第27話 クジラを食べるかどうかなんてほっといてよ!

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。



マイ「南極に最後の調査捕鯨をした船が帰ってきたっていうニュース見たよ。これから調査捕鯨をやめて、商業捕鯨を始めるんでしょ?」


ヒツジ「そういうことらしいな。よかったじゃないか、クジラが食べられて」


マイ「まあ、わたしは別に、そこまでクジラを食べたいとは思わないけど、捕鯨に反対している外国の人たちいるじゃん、あの人たちはどうかって思うよ」


ヒツジ「どうして?」


マイ「だってさ、クジラを食べるのは日本の文化でしょ。クジラが絶滅危惧種だっていうならともかくとして、そうじゃないなら、何を食べようが、ほっとけって話じゃん」


ヒツジ「このグローバルな社会では、他国の文化だからといって、ほっとくことはできないんだろうな。東洋の島国に、クジラを食べるなどという悪しき因習をもった民族がいる。われわれは、同じこの世界に住む人間として彼らの蛮行を許すことはできない……とまあこういった具合だ」


マイ「なんでクジラを食べることが悪いことなのよ」


ヒツジ「クジラやイルカというのはな、知的なほ乳類なんだ。しかも、あんなに愛らしいじゃないか。それを食べるなんてもう蛮行としか言いようがない」


マイ「ちょっと待ってよ、知的なほ乳類で愛らしいってことを言えば、牛だって豚だってそうじゃないの? なんで牛や豚はよくて、クジラやイルカはダメなの?」


ヒツジ「お前こそ何を言ってるんだ。牛や豚は人間の家畜じゃないか。対して、イルカやクジラは家畜じゃない。彼らとは友だちになれるんだ」


マイ「牛や豚だって友だちになれるでしょ? 現に、豚はどうか知らないけど、牛は昔、農耕用だったりとか、車を引いたりとかしていたわけでしょ。立派な友だちじゃないの? 愛らしさだってあるでしょ」


ヒツジ「それは考え方の違いだな」


マイ「だから、その考え方の違いを尊重しろって言うなら、こっちがクジラを食べることも尊重してもらわないと。大体さ、その捕鯨反対派の人たちだって、過去に散々クジラ捕ってたわけでしょ。ペリーが来航したのは鯨油のためだって学校で習ったよ」


ヒツジ「過去の過ちを償うために今反対しているとも言える。問題は、やはり、その考え方の違いなんだ。お前は、他国の文化は尊重しなければならないとする考え方、捕鯨反対派は、たとえ他国の文化だとしても非人道的なものに関しては介入する必要があるとする考え方。この二つの考え方のどちらが正しいのか?」


マイ「ちょっと待ってよ。非人道的ってことを言ったら、今言った、牛や豚を食用に殺すことだって、そうでしょ」


ヒツジ「捕鯨反対派の考え方では、クジラやイルカを殺すことは非人道的であり、牛や豚は問題ないんだ」


マイ「だから、それがおかしいでしょ。そこに矛盾があるじゃん!」


ヒツジ「別に矛盾は無い」


マイ「なんでよ!」


ヒツジ「捕鯨反対派にしてみれば、クジラやイルカと牛と豚は全然違う動物だからだ」


マイ「何がどう違うのよ!?」


ヒツジ「クジラやイルカは大切な動物であり、牛と豚はそうではない動物なんだ」


マイ「なんでよ?」


ヒツジ「なぜということもない。そういうものなんだ」


マイ「はあ!?」


ヒツジ「理由は無いんだ。彼らにとっては、クジラやイルカと牛と豚は違う。違うと思っているんだ。どっちだって同じほ乳類だろとか、同じように賢くて愛らしいだろ、なんてことを言っても、彼らにとっては何の意味も無い」


マイ「あの人たちには話が通じないの?」


ヒツジ「そう言ってもいいだろうな。だが、ちょっとお前にも彼らの気持ちがイメージできる例を出してやろう。お前、ネコが好きだよな」


マイ「好きよ。できれば、飼いたいくらい」


ヒツジ「ネコを食用にする民族がいたらどう思う?」


マイ「えっ!?」


ヒツジ「いたらというか、実際にいるんだがな」


マイ「いるの!?」


ヒツジ「ああ。で、どう思う?」


マイ「どうって……それは、ちょっと、やっぱりネコが可哀想だと思う」


ヒツジ「できれば、やめさせたい?」


マイ「…………」


ヒツジ「つまり、そういうことだ。それが、捕鯨反対派の気持ち……かどうか正確なところはオレは知らないが、そういう風に考えれば、捕鯨に反対する人間の気持ちが少しは分かるだろう。で、話を戻すが、他国の文化に干渉すべきじゃないという考え方と、他国の文化にも干渉していい場合があるとする考え方のどちらが正しいのか」


マイ「……どっちなの?」


ヒツジ「正しいか間違っているかを言えるのは、基準があるからだ。基準に照らし合わせてみて、正しいとか間違っているということが言える。しかし、今言った二つの考え方の正誤を判定する、より高位の基準なんて無い。だから、どちらが正しいなんていうことは言えない」


マイ「ちょっと待ってよ。じゃあ、なに、二つの考え方のどちらが正しいかってことが決められないなら、捕鯨反対には反対できないってこと?」


ヒツジ「捕鯨反対への反対なんていくらでもすればいい。ただ、そのお前の意見を、捕鯨反対派のやつらは聞かないだけさ」


マイ「やっぱり聞かないの?」


ヒツジ「聞かないな」


マイ「じゃあ、議論しても意味無いんだ」


ヒツジ「無いな」


マイ「じゃあ、なに、このまま捕鯨反対のプレッシャーが強くなってきたら、嫌でも、捕鯨をやめないといけなくなっちゃうの?」


ヒツジ「そういうことになるかもしれないな」


マイ「こっちが間違ってなくても?」


ヒツジ「オレの言ったこと聞いていたか? どっちが正しいとか間違っているかとかいうことはできないって言ったろ」


マイ「そんなのやっぱりおかしい!」


ヒツジ「それをおかしいと思うのは、自分の方が正しいと思っているからに過ぎない。しかし、その正しさを保証するのは、お前と、お前と意見を同じくするやつらだ。それ以外のやつらにはそんなものは通用しないのさ」

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