焦燥の最終戦
勇者が率いるパーティは、森の奥深くにある城に到着した。ここに魔王がいるのだ。
「さあ、行こう!」
勇者は高らかに号令をかけ、城の中に進む。その後ろを戦士、僧侶、魔法使いの三人が追って行った。
輝く剣を構えて、広間へと続く廊下を足早に歩きながら、勇者は焦っていた。
この城に来るまでの道があまりに平坦だったのだ。魔物も少なく、むしろ普段彼らが旅をしている街道の方が多いくらいであった。用意周到であるはずの魔王が、勇者たちの進行ルートに何も仕掛けていないのは不自然だった。
(奴は何を企んでいやがるんだ? 罠か? それとも奇襲か? なんとかして奴から先手を奪わなければ、きっと大変なことになる……)
その焦りを振り払うかのように、勇者は剣を掲げて叫ぶ。
「何があるか分からない。気を引き締めて行くぞ!」
「ああ!」
勇者の鼓舞に太い声で返事をしながらも、躊躇いなく前へと進む彼を見て、戦士は焦っていた。
この勇者が実は、国に認められた勇者ではないことを知ってしまったのだ。昨日宿屋で荷物整理をしているとき、勇者認定証が目についた。それまでにも何度か見たことはあったが、国王のサインがどこにも無いことに初めて気が付いたのだ。
(冗談じゃねえ……。腕は確かだし、一体どんな訳があるのか知らねえが、こいつで本当に魔王に勝てるのか? 早く他の仲間に知らせるべきか?)
戦士は振り返って僧侶を見た。彼女の顔は何やら引きつっている。
(今教えちまっても恐怖に飲まれるだけだ。一体どうすりゃあいい……)
「あっ……」
顔を向けた戦士に僧侶はある期待をしていたが、彼はすぐに戻ってしまった。僧侶は焦っていた。
彼女はあることに気が付いていたのだ。一緒に旅をしていたはずの武道家の男がいない。けれど他の仲間はそれに気付かない。内気な性格の上、一番最後にパーティ入りした彼女に、自ら声を出す勇気は無かった。
(どうしよう。今頃森の中で魔物に襲われたりなんてしていたら……。誰か早く気付いてあげて!)
僧侶は少しわざとらしく咳払いをしてみたが、それは空しく廊下に響くだけだった。
(誰かー! 早くー!)
それと時を同じくして、勇気パーティから置き去りをくらってしまい、武道家は焦っていた。
実は彼はまだ宿屋にいたのだ。寝坊したために出発すらしていない。彼には元から陰が薄い自覚はあったが、まさか宿屋に置いて行かれるとは思ってもいなかった。「ついに魔王だ」と意気込み、興奮して眠れなかった自分を恨んだ。
「今から追い付こうにも、一人で森を抜ける自信はないだよ……」
急いで宿を出たものの、森の入り口で武道家は立ち往生していた。
(もう、逃げちまおうかな)
ぼんやりとした広間の光が近付くのを見て、魔法使いは焦っていた。
そもそも彼女は魔法使いなどではなかったのだ。ただの手品師だ。街で勇者にスカウトされたとき、サーカスか何かだと思い込んでしまったのだ。やたら旅ばかりだと思っていたら、実は魔王退治のパーティだった。感付いた時には既に遅し。手品師だと言い出せる雰囲気ではなかった。
(私死んだ。もう終わった。一発でやられる。私死んだ。もう終わった。一発で……)
つい先程までは、手品を魔術と勘違いした勇者に逆恨みをする余裕もあった。だが今はもう、同じ言葉を頭の中でかき混ぜる気力しか残っていない。ある意味で、焦りは一番感じていなかった。
(終わった。一発でやられる。私死んだ。もう終わった……)
城の入り口の方から聞こえる声。次第に大きくなる駆け足。それらに耳を傾けながら、魔王は焦っていた。
この魔王は見た目こそ青年の姿をしているが、復活してまだ日が浅かったのだ。そのため戦闘能力は皆無である。加えて今回の魔王には、人間と戦う気も世界征服する気もさらさらなかった。それどころか、人間と友好的に接していこうと考えるほどであった。
「えすえぬえすに『復活しました』と書き込んだ矢先にこの事態。これが情報化社会の恐ろしさか……」
戦いの熱を帯びた勇者たちに本音を伝えても、信じてくれないであろうことは魔王にも想像できた。たが、何の訓練すら積んでいない彼には、勇者の攻撃を受け流す技量さえ無い。
(とりあえず質問サイトで解答を募ったけど、誰も返信してくれない。早くしないと、勇者が来ちゃうよ!)
「勝負だ、魔王!」
剣先を魔王へ向ける無免許勇者。それをハラハラしながら見つめる戦士。後ろから武道家が来てくれないか確認する僧侶。彼女の心配をよそにとうとう逃げ出した武道家。放心状態の魔法つ……手品師。スマホを後ろ手に震えを隠す魔王。 あらゆる焦燥が渦巻く広間で、今、最後の戦いが始まろうとしている。
私は焦っていた。
オチが思い浮かばないのだ。
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