第24話 のど飴と民主主義

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。

〈時〉

2018年9月下旬



マイ「熊本市議会で、ある女性議員が質疑中にのど飴を舐めていたってことでさ、退席させられた事件があったんだって」


ヒツジ「そうみたいだな」


マイ「わたし、もうこのニュースには、ムカついてしょうがないんだけど!」


ヒツジ「まあ、そもそものど飴を舐めてはいけないなんていうのは会議の規則に書かれていないみたいだしなあ。『品位の尊重』っていうのに抵触するっていう話だったが、ちょっと無理やり感があるよな。ハンバーガーをバクバク食ってたっていうならまだしもな。それに、のどを痛めていたっていうことで、のど飴を舐める必要性もあったみたいだしな。このせいで8時間も議会進行が止まったっていうのも、お粗末な話だ」


マイ「あのさ、そんなこと、わたしはどうでもいいのよ! わたしがムカついているのはさ、市議会議員の中で誰もこの女性の味方にならなかったってことなの! わたし、こういうの本当に大嫌い! みんなで寄ってたかって一人をさあ!」


ヒツジ「お前にしてはなかなかいい着眼点だな」


マイ「いいも悪いもないでしょうが! こういうのを『卑怯』って言うのよ! わたし、卑怯なことは絶対に許せないの!」


ヒツジ「確かに、熊本市議会議員は、誰か一人でも二人でも、この女性議員の味方をすべきだったことは確かだ」


マイ「そうでしょ!」


ヒツジ「ただ、その行為が卑怯だったからっていうのが理由じゃないけどな」


マイ「どういうことよ!?」


ヒツジ「議会っていうのは、民主主義を表したものだよな?」


マイ「いきなり何?」


ヒツジ「民主主義っていうのは、自分たちのことは自分たちで決めていこうっていう考え方のことだ。しかし、あることについて決めるときには、ほぼ必ず対立が生まれ、そこに多数派と少数派ができる。その際には、多数派は少数派に十分に配慮する必要がある」


マイ「ちょっと待ってよ、何で社会の授業が始まるの? わたしは、卑怯なことは嫌いだっていう話がしたいだけなんだけど」


ヒツジ「そのお前の嫌悪感に十分な正当性があるっていうことを、説明してやってるんだ。黙って聞け」


マイ「はいはい」


ヒツジ「多数派が少数派に対して為す十分な配慮とは何か。それは、少数派の意見を聞くことだ。少数派に意見陳述の機会を与えて、その意見と自分たちの意見を比較し、本当に多数派である自分たちの意見が、少数派である彼らのものよりもより良いかどうかを十分に吟味する、これが民主主義の内容だ」


マイ「分かった。女性議員に十分に意見を言う機会を与えなかったってことで、熊本市議会には民主主義が実現されていないってこと?」


ヒツジ「そういうことだ。しかも、今回、彼女は一人だったわけだろう。そんなにたくさんでなくていいが、とにかく他の議員が、彼女以外の人間が彼女の援護をすべきだった。もしも自分の意見が、『質疑中のど飴反対』だったとしても、彼女の味方をして、『質疑中のど飴容認』に立つべきだったな。そうすることで、本当に質疑中にのど飴を舐めてはいけないのかどうか、という議論ができるようになる」


マイ「そんな本心と違うことをする議員なんているわけないじゃん」


ヒツジ「まあな。だが、民主主義を本当に実現するためだったら、是非ともそうすべきなんだ。自分の気持ちがどうこうという話にこだわるなら、それは一般市民でもできることだ。いやしくも議員なら、自分の気持ちからではなく、民主主義のために行動すべきだろう」


マイ「まあ、結局はさ、やっぱ卑怯だってことでしょ。本当は中にはさ、のど飴なんて大した問題じゃないって思ってた議員もいたんじゃないの? でも、長いものに巻かれろ的な考え方でさ、みんなで一人をいじめたんだよ。あー、ムカつく!」


ヒツジ「そういう風に見えてもまあやむをえないだろうな。そうして、自分たちの行為が社会の目にどう映るのかということが分かる人間も、熊本市議会にはいないということが明らかになった。のど飴一つで明らかになることが色々とあるもんだ」

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