第52話 タトゥーの何が悪いの!?

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。



マイ「またネットで、アーティストがタトゥーしてるからって叩かれてるんだけど、なんでこんなことになってるの? タトゥーをするかどうかなんて、個人の自由でしょ!」


ヒツジ「自由と言えば確かに自由だが、そもそも論として、タトゥーをする自由があるなら、タトゥーを嫌う自由もあるだろう」


マイ「ただ嫌うだけならいいけど、やめるように圧をかけたり、みんなで叩いたりするのはおかしいでしょ!」


ヒツジ「嫌うということは、やめてもらえるならやめてもらいたいと思うことであり、そう思うということはそう行動することでもある。デモ活動を知らないのか? なぜ日本社会でタトゥーが嫌われているのか、その理由はいくつかあると考えられている」


マイ「タトゥーが嫌われている理由?」


ヒツジ「そう、まず、歴史的な背景からだ。日本では昔、タトゥーは『罪の印』だった。江戸時代には、犯罪者に入れ墨を彫る刑罰があったからな。その『負の記号』としてのイメージが長く残っている」


マイ「ふーん……。でも、そんなの、もう昔の話でしょ?」


ヒツジ「確かに江戸時代の話は昔かもしれないが、こっちはどうだ。次に理由として挙げられるのは、反社会的勢力との結びつきだ。昭和以降、背中一面に和彫りを入れたタトゥーが反社の象徴となった。そのため、タトゥー(入れ墨)と聞くと、反社会性をイメージしてしまう」


マイ「そ、それだって、今はもう令和なんだから!」


ヒツジ「日本社会特有の共同体志向も影響していると言われている。日本は『和』を重んじる社会だから、目立つことや場の調和を乱すものを嫌う傾向が強い。タトゥーは視覚的に目立つから、『場の空気を乱すもの』と見なされやすい」


マイ「でも、そんなのタトゥーしている人が増えれば、目立たなくなるわけじゃん」


ヒツジ「儒教との関連もあるだろう。『身体髪膚はっぷ、之これを父母に受く。敢あえて毀傷きしょうせざるは、孝の始めなり。』という言葉知らないか?」


マイ「知らない」


ヒツジ「自分の体というのは毛髪や皮膚に至るまで親からいただいたものであり、これをむやみと傷つけないことが親孝行の第一歩だという教えだ」


マイ「そんなこと言ったら、髪だって気楽に切れなくなるじゃん。……まあ、でも、そういういくつかの理由があって、タトゥーを嫌う人がまだいるわけね」


ヒツジ「そういう理由を意識してタトゥーを嫌っている人もいるだろうが、嫌いな人間の大多数は、『何となく嫌だ』というに過ぎないだろう。そうしうて、そういう人間には今のような理由を一つずつ挙げて、それに対して、『今はもう刑罰に入れ墨は無い』とか、『もう令和の世の中だ』とか、『同調圧力なんてくだらない』とか、『私の体は私のものでそれをどうするかと親孝行は関係ないじゃん』とか反論しても無駄なんだ。なにせ、彼らは、『何となく嫌』、つまりは、生理的な嫌悪感を抱いているだけなんだからな」


マイ「じゃあ、このままタトゥーは、日本では、ずっと嫌われ続けるわけ?」


ヒツジ「いや、そんなことはないだろう。現に、人気のアーティストがタトゥーを大っぴらにしているわけだ。すでにもう変化は起こっていると言っていい」

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