第14話 深淵を来す冒涜的なる者達

 大格納庫へ星纏う竜機オルディウス帰還を見て僅か後、一変した空気から逃げる様に背を向けた罪に舞う少佐シエラは一人当てがわれた部屋へ閉じ籠る。

 だが彼女は、先に狂気な整備長バーミキュラが口にした強烈な嫌悪と吐き気を呼んでいた。


「……はぁ、はぁ——っぷ!?」


 胃のそこから逆流するモノをこらえる様に洗面台へ突っ伏す少佐の額には、大量の脂汗が滴る。


「〔組織はアリスをどうするつもりなの!?絶対……絶対私が突き止めて——〕」


 その視線は遠き過去——彼女がまだ古代技術保護に意を唱える者達の手足であった頃。

 己が過ちに辿り着いた罪に舞う少佐は、すでに英国機関を抜けた一隊員であった。

 そして事態の真相を明らかにせんと、組織の目を掻い潜り……一人極秘とされた露国の研究施設へ足を踏み入れていた。


 冷たい氷雪とタイガに囲まれたそこへ、何人も立ち入れぬ巨大な施設がひっそりとたたずみ——しかし中では、研究員と思しき白衣に身を包んだ者が行き交うそこ。

 忍び込んだ足でその重要施設とも言える場所を突き止めた罪に舞う少佐は、物陰より——否、それを……


 雪原地帯とは思えぬ巨大な地下空間へ、幾つも立ち並ぶ機械設備。

 それが、幾重にも並ぶ動力機関とそこより伸びた管を中央に聳える高さ4mほどの円柱形シリンダーへ集合させていた。


「〔あれ……は。アレは……!?そん、な……——〕」


 そこで少佐は見開く双眸であり得ないモノを見た。

 円柱形のシリンダー——その中にあるモノを。


 特殊溶液に満たされた中へ人影の様なモノが浮かび……そこへ管が繋がる異様な状況。

 その影は、人として持ち得たはずの……を、を、を、そして——


「〔うっぷ!?おええええええっっーーっ!〕」


 人間が神を手にかけた真相。

 それが罪に舞う少佐が目にした、深淵の齎す狂気に匹敵する様な……人が犯した狂える所業の末路であった。



§ § §



 無限とも思える深淵の中。

 その中に神々しく輝く蒼き星。

 深淵を照らす様な蒼の煌めきの遥か数十万キロ彼方……月軌道上ラグランジュ・ポイントにて——

 蒼き大地を憂う様に見定める巨大なモノが、光を物理的に歪める様に存在していた。


『……ほう?それでは地上の人類が、貴公の放ったナイトゴーントを屠ったと……そう言う事でしょうか。』


「カカッ!いかにもじゃ、ナイアルラ——いや、数あるウチの一人であるお前はナルタハ・ブラック・ウインドじゃったな。あやつら人間も一筋縄ではいかん——そう言う事じゃ。」


『一筋縄も何も、?……まあいいでしょう、それで貴公——ノーデンス卿はすぐにでも動くつもりですか?』


 巨大なるモノ——幾難学的な模様に包まれた長大なそれは、不気味な装飾を除けば貝殻を模したとも取れる様相。

 だが数百mに達する全容は、おおよそ地球の文明からはかけ離れた姿で宇宙に浮かぶ。


 そんな異形の貝殻先端——ブリッジであろうが、もはや装飾の異形さで異界の様に取れるそこに鎮座する巨躯がモニターとなる映像に映し出された影と相対する。

 が——さも当たり前の様に言葉を口にした影に対し……鎮座する巨躯は眉根を寄せて返答を叩き付ける。


「貴様……分かっておるだろうが、ワシはワシの信念に沿って行動する!あくまでお前との関係は観測者に位置する者としてのもの——決してお前のやり方を認めた訳では無い!」


