを挽回できる希望である罪に舞う少佐シエラの覚醒を願う様に。


「今のアリス様のお側に必要なのは、彼女の無二の親友である君だ……シエラ。我らが円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズが誇りし——」


「ボルクヘイル・ガウェイン・シュテンリヒの忘れ形見よ―― 今一度その剣の輝きを見せてくれ……。」


 遠き日々。

 現代の円卓を囲む、錚々たる騎士家でも最強を地で行く貴族家があった。

 アーサー王を継ぎしウォガートの先代に仕えた、騎士会最強とされた二柱の剣。


 一つはランスロット家。

 現在シャルージェ・アロンダイトが仕えしラードミル・ランスロット・ベリーリアが当主を頂く。

 そしてもう一つ——すでに御家を支えた前当主ボルクヘイルが死去し、それを継ぐ者は一人の女性だけである。


 その女性の名は、シエラ・・シュテンリヒと呼ばれた。



§ § §



 英国本島南海域——

 不審な動きが統一防衛軍の目を盗み暗躍する。

 邪神襲来の混乱に乗じたそれは迷う事なく……とある場所を目指す。


「いいか!情報では奴が単独でそこへと訪れていると報告がある!邪神か何かは知らんが、英国の目がそればかりに行っている今が好機だ!」


 物々しき装備は多国籍軍とも取れる姿。

 おおよそ現代の正規軍が取る装備からもかけ離れた、統一性を見ない様相。

 身体の各部へ小銃のマガジンと、地上対人戦闘に於ける武装を備える者達は……H&K MP5にM16——ステアーAUGと充てがわれた得物を好き好きに手にした混成部隊であった。


「隊長……防衛軍は未だ我々の上陸には気付いていない模様。ですがあの女……シュテンリヒのアマは本当に——」


 陸兵の迷彩戦闘服に身を包んだ隊員が、隊長と思しき者へ声をかけると……遺恨を噴出す様に眉をひそめて返答する。


「当然だ。奴は元々英国の騎士を名乗るお家からの協力者……同時に俺達を裏切り組織崩壊のキッカケを作った原因だ。」


「それが再び英国の騎士会邸へ度々足を運んでいるんだ——大方それは自分が最初に裏切りを働いた大元へ、ノコノコと帰り着き許しを請う算段だろう。今さら取り繕う被害者ヅラが目に浮かぶぜ!」


 隊長と思しき男は吐き捨てる。

 遺恨と憎悪。

 己が欲望を妨害された逆恨みとばかりにいきり勃つ姿は、醜悪その物であった。


 その男が遺恨宿す眼光のまま見やる方向へ、それらと同じ出で立ちの優男が控える。


「オイ……テオドール。テメェは今度こそしくじるなよ。かつてお前があの女を取り逃がした結果がこの有様だ。今度こそあのクソアマを——」


「ガウェイン家の跡継ぎとか言われる、あのシエラ・シュテンリヒを確実に殺せ!それは俺達組織——反古代技術保護機関アンチ・テクノロジスタの望む本懐だ!」


 醜悪な双眸でがなる男の命に静かに頷く優男。

 しかし——醜悪な隊長を見定めていた。


「(やはりこの程度の不貞では、俺の施した洗脳を解く事は叶わぬか。故に気付かない……。ならば——)」


「(こちらはこちらの任を果たさせて貰うとしよう。)」


 醜悪な隊長へ背を向け場を去る優男。

 その思考へ浮かべる思惑は、愚かな組織どころでは無い——不穏を塗していた。


 歩みを組織の目の届かぬ場所へと向けた優男は、通信——と言うにはいささか技術的にかけ離れた手段を展開。

 そこに現れた影へと言葉を投げた。


「猊下——人類の腐敗はすでに末期と思われます。なればあの邪神の依頼を遂行する上で、何らはばかる事もありますまい。私はこのままシュテンリヒなる女を見定め行動に移すとします。」


「かの旧神ノーデンスが戦いに勝利するか否かにかかわらず、そちら……お任せします。我が主君——魔王 アルベルト・ヘクス・アシュタロト猊下。」


 優男は映し出された影を魔王と言い——猊下とかしこまる。

 言葉の羅列にとの不穏をまぶした優男は、猊下と呼んだ者の言葉を待つ。


『……悪いな、愚かなピエロを演じさせる事になって。だが人類が邪神の言う様に、すでに無用の長物と相成るならばオレが出向かねばなるまい。』


『それがいにしえよりの、光の観測者側との契約でもあるからな。オレ達天楼の魔界セフィロトに住まう天楼の魔族に課せられた因果調律の使命と言う……な。』


 遥かなる何処いずこかより放たれた不穏は、かの這い寄る混沌ブラックウインドの謀略に他ならなかった。

 その不穏を導く様な言葉が【天楼の魔界セフィロト】と称される場所から放たれ——


 人類に訪れる危機は、想像を絶する規模へと拡大を続けていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る