第10話 哲学を勉強して、ステキに生きる!?
〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。
マイ「えーっと……なになに……なるほど、なるほど……」
ヒツジ「お前が活字の本を読んでるなんて珍しいな、何読んでるんだよ?」
マイ「失礼ね。わたしだって本くらい読むよ! しかも、あんたみたいなヌイグルミには分からない高尚な本を読んでいるんだから! ほら!」
ヒツジ「これで分かるニーチェ……? ああ、ニーチェの思想の解説書か。なんでまたそんな本読んでるんだよ」
マイ「中学生になると色々人生について考えることがあるのよ。これからどうやって生きていけばいいか、そのヒントをもらうために読んでんの」
ヒツジ「バカか、お前は。自分の人生を生きるのに、どうして、他人の人生論が必要なんだよ。お前はお前の人生をただ生きればいいだけだろ」
マイ「だから、その生き方について、教えてもらいたいって思ってんの。ただ生きればいいって言われたって、困るでしょうが」
ヒツジ「何が困るんだ。現にお前は生きているじゃないか。哲学者のご高説を聞かないと生きられないっていうなら話は別だがな。お前はもう生きているんだから、そんな他人の人生論が、お前が生きるために必要じゃないのは、考えるまでもないことだろ」
マイ「だからぁ、生きているは生きているんだけど、その生きていく中での心構えとかやるべきこととか、そういうことを知りたいって言ってんの!」
ヒツジ「やれやれ……じゃあ、聞くが、お前は、ニーチェの人生を生きられるか?」
マイ「何言ってんの? ニーチェってもう死んでるんだよ」
ヒツジ「もし生きていたとしたらどうだ?」
マイ「生きていたって無理だよ。他人の人生を生きるとか、意味分かんないし」
ヒツジ「そうだよな。じゃあ、ニーチェが生きていたとして、お前の人生を代わりに生きてくれるのか?」
マイ「それも意味分かんない。他人が、わたしの人生を生きるとか」
ヒツジ「だとしたら、お前とニーチェの人生は何の関係も無いじゃねえか。どうして、そのお前の人生に関係ないヤツが書いたことを、ありがたがって読んでるんだ」
マイ「でも、人生っていうところで、共通しているじゃん。わたしの人生も、ニーチェの人生も、人の人生ってところで共通しているわけだから、ニーチェが人生について考えたことを知れば、何かしらわたしの人生に利用できる、教訓的なことを得ることもできるはずでしょ?」
ヒツジ「『共通』っていうのは、自分と切り離して見ることができる物同士にしか適用できない言葉だ。お前は、お前とお前の人生を切り離すことなんてできないわけだから、お前の人生とニーチェの人生が共通しているなんてことも言えない」
マイ「じゃあ、何? こういう本は意味ないってこと?」
ヒツジ「その通りだ。『人生このように生きるべきだ』的なことを言っている本は、全てくだらない。それは、人生が存在するということを普通のことだと思いみなした上で、言われることだからだ」
マイ「どういうこと?」
ヒツジ「どう生きるべきかってことは、生きるということがどういうことか分かっていないと言えないってことだ」
マイ「でも、生きているなんて当たり前のことじゃん」
ヒツジ「お前は自分の意志で生まれてきたのか?」
マイ「え、なに?」
ヒツジ「自分の意志で、母親の腹から出てきたのか?」
マイ「そんなわけないでしょ」
ヒツジ「お前は自分の意志で死ぬのか?」
マイ「自殺でもしない限り、そんなわけない」
ヒツジ「だとしたら、お前は自分の意志で生まれてきたわけでもなければ、自分の意志で死ぬわけでもなく、今、人生を生きているわけだ。この事態のどこが当たり前なんだ。訳の分からないことこの上ない事態じゃないか」
マイ「…………まあ、言われてみれば」
ヒツジ「それが感じられればまだ大丈夫だ。それが感じられなくなって、人生が存在することを自明のものとして、ニーチェやら誰やらの思想に頼って生きていくようになったら、まずい。いいか? どこかの誰かの言葉で人生に関して理論武装するっていうことは、人生に対する感受性を失っている証拠なんだ」
マイ「こういう本が売れているってことは、結構そういう人いるんじゃないの?」
ヒツジ「だろうな。まあ、それで満足できるなら、それでもいいのかもしれないけどな。波打ち際で遊んで十分に楽しんでいるヤツを、海の中に泳ぎに誘うのは、余計なお節介とも言えるからな。それに、そもそも人生の不思議を感じないっていうヤツもいて、そいつに、『感じろ』と言っても無駄なことだしな」
マイ「意味ないなら、もう読むのやめよっと。書いてあることは難しくなかったけど、全然ピンと来なかったし。あんたと話してた方が、まだ分かるわ」
ヒツジ「それはお前がオレと話しながら考えているからだ、バカなりにな。それはまだマシな方のバカで、本に書いてあることをインプットと称して鵜呑みにするのは本物のバカだ。お前は、そこまでバカじゃなかったみたいだな」
マイ「……どうもありがとう。これから生きるための希望が湧いてきたよ」
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