第120話 傷だらけの帰還

 オルレオ達がレガーノを出発してからはや三日。その間、“陽気な人魚亭”ではいつもと変わらず新人冒険者たちが寝起きをし、ちょっとした依頼を受けて旅立っていき、そして帰って来ていた。


 帰ってきていないのは、オルレオだけだ。


 毎朝毎朝、中庭で素振りを続けるオルレオの姿はこの宿の日常になりつつあったが、それがもう二日も途切れてしまっている。


 オルレオがこの宿に泊まるようになってまだ二月ほどしか経っていないにもかかわらず、それを少しだけ寂しいと思うようになってしまったマルコはチラリと厨房に目をやった。


 厨房には彼の妻であるエルマが夜に出すメニューを準備しているのだが、この二日間、彼女はいつも寝る寸前、ギリギリまで火を落とさずにいつでも料理を出せるように待ち構えていた。


 一番忙しい朝の時間帯だけ雇っているイオネも似たようなものだ。出勤と同時に中庭を覗いてオルレオがいないかを確認して、少しだけ落胆したように皿洗いやホールの後片付けをこなしている。


 いつの間にかココに馴染んじまったなぁ、とマルコはため息を吐いて少しだけ嬉しそうに口の端を上げた。


 “陽気な人魚亭”はレガーノに数多くある冒険者向けの宿の中でも歴史が浅く、所属する冒険者の数も少ない。さらには初心者というか駆け出しの冒険者がほとんどを占めているおかげで簡単な依頼ばかりが舞い込んでくる。


 そのおかげで最初はこの宿に居ついていた駆け出し冒険者たちも経験を積むと、より報酬の良い依頼や見栄のために他所の宿へと拠点を移してしまい、離れて行ってしまっていた。


 しかし、オルレオがこの“陽気な人魚亭”にやって来て多くが変わった。オルレオが冒険に出るたびに噂が広まり、少しずつだけれど今までよりも(報酬的な意味でも難易度的な意味でも)高い依頼が寄せられるようになって、やってくる冒険者も増えた。


 今回、オルレオ達に受けてもらった【大牛退治】の依頼もそんな依頼の一つだ。駆け出しには荷が重く、実績がある冒険者には軽すぎる。今、売り出し中の冒険者にピタッと嵌るような依頼が舞い込んできて、それをオルレオ達が受けた。


 きっとオルレオ達ならば無事に帰って来てくれるはず、そう思ってマルコが心を落ち着けるためグラスを磨こうと手を伸ばしたところで、


「戻りました」


聞きなれた声が扉をくぐってきた。


「オゥ、おかえりオルレ……オ?」


 視線を向けた先にいたのはボロボロになった盾と革鎧を持ち、胸に包帯を巻いた姿のオルレオだった。


「ちょっ、オマ……え!?」


「倒してきました!!」


 オルレオがそう言って、大きな魔石を取り出して見せたところで、マルコが訳が分からないとばかりに頭を抱えた。


「……一体全体ドーなってんの?」


「ま、そう言いたくなる気持ちも分からんではないな」


「とりあえず、テーブル席をお借りしますね、話すと長くなりそうなので」


 マルコの嘆きを聞きながらモニカとニーナも店に入ってきて一番奥のテーブル席に陣取った。そこにオルレオが加わりに行くのを見届けてから、マルコはようやく再起動して、とりあえず飲み物をサービスすることにした。



♦♦♦



「なぁるほど大牛の正体は魔獣で、翼竜ワイバーンすら打ち破るほどの強敵。あげく目の前で進化までしてくれちゃって戦闘を余儀なくされたっと……」


 マルコがスラスラとペンを走らせながら確認をすると、オルレオが大きく頷いた。


「うん。こっちがその翼竜の甲殻と鱗」


「ほ~うっ、こりゃかなりの力で抉られてんな……」


「んで、オルレオが正面切って惹きつけて、アタシとニーナで首と胸に攻撃加えたわけだけど……傷はつけられても怯みもしねえ」


「ほうほう、それで?」


「オルレオが大牛の攻撃を受け止めて無理矢理動きを止めて、私が牽制。モニカが首筋に出来た傷口に剣を叩き込み魔法の一撃で首を弾けとばしたのですが……」


「首が無いままこっちに突撃してきたから何とか斬り防いで……コレがドロップしたってわけで」


 オルレオが大きな魔石とツノ、毛皮の三つをテーブルに広げた。


「オゥッ……ドロップは美味しい!! それも二つだなんてサイッコーにツイてる!! でもよ、首なしで動くとかマジでシャレにならねえ……これだから魔獣ってやつは嫌なんだ!」


 一通り聞き取りが終わった段階で、マルコは筆記を止めてオルレオ達に向き直った。


「オーケー、今回の依頼の内容はよぅく分かった! そのうえで……」


 ガバっと大きく音が出るほどの勢いで、マルコが頭を下げた。


「すまなかった!!」


 突然のことにオルレオは何も言うことが出来なかった。


「今回の一件。魔獣が出るなんて想定もしてなかったせいでオマエさんたちを危険な目に合わせた。これは紛れもなく俺の責任だ。すまなかった」


「いや、そんな……」


 オルレオが気にしないでほしい、と言う前にマルコが右手を向けて制した。


「オマエさんたちが気にしないと言ってくれても俺が気にするのさ……つーことで、俺はこれから依頼人と冒険者ギルドに今回の一件を報告してくる。ギルドのお偉方には怒られるだろうが……なんとか報酬の増額をもぎ取ってきてオマエさん達に損はさせねーようにするさ」


 そうしてもう一度グッと頭を下げて。


「今回の件、俺がもう少し考えて依頼を張り出していれば、軽い気持ちでオマエさん達に依頼を勧めなければ防げたことだ。本当にすまなかった」


 言い切ると、マルコは書類を纏めてそのまま店を出て行ってしまった。


「そんなに気にするようなことでもないのに……」


「そういうわけにもいかないんだろうさ、何せ命が掛かってたわけだからな」


 マルコが出ていった扉を見つめながらオルレオが呟き、同じように扉を見ていたモニカがいつになく真剣な口調で。


「今回の一件はマジで考え直さないといけないことだらけだったよな」


「ええ」


 モニカの一言に深くニーナが頷いた。


「ちょうどよい機会ですし、反省会をしませんか?」

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