第94話 才能の有無

 太陽の匂いが小さくなり宵闇が深みを増したころに、二人の男女が闘技場の中に足を踏み入れた。疲れ切った顔をした男と、愉快そうな表情を隠そうともしない女。会話もなく、互いに顔を見合わせることもないのに、二人は遠すぎず近すぎない距離を保ちながら目的の場所へとまっすぐに歩いて行く。


 二人が目指すべき場所はすぐにわかった。二体のゴーレムを前に相対している少年、それもこの闘技場の底で最も背の高いオルレオが剣を構えて立っているからだ。


「ちょうどいい」


 その立ち姿を見て、少年の師―ガイが足を止める。合わせるように隣を歩いていた女―アデレードもその場で立ち止まった。二人とも息を殺すように静かにただただ目線の先にいるオルレオに気づかれないようにその動きを見守る。


 一方のオルレオは、一切気づいた様子もなく、左手の盾を前に、右手の剣を下段に構えて呼吸を整えていた。吸気の中から取り込んだ魔力を身体中に回し、充分に満ちたのを感じ取った瞬間に、オルレオは動いた。


 正面、二体並んだゴーレムの右。柔らかい金属兵メタルゴーレムへと回り込むよう右に大きくステップを踏み、一気に距離を詰めるとともに左足を前に身体を地面に縫い付ける。


 それでも飛び込みの勢いを殺さず、左ひざを沈み込ませ、地面からの反発を加えて身体全体を前に射出する。上体もその流れを殺さず、腰から肩、左腕に力を流して。


 衝撃インパクト


 左手に構えた盾が金属兵を直撃すると同時、その身体が砕けた。


 眼前の敵を文字通り粉砕したオルレオの前には鋼鉄兵スチールゴーレムの側面が晒される。


 金属兵が居た・・場所に右足を踏み込む。今度は、腰を軽く落としたまま右から左に回旋、右肩から腕を跳ね上げるように動かしながら、相手の下から斬り上げるように回し斬る。


 剣の長さよりも1.5倍はありそうなゴーレムの身体が斜めに両断されて滑るように落ちた。


 剣を振りぬいたオルレオはそれを見て、大きく息を吐いた。身体の中に溜め込んでいた熱や力を空に逃がすように大きく、ゆっくりと呼気を出しながら脱力していく。


「なんだ、あっさりと出来るようになりやがって…… つまらん……」


 かけられた声に、オルレオはゆっくりと振り向いて笑みを浮かべた。意表をついてやったと言わんばかりの自信満々の顔だ。


 チっと、舌打ちが聞こえてきたオルレオは、それを聞こえないふりをしながらより笑みを深めていった。


「あらあら、ここはお弟子さんを褒めてさし上げるところでは?」


 アデレードがガイの方を見ると、ようやく渋々といった様子で、ガイがオルレオの方をまっすぐに見やった。


気づいたか・・・・・?」


 短いその問いかけに、オルレオはただただ首肯をもって答えた。


 ふぅーっと、意識を切り替えるようにガイが大きく息を吐きだす。右手でバリバリと後頭部をかきむしる姿は、オルレオが今まで何度も見てきた師が本気で面倒くさがっている時の仕草だ。


「わかっているとは思うが、“徹し”と“透し”の技術には似通ったところが多い。余程の怪力馬鹿じゃなければ、身体全体の勢いと力を使わんと相手に“とおす・・・”ことはできん」


 ガイが自分の腰から剣を引き抜いて眼前に持ってきた。


「この二つの技には違いがある……」


 ガイの言葉が途中で途切れた。


「力を直線で徹すか、面で透すか、ですね?」


 それを受けて、オルレオが言葉を作った。


「その通りだ。この違いに気づかせるのがこの技を教えた一つ目の理由だ」


 ガイの言葉を受けて、オルレオは自分の中に生まれた疑問を素直に言葉にした。


「どうして、その違いを俺自身に気づかせる必要が?」


 うん、とガイが一つ頷いた。


「それが二つ目の理由につながるわけだが……、今回、俺はお前に対して似通った技を教えたわけだが……習得には差が出ただろう?」


 オルレオが首を縦に振った。


「なんでか分かるか?」


 ガイの問いかけに、オルレオはすぐさま首を横に振った。


「いや、全然」


 はあ、と大きくガイがため息を零した。


「ちっとでも考えてから言え! 馬鹿弟子!!」


 オルレオが不服そうに返事するのを見ながら、ガイは少し苛立って足下に転がっていた小石を上手く靴先で弾き飛ばしてオルレオの眉間に直撃させた。


「イってぇ!?」


 頭を押さえたオルレオに少しだけ気持ちをすっきりさせたガイが言った。


「これはあくまで俺個人の考えだがな、貫徹の“徹し”をうまくできる奴はどっちかといえば剣術に才能があって、浸透の“透し”が上手くいくやつは多分盾を使う方が向いている、と思っている。お前はどっちだった?」


 その言葉を聞いた時に、オルレオはドキリとした。自分が上手くいくと思っていたのは浸透の方だ。


 でもそれを言ってしまうと、認めてしまうと、自分に剣の才がないのだとそう結論付けてしまいそうで、咄嗟にオルレオは逆を言おうかと考えた。


「……え? と、浸透の方だった、んだけど……」


 それでも、オルレオは嘘を吐かなかった。それはあまりにも不誠実だし、なによりもここまで育ててくれた師をだますようなことだけは出来なかったからだ。


「やっぱりか、お前は致命的に剣の才が足りんからな」


 あっけらかんと軽い調子でそう言われて、オルレオは少しだけ迷った自分が馬鹿みたいに感じた。


「やっぱりか、って師匠!? 最初からそう思ってたんですか!!?」


 それが何となく恥ずかしくて、悔しくて、オルレオは語気を強めて問いただした。


「あたりまえだろう? 何年お前の稽古を見てきたと思う?」


 そう言われてしまえば言い返す言葉もでない。ようやく剣の修行を本格的につけてもらえるようになったのに、こうもあっさりと才能がないと言われると思わなかったオルレオは何も言葉を出せなかった。


「ま、俺の見る目が正しかった、ってことで。これからもお前には盾技と剣技の両方を叩き込んでいくから覚悟しておくように」


「へ?」


 師の宣言に、オルレオはキョトンとした声を出した。


「なんだ? ハトが豆鉄砲食らったような顔しやがって」


 ガイが心底不思議そうに首を傾げたのを見て、オルレオはまっすぐに聞き返した。


「え、いや、だって、俺って剣の才能ないんじゃ……?」


「なんだ? 剣の才能が無ければ剣を振れんのか? だったらお前、今までどうやって戦ってきたんだ? 盾だけ使ってたか?」

 

 そこまでを矢継ぎ早に言われて、オルレオはまた何も言えなくなった。


「才能があろうがなかろうが誰にだって剣は振れるんだぞ? オルレオ」


 師の言葉にオルレオは頭を殴られたような感覚を覚えた。


「確かに剣一本持っただけじゃ、剣の才能をもった奴には勝てんかもしれん。が、盾を持ったら? 魔法や道具を使ったら? 仲間と一緒に戦ったら?」


 そこまでを聞いて、オルレオは少し卑怯じゃないか? とも思ったがそれでも、盾を持っただけでも才能を持った誰かに、簡単に負ける気はしなくなった。


「才能一つで戦いが決まるほど、世の中甘くねーよ」


 そう言って、ガイは実に楽し気に笑った。

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