第13話 対立
私の眼前。
それはモニター越しなどでは無い視界の遥か先。
そう——モニターで視認するまでも無い驚愕の事態が襲っていた。
「一撃……!?そんな——あれほどの深淵の軍勢を一撃ですって!?」
臨時とは言え、想定した尖兵に対して用立てたはずの集束火線砲がまるで役立たずで打ち捨てられ……私の
異形の深淵が脅かしていた空が今……すでに収まり始めた爆轟の彼方へ蒼天を呼ぶ。
仮にもあの火線砲は、現在の我々が誇る技術の最先端だ。
しかしあの
『シエラ少佐、聞こえるかね?状況の集束を確認した。一先ず君はヒュペルボレオスへ帰還後、今回の戦闘データと深淵到来への備え強化に従事してくれ給え。』
「……了解。シュテンリヒ、これより帰還します。」
もはや言葉も何も無い。
自分の贖罪のためにと指示も待たずに飛び出した挙句……何の成果も無く機体を降り——そして最初から選ばれた様な搭乗者である青年に、全ての活躍を掻っ攫われた様な物だ。
局長の言葉へただ淡々と返す私の視線は、何事もなかった様に晴れ渡る蒼天から……自虐の海へと落とされる。
「何をやっているのよ……私は——」
独りごちた言葉は、今私を移送する
§ § §
その軍勢は蒼き大地で、現在の時代の最先端とも言えるステルス戦闘機——それを木の葉の様に
が——その脅威を纏めて爆轟の彼方に葬った巨大なる竜の戦士が……今、英国南西に位置するケルト海上の
『オルディウス、誘導レーザーで固定。機体……着陸します。』
「ふぉぉおおーーっっ!キタキターーケケケッ!ヤベェよ、こいつ……とんでもねぇ大活躍じゃん!これは——最高の研究材料さーーっ!!ケケッーーッ!!」
「うわ……バーミキュラ整備長が……トチ狂った(汗)。」
「整備長——もしかして、戦闘に出るまでも無く深淵の狂気に侵され——」
「——聞こえてんぞ、そこ。」
「「さーせんっっ!!」」
目を見張る様な活躍を見せた
奇人変人を地で行く女性、バーミキュラ・セルゲイトである。
背中を流れる漆黒の御髪と、片目を覆う様に垂らす前髪がある種のホラー映画を彷彿させる彼女——しかしその容姿からは想像出来ぬほどの手腕を、研究と整備の両面で振るう彼女。
ついたあだ名が〈残念チーフ〉。
『あー、残念チーフ?局長からの連絡っす!いつまた深淵の襲撃があるか分からないんで、ちゃんと機体を見とけコノヤローッ……って——』
「それはテメェが言ってんだろクーニーっ!何でテメェのその口は、他人の言葉を誤変換して吐き出しやがるんだ!?……まあいい、ケケケッ。ちゃんと整備しといてやるよ。」
騒がしい三人娘の一人である、
縦に伸びた神秘さと恐れが共存する大格納庫へ、ゆっくりと降り立つ
それを迎える残念チーフは垂直離着陸機の如き風圧を受けながら、巨大なる神の如き竜を睨め付ける様に見上げる。
口元に狂気じみたしたり顔を浮かべて。
「テメェらもよく見とけよ?ケケッ!今からこの
「そんな世界救世の宿命を帯びた男を……この目で拝んでやろうじゃ――」
「邪魔です。どきなさいバーミキュラ。」
「なはぶっっ!?」
両手を広げて謎の講釈と供に奇声を上げた残念チーフ――だが残念なのは容姿と能力とのギャップだけには止まらない。
残念チーフの作り出した場の空気などお構いなしの、いち早く帰還した
正に空気を生み出すタイミングまでもが残念であった。
「「(整備長……不憫すぎかっ!?)」」
ツンのめる様に横たわる残念チーフには目もくれず、ハンガーへ固定された
ハンガー一体の階段設備を降りる剣の当主も、それを目にするや怪訝さを露骨に表した。
そこに成果を上げた事を賛美する雰囲気など、欠片も存在していなかったから。
「いいご身分ですね、草薙界吏。こちらの指示も振り切って成果を出す——それで満足ですか?」
「はぁっ!?つか最初に俺の流儀で行くって言ったよな!?何を今更
「それはそれ、これはこれです。回線の強制切断の時点で、こちらの指示も何もないでしょう?」
「それは——まあ、そうだけど……(なんだこの面倒くせぇ女!?)」
剣の当主としても、人生に於いてはレディーファーストを心がけて生きて来た手前——内に宿す何らかの悲痛が原因とは言え……歪みきった罪に舞う少佐の言葉にはレディーファーストの思考も忘却されられる。
そこには近世時代の歴史に於ける男性上位社会が関わっており、代々男性を当主と崇めた宗家が女性当主を容認しなかった事に起因する。
宗家は
が――故
実の娘へ
そこにこそ、剣の当主がレディーファーストを重んじる理由が存在していた。
彼が宗家の
深淵が齎した異形の軍団を一撃の元に屠った勝利——それに対する喜びなど到底存在せぬ一触即発が、しばし大格納庫を包んだ。
その空気を破ったのは……剣の当主に追従する様に機体より降り立った少女。
人ならざる【
「マスター、此度は素晴らしき活躍でした!私も貴重な経験——目覚めたばかりに良い刺激となりました!」
場の雰囲気を一変させたのは、少女の花の綻ぶ様な笑顔。
そこに人ならざる者と言う概念など存在しないが如き、柔らかな空気を生み出した。
「いや、アイリスもいいサポートだったぜ!けど、あれだけの軍勢がこれからゴマンと押し寄せるなら……その矢面に立つアイリスはしっかり休息、取っておかないとな?」
「はい!マスター……お心遣い、感謝です!」
険悪さしかない罪に舞う少佐とのやり取りから逃げる様に、剣の当主も陽だまりで揺れる花との会話に移行する。
応じる人ならざる少女も、先にも増して紅潮した頬でマスターとなった青年を見やっていた。
その空気は次第に大格納庫にいる整備Tにも伝播する事となり——
「こいつが噂の
「「整備長っ!?それはダメです!!」」
「あの~~その様な事には対応致しかねますので……(汗)」
「なんだこの危ない姐さんは……(汗)言っとくが、アイリスはこれから世話になるパートナーだぜ?あんまり怖がらす様な真似は遠慮願えるか?」
「ケケ……冗談だよ。アタシはバーミキュラ・セルゲイト……ヒュペルボレオスの整備と技術研究代表を一任された危ない女さ。」
「それを自分で言うのか(汗)俺は
罪に舞う少佐とのやり取りとは打って変わった和やかな……しかし言葉の羅列が一部異常な挨拶が交わされる中——
そこへ介入する事なく
対立する様に刻まれた溝はそのままに——
何かに気分を害したのか、口元を押さえながら施設隔壁外へと消えていった。
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