第95話 思春期男子

「少し早いが野暮用があって半月後には街に来る、それまでに、また腕を磨いておけ」


 そう言い残して、ガイは闘技場を出るとそのまま街の外へと、山にある自宅まで戻っていった。「夜道は危険ですよ?」とアデレードが問いかけるも「ちと急ぎでやることがある」と、振り返りもせずにガイは行ってしまった。


「あらあら、まあ……」


 口癖なのか、アデレードはそう零すと、オルレオが練習相手にしていたゴーレムに手をかざしてどこかに一瞬で片付けてしまった。


「それでは、今日は私もこの辺で……」


 微笑みながら手を振って、優雅な足取りでアデレードも去っていく。


 二人を見送ったあとで、オルレオは一人、師に言われた言葉を考えていた。


「“才能一つで戦いが決まるほど、世の中甘くない”、か……」


 見上げればすでに一番星が上がり、夜の入口を少し入ったところ。


「……そろそろ帰るか」


 誰にでもなく自分に向けて呟いて、オルレオは闘技場の底から一旦建物の中に潜って、街の中に戻っていった。篝火に照らされた大通りを寄り道もせず、まっすぐにただひたすら宿までの道を歩いていく。今だけは街の喧騒や灯りもまったく気にならないほどにオルレオはそのことを考えていた。


 “陽気な人魚亭”に着いて、部屋で身体を拭いている時も、食事をしている時もオルレオは考えていた。


「どーしたい? やけに元気がねェじゃないか?」


「マルコさん……」


 仏頂面で考え込んでいたオルレオに、マルコがカウンターの向こう側から明るく声をかけてきた。言い淀んでいるオルレオに「ん?」と促すように笑いかけられて、オルレオは釣られるように話始めた。


「実は、今日の修行でどうにも剣の才能がなさそうだ、と分かりまして……」


 マルコが神妙に頷きを返す。


「それは、まあ良いんですよ? いや、良かないかな? 剣の修行をつけてもらえるようになって嬉しかったのは確かだったんだし、どんな強敵でもバッサバッサと斬り倒すのに憧れはあったんですけど……」


「オーライ、オーライ、そこら辺はオレも良くわかる。オトコなら剣一本で無双カマすのは誰でも一度は夢見ることさ……それで?」


 暴走しがちなオルレオの愚痴をマルコが同調しつつもうまく止め、そこからさらにオルレオの言葉を引き出しにかかる。


「それで……師匠に言われたんです。“お前はこれまで剣だけで戦ってきたか?”って、“才能だけで戦いが決まるほど世の中甘くない”って」


「ほぅ!」


 オルレオから聞いたガイの言葉に、マルコは意外を覚えていた。マルコの目から見たガイは、不器用で言葉にするのが苦手な男に見えていたからだ。こんな風にオルレオに一見優しそうな・・・・・・・言葉をかけるとは思わなかったのだ。


「で、そんなこと聞いたら“だったら強い人って結局どんな人だ?”ってのを考えちゃって……」


「わけわかんなくなった、と……」


「そういうことです……」


 マルコがオルレオの気持ちを代弁して、オルレオが頷く。


「ってぇことは、お前さんは強くなりたいわけだ?」


 マルコの問いかけに、オルレオが目線を合わせて応えた。


「そう、だと思います。今までは、単純に剣の腕が上がればそうだって思ってたんですけど……」


「今は、“強さの基準”がわからなくなったから、どうすれば強くなるかがわからない?」


 答え合わせをするように投げかけられたマルコの言葉に、オルレオは力なく項垂れた。


 「「ふう」」、とマルコが付いたため息に、後ろからもう一人分が合わさった。


「こりゃ、重症さね」


「まったくだ、オルレオの師匠も人が悪いぜ」


 エルマだ。話の一部始終を聞いていたのか、頭を押さえるように手を添えて首を振れば、マルコがゆっくりと天井を見上げた。


「? それってどういう……」


「ん? ああ、そりゃもうなんつーか、お前が持ってるその感情つーか、感想つーかそれはな、いわゆる、こう、麻疹と言うかなんというか……」


 マルコが言葉を濁すように選んだところで、エルマがぶった切った。


「ぶっちゃけ、ただの気にしすぎだよ。思春期の男子によくある気の迷いってやつさ」


 あまりに慈悲の無い物言いに思わず、マルコは天を仰いだ。「おう、もう」と言う嘆きはエルマの耳を打つが、それでもエルマは止まらない。


「強さが何か、なんて時と場合で変わるもんさ。基礎基本がモノをいう時もあれば応用力に救われるときもある。手段の多さが突破口になれば、突出した技能が道を拓くこともある……うんなもんを十把一絡げに“強さ”って簡単に言っちまおうとするなんてただの馬鹿だよ!」


 「あの、もうそのくらいにしてやって……」というマルコの小さな懇願は、「うるさいね!」の一言でかき消された。


「そんなことで悩んでる暇があるなら! お腹いっぱい食べて! この間パーティに誘ってくれたお嬢ちゃん達への返答でも考えておくんだね!」


 言って、オルレオの前にエルマが追加の一皿を出してくれた。豚バラとほうれん草の生姜焼きと、アスパラと鶏肉のソテーだ。


「それ食べて満腹になったら今日はもう寝ちまいな、疲れてるから変なこと考えちまうのさ」


 エルマが笑って、厨房に戻っていき、後には苦笑いのマルコと呆然とした様子のオルレオが残された。


「ま、そういうこと。ああいう風に言葉で一歩的にまくしたてられても、よくわかんねーとは思うが……結局は強さってもんが何なのかは誰もわかりゃしねーのさ」


「だったら、俺は……」


 オルレオが二つの皿を凝視しながらポツリと呟いた。


「出来ることを一つ一つやっていきながら、増やしていくしかないのさ。いつだって、誰だって、な」


 マルコがカウンターの裏に置いていたカクテルグラスの中から一番小さなものを取り出して、そこに半分くらい琥珀色の液体を注いでいく。


「ま、今日がお前さんの大人の始まりってことで、俺からのオゴリだ」


 オルレオが初めて飲んだ酒は喉が灼けるように熱く、身体の芯から温まるようで、どこか複雑な味がして……思いっきりムセた。

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