竜星機 オルディウス

鋼鉄の羽蛍

—プロローグ—

第0話 神の意に抗う者

 そこは暗い洞窟であるはず。

 そこは世界においてもどこにでもある、ただの自然の神秘であるはずだ。


 しかしここではそのいずれでも無い風景が、私の視界を占拠する。


「——こちらシエラ……シエラ・シュテンリヒ!本隊応答願う……こちら——」


 組織から出された任務はこの視界を占拠する異様——大自然の洞窟奥深くにある物の調査と、目標とする物の確保……或いは破壊だった。

 けれど訪れた私達を襲ったのは、想像を絶する罠——現代科学を易々と凌駕するいにしえのオーバーテクノロジーが、侵入者である我が隊に牙を剥いたんだ。


「……そんな……全滅?残ったのは——私……だけ?」


 絶望感にさいなまれる——自動小銃ステアーAUGもマガジンストックが底を突いている。

 携帯したGPSやら何やらも、襲い来る何かから撤退する際ことごとく破壊され——破棄を余儀無くされた。


 思えば組織の指示に妙な違和感があったのを覚えている。

 それが全滅に繋がる、図られた意図とは思いたくは無い——けれど現実は残酷だった。

 けど不思議な事に——組織はみるみる罠の餌食となったにも関わらず、私がさしたる被害を受けていないのは気のせいでは無いはずだ。

 残る疑問の中——生き残りである私はせめて任務の証を立てようと、単身遺跡の奥へと足を進める。


 そう——ここは遺跡。

 遥かな太古より超技術……L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの中心である存在が眠るとされる場所。


 元来それは、ある英国の巨大機関によって守護されて来た。

 それは——私がかつて所属した英国の誇り【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関だ。

 そしてその誇りをないがしろにした私は、きっと英国の——いえ、世界の裏切り者となるのだろう。


 過ぎた過去に囚われながら、私は遺跡の最深部へ辿り着く。

 しかし驚く事に私を襲う罠など、欠片も見受けられない——まるで私の存在が受け入れられた様な錯覚さえ覚えた。


 その錯覚もそこそこに視界に現れた巨大な扉の前に立つ。

 重厚で——地上で扱うたぐいの貴金属では言い表せぬ質感。

 それが何なのかは、秘密裏にそれを運用する機関からの情報で知り得ていた。


 重厚な扉の材質は【オリハルコン】——あのではその守護を担う巨大組織、【三神守護宗家】により管理運営されると聞く【ヒヒイロカネ】に相当する物だ。


「これが……組織が求める物なの?この奥に何が……——」


 私は手にした自動小銃ステアーAUGを下げ——空いた手で扉に触れる。

 やはり錯覚は気のせいでは無かったのか、何の抵抗も無く——否、寧ろ迎え入れるかの如く重々しく開いた。


「何……これ?」


 視界はすぐに開ける。

 しかし外の風景の異様さすら吹き飛ぶ機械的な情景——例えるならば

 薄暗がりから突然の光を受け、まばゆさに手を翳して遺跡最深部と思しきその中心を細めた双眸で注視する。


 慣れ始めた視界には、さらに異様な光景が飛び込む。

 巨大なチューブとも取れる物体が、中央へと集合し——そこへ佇む4mほどの機械的な台座へ接続されていた。

 その台座——私はそこで突き抜ける程の異様さを目撃する事となる。


「——えっ!?女の……子!?」


 驚愕のまま叫ぶ私に反応したのか——台座へ鎮座する少女がゆっくりとその瞳を開いて行く。

 見たままを純粋に形容するならば……その姿形は人形、しかも機械管を幾つも身体に纏わせるだった。

 人形のはずだ——なのにその容姿は人肌に近き色味と暖かさを浮かべ、透き通る様なブロンドの御髪に翡翠ヒスイを思わせる双眸。

 機械の管の端々から見える着衣は、ゴシック調の黒を基調とするであろうドレスが見え隠れする。


『——アナタハ、ダレ?ナゼココニイルノ?』


 突如ととして響く声——否、音声。

 心へ直接響く様な音に一瞬躊躇したが、私は今眼前のモノの正体を問い詰める。

 私が此処にいる意味は、そもそもそれが目的なのだから。


「私は欧州組織——反古代技術保護機関アンチ・テクノロジスタ所属……シエラ・シュテンリヒ!——貴女はいったい……それにここは何なの!?」


 反古代技術保護機関アンチ・テクノロジスタ——それが私が騎士会を抜けてまで所属する組織の名。

 英国が掲げる古代技術保護の声に反意を募らせた、欧州諸国からの志願者で構成される技術独占への反対勢力。

 少なくとも——私はその時点でそう教え込まれていた。


 古代技術保護に反意を示す——その言葉が引き金となり、眼前の遺跡と一体となる少女から想像を絶する力が放たれる。

 それは衝撃波などと言う尺度では言い表せぬ、魂の根源を宇宙レベルで震撼させる強大にして崇高なる力——〈神霊力〉


『——ソウ、アナタモオナジ……ナノネ。ココニクルマデニ、シンデイッタモノタチト——』


 神の如き少女は言った——ここに来るまでに死んでいった者達と。

 放たれた言葉が指し示すその意は、我が隊が自分を残して全滅したのは彼女の仕業であると——


 同時に私は理解した。

 その眼前にある存在は、

 疑いようも無い——神の如き少女は文字通り神の身技を体現するのだから。


 精神が——魂の根源すら、受けた霊圧に耐える事叶わずに膝を付く私。

 声が出ない——

 手足が見えない何かで拘束された様に動かない——

 噴き出す汗と止まらぬ鼓動……視線を眼前の神の如き少女から逸らす事すら出来ない中——


 機械台座に接続された巨大な管が次々とパージされ——前面が開く様に分割されると、管から解放された少女が見えない力……重力操作のたぐいで機械的な床面へ降り立つ。


 その僅かの後、今度は音声では無い声——少女らしい鈴の音を転がす様な声が私の耳を振動させた。


「私はアリス——星を観る者。この遺跡を脅かす者よ……早々に立ち去りなさい。」


「さもなくば——この大宇宙の彼方より同胞が……——」


 そう——これが私と、かけがえの無い友達である少女との出会いだったんだ。

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