「それは、ナルタハよ!」


 怒号が叩き付けられるも……映像の中の影はニヤリとを上げ、動じた様子もなく荒ぶる巨躯へ返す。


『ええ、ええ。それはもう存じ上げておりますとも、ノーデンス卿。しかしそれは同様に、こちらのやり方に意見する様であれば……私とて容赦などしない——』


『そのつもりで貴公の肝に銘じる様……。』


「カカッ……相変わらず食えぬ邪神であるな、お前は。」


 そのやり取りを最後に、影との通信が途絶えると……鎮座する巨躯はあごに蓄えた長い髭をさすり視線を傍らへと向ける。

 視線の先——燃える様な御髪に身を包まれる様なそれが、赤眼にて訴えかけて来る。


「まあそう急くな、クゥトグァよ。お主達が憂うのも理解しておる。人類はただ滅亡を待つ愚か者では無い——無いが……やはりそれを証明するだけの価値を宣言するには至らぬ——」


計り知れぬ。だからこそ自らその非を認め……身を以って贖罪を果たすと言うのであれば——まずは我らでその行いを見届けねばならん。」


 鎮座する巨躯が、かたわらに控える炎の如き少女の頭を撫で上げると——ズイとその座より立ち上がる。

 流れ落ちる御髪は大海にうねる白波の如し。

 その体躯は3mを超える巨漢——しかし隆々とした筋繊維から、それがただの巨漢では無い事を覗わせた。


 そして大海の如き巨躯は——いにしえの観測者になぞらえる神族、ノーデンスは吠える。

 地球で産声を上げたる、数字を冠する獣機関マスターテリオンに使役される星纏う竜機オルディウスへ向け——


「待っておれよ、星を纏い……人の力を宿せし竜の化身!幾ばくかの後……この観測者を代表するノーデンスが直々に相手をしてやろう!それまでの間——」


「我らが放つ深淵の尖兵——……その地獄の様な狂気と絶望に、哀れに敗するでないぞっ!」


 放たれた言葉は、深淵の齎す恐怖とは似ても似つかぬ清々しさと信念を宿し——ともすればともとも取れるいさぎよさが、異形の貝殻内で高らかに響く。


 異形が齎す名状し難い狂気の源泉は……人類そのものにあると言わんばかりに——



§ § §



「己の信念……まあ貴公であればそう言って退けるのは想像通り。しかし——」


 大海の如き巨躯とのやり取りを終えた影が、モニターから視線を深淵に浮かぶ蒼き星へと向ける。


 その影が立つのは異形の貝殻にも似た空間。

 そしてその空間が備わるモノが立つ場所は深淵を空に持つ大地。

 大気も、空気も——そして水も存在しないそこは……クレーターと乾いた砂がただ一色の色合いで明暗を繰り返す地。


 地球唯一にして神秘の衛星——月である。


 一色に染まる大地にそびえる巨影が、搭乗していると思しき影の動きに合わせた様に……蒼き星から機械的な双眸を反対側へと移す。

 そこには——地球に住まう人類では視認する事叶わぬ、次元の壁に守られた荘厳なる機械神殿がひっそりと存在していた。


「こちらの接近にも反応しないと言う事は、もはや観測者の力は消失したとみて間違いありませんね……。」


 先の大海の如き巨躯とのやり取りでは、したり顔からの余裕を覗かせた影——だが、彼女と言う言葉を発したそこには憂いに嘆く悲痛が込められていた。

 直後——

 憂う悲痛から一転した膨大なる狂気が次元を震撼させる。

 双眸に宿る狂気を生身の人間が直視したならば、刹那に魂を喰らい尽くされるかの宿していた。


「ノーデンスは人間の可能性に賭けている様ですが……それを覆すはもはや絶望的なのですよ。彼らは彼女を……——」


「人間が持つ欲望のままに、。その度し難い行為を、愚行を、蛮行を……我ら深淵の邪神軍が許すなどありえないのです。そう、ありえないのですよ!」


 大気が存在しないはずの神秘の大地が、陽炎の様に揺らめくと——無数の尖兵が次元の壁をすり抜ける様に顕現する。

 激昂を顕とする影の憤怒が伝搬した様に、異形が次々赤き閃光に包まれると——


「……しかし今は、貴公との盟約故動かぬと約束しますノーデンス卿。ですが——万一貴公が付くと言うのであればこの私が——」


「アザトースへと導きし深淵の使者——ナルタハ・ブラック・ウインドが貴君諸共、愚かなる地球の人間へ審判の雷を落としてさしあげましょう!」


 激昂が時空と神秘の大地を揺るがせると、異形の尖兵が忽然と姿を消した。

 すでに人類には……滅亡へのカウントダウンが差し迫っていたのだ。

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