Windows10

加糖

第1話モコエナ

 新品のノートパソコンに向かって、すでに小一時間がすぎようというところ。

 職を失い暇を持てあましていた時、友人になんとなく連れて行ってもらった競馬場で、なんとなく買った馬券が大当たり。そのお金でこれまたなんとなく買ったこのノートパソコン。サイバーなご時世、誰でもネットに自作の小説をあげることができるらしく、ボクも小説家デビューしようと安易な考えに至ったまではよかった。

 いざ電源を入れたはいいが、キーボードを走らせることはおろか、まったくといっていいほど使い方がわからず途方に暮れてしまっていた。そこで同じマンションに住んでいて、地元では有名な天才小学生に相談すると、彼女は「学校の勉強が忙しいんだけどね」と言いつつも、にやりと笑ってパソコンを持って行く。



 翌日、あらかたの環境整備を終えたパソコンを持って、いきつけの喫茶店へと足を運んだ。せっかくならと、窓際で得意げにノートパソコンを開き消しても消しても現れていたポップアップは息を潜めており、今すぐにでも使える状態だった

 しかし、悠長にコーヒーを飲んでいられない出来事が起こる。キーボードをタッチする度に、パソコンが「あぁん」とか「ダメぇ」など色っぽい声をあげるではないか。動揺したボクは設定をしてくれた彼女の元へと駆け込んだ。事情を説明すると、彼女は真剣な表情のままうなずき「女の子だったのね。男の子なら無口だったのだけれど」と缶コーヒーを奢ってくれた。ボクは、マジかよ、と驚愕した。たしかこのノートパソコンのOSはWindows10。まさか性別システムが搭載されているなんて思いも寄らなかった。先ほど気味悪がって店を後にした人たちはきっとWindows8を使っているに違いない。だからあれほど驚愕していたんだと思う。

 それからボクは、このパソコンにモコエナと名付け、さすがに外には連れ出すことができなかったが、自室で何をするわけでもなくキーボードをタッチして甘い声を出させて遊んだりしていた。



 しかしそれから五年の月日が流れ、悲劇が起こる。

 突如パソコンがクラッシュしたのだ。なんとか自力で再設定を試みるも何かが違ったのか、モコエナ反応しないのだ。いくらタッチしても甘い声を出してくれない。あれだけ愛情を注いだモコエナは忽然とこの世から消えてしまった。

 動揺を隠しきれないボクは、また彼女に相談することにした。事情を聞いた彼女はしばしぽかんとした表情でため息をつき「最初からモコエナなんていなかったのよ」と首を振る。

「私も高校受験で忙しいんだから、あんたもしっかりしなさいよね。あ、私これから塾だから」

 そう言って歩き出した彼女の背中を呆然と見送り立ち尽くす。その日は朝から雪が降っていた。

 ボクは暖房もないワンルームに戻り、パソコンの電源を入れる。そこで初めてテキストエディタを開き、この悲しみを小説として綴ることにした。





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