「変わらぬ非日常」「手作り」「狂気」

 週に一回、皆の夕食が終わると『外』の様子が映し出される。

 黒ずんだごみ山を漁り、使えそうな金属を見つけてはかき集めている。男が多いが女もいる。僕と同い年ぐらいの子供だって少なくはない。

 ここで過ごし始めてからずっと定期的に見せられている『外』の映像。毎週変わらぬ非日常的な、しかし彼らにとっては日常的な風景だ。


「やっぱり僕は嫌いだな」

 モニターから目を背けてそう呟いた。

「駄目だよ、ちゃんと見てないと」

 横にいたウェローナが嗜める。

「『外』の人たちを見て私たちがいかに幸福なのかを感じるために、せっかく用意してくれてるんだから」

「そういうのが嫌いって言ったんだよ」

 思わずため息が出た。


 クラウドの中は安全だ。

 快適な衣食住が約束され、ワクチンが充実しているから病気のリスクも無い。僕たちの年代への教育も行き届いている。

 対して『外』の生活はまるで酷い。

 ぼろぼろの一張羅、ギリギリの食糧、寝る場所すら保障されない。いつ命を落としてもおかしくない環境で、毎日死の恐怖に震えながら過ごしている。


「人の不幸を見ないと幸せになれないなんておかしい」

「誰もそうは言ってないじゃない。でもそれが人間にとって手っ取り早い方法なのよ」

 ウェローナが言う「人間」が「クラウドの中の人間」という意味だとなんとなく察した。彼女だけじゃない。ここにいるほとんどの奴が、『外』の人間を人間だとは思っていない。

「狂気じみてる」

 僕は思ったことをそのまま口にした。ウェローナが冷たい目で僕を見る。

「おかしいのはあなたよ、レヴィ」

「そうかもしれない」

 そうかもしれない、と本当に思った。僕がクラウドで過ごし始めてから、僕と同じような人間に会った記憶がないからだ。


「あなたは自分が落ちこぼれるのが怖いだけよ」

 ウェローナは呆れている口調で言った。

「いつか『外』で過ごすことになるんじゃないか、って心のどこかで思ってるから、そんな風に思ったりするのよ」

 彼女の言葉が耳に痛かった。

 確かに僕はクラウドの中では出来の悪い部類の人間だ。特技は無く運動はからっきし。勉強も真面目にやっていないから学業成績も芳しくない。

 僕がクラウドの中で過ごせているのは親がお金持ちだからというだけだ。

「余計なことばっかり考えてると、本当に落第しちゃうわよ」

「いっそのことそれでもいいけど」

 そう言った瞬間ウェローナが僕の頭をはたいた。

「そんなこと言わないで」

 本気で怒っている顔だった。

「私、あなたと一緒に過ごしていたいの」

「……ごめん、ウェローナ」

 僕が謝ると彼女は笑った。



 僕が誕生日に貰ったのはウェローナ手作りのセーターだった。放課後にクラブで作っていたのを知っていたが、僕は大げさに驚いて見せた。彼女の方が僕よりも嬉しそうだった。

 僕の幸福はこんなちっぽけでいい。ちょうどそのときにも流れていた『外』の風景をみてそう思った。


 クラウドから出ることは、推奨はされていないが禁止はされていない。その夜、僕はなんとなく『外』に赴いてみた。

 僕の幸福を誰かにも分けてあげたい。そんな馬鹿みたいなことをぼんやり考えていた気がする。


 三日月の下、出会ったのは一人の少女だった。オイルと垢で汚れた服とは呼べないような布を羽織っていた。

 彼女は僕を見つけて怯えていた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 第一声がそれだった。僕は危害を加えるつもりはもちろんなかったが、同じ人間にここまで怯えるものかと哀れにさえ感じてしまった。


 やっぱり僕はおかしいのかもしれない。ウェローナから貰ったセーターを脱ぎながらそう思っていた。

 僕が黙ってセーターを差し出すと、少女はおそるおそる受け取った。

「……いいんですか?」

 僕は頷く。彼女はくしゃくしゃの笑顔を見せると、それを抱きかかえて一目散に駆けて行った。僕の気が変わるのを怖がったのかもしれない。



 翌週もあの映像が流れた。僕は無意識にあの子を探していた。

「今日は真剣に見るのね」

「ちょっと心変わりがあった」

「年取って大人になった?」

「まあそんな感じ」

 映像の時間が終わる頃、ごみ山のなかにあのセーターを見つけた。

 赤黒く染まったそれを、ウェローナは彼女が作ったものだと気づくことはなかった。

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