第72話 仕事前のギルド前

 新しい大盾と腕甲を受け取った翌朝、オルレオは随分と久しぶりにすべての装備を全身にまとうことにした。


 いつも通りに朝起きて日課の素振りを済ませれば、軽く汗を流して朝食をかきこんだ。今日の朝食は腸詰ソーセージに目玉焼き、それも両面にしっかりと焼き目をつけたものに野菜スープとこんがりと焼かれたパン。


 他の冒険者たちがボードに貼り付けられた依頼書を取り合いしているのを横目で見ながら、オルレオはのんびりと舌鼓したつづみを打ってから部屋に戻り、冒険に行く準備を整えた。


「おう! オルレオ! これからお仕事かい?」


 一階に降りる階段の途中で、カウンターにいるマルコから声を掛けられる。


「ええ、ちょっと冒険してきます!」


 笑顔でオルレオが返すと、キラリと光る歯を見せながらマルコが右手の親指を立てた。


「怪我無く帰って来いよ!!」


「はい!!」


 明るく送り出してくれるその声を一身に受けて、オルレオは元気よく“陽気な人魚亭”を飛び出していった。


 朝の大通りにはたくさんの人があふれ出ている。仕事や出立の準備にいそしむ人から夜通しの仕事を終えて帰路につく人、今から職場に向かう人までごった返してまるで朝日の様に活力に満ちていた。


 初めて見た時にはその様子に圧倒されたオルレオも、ようやくこの光景に慣れたのかきょろきょろとあたりを見渡すなんてことをせず、目的地に向かって人の波をかき分けるようにしてズンズンとわき目を振らずに歩き続けた。


 冒険者ギルドのある広場までたどり着いたところで、オルレオは街の東へと伸びた街路の向こうからよく見知った二人組の冒険者が歩いてくるのを見つけた。


 豪勢なプレートアーマーを着込み、剣帯に両手剣を吊るし両手を頭の後ろで組みながら楽し気に笑っているモニカと、一見して質素なエルフ特有の狩装束かりしょうぞくに急所を革鎧で護り弓を担いだニーナのコンビだ。


 オルレオが二人に気が付いたと同じように、二人もオルレオに気が付いたのだろう。大きく右手を挙げてぶんぶんと振り回してアピールするモニカと、その横でぺこりと会釈するニーナを見て、なんだか気恥ずかしさを覚えながらも、オルレオは二人のほうに向かって駆けだしていく。


「よぉう! オルレオもいまから仕事か?」


 そこそこ遠い距離だというのに大きな声を出すモニカ。パッと、広場のあちらこちらから注目するような視線が投げかけられてくるのを感じて、オルレオは一瞬、これ以上近づかずにおこうか、なんて考えたが、ここで逃げたら余計に目立つことに気が付きそのままモニカ達の近くで足を止めてから。


「うん、ここ最近仕事してなかったからギルドのクエスト受けに来たんだ。そっちは?」


 常識的な声で返したオルレオに、モニカは大層上機嫌なままで。


「へっへっへ、なんでもまた大仕事があるってことで呼び出されたんだよ! またエテュナ山脈絡みらしいが……今度はザコ相手とは違うみたいでな」


 ニヤリと楽し気な笑みを浮かべるモニカの隣でやや呆れ気味で額に手を当てたニーナが力なく首を振った。


「昨日、冒険者ギルドからそのお話を頂いてからずっとこの調子で浮かれてるんですよ……。これじゃあまるっきり戦闘狂せんとうきょうです……」


「ちっげぇよ、ここ最近ロクに依頼も受けれなかったから鬱憤がたまってるだけだっつの」


 腕を組んで不服そうに言い放つモニカに、ニーナはちょっと困った顔で「では、そう言うことにしておきましょうか」、とにこやかに言い放った。その横に並ぶようにしながら、オルレオは大きく首をかしげていた。


「どうして依頼が受けれなかったんだ?」


 オルレオが疑問を口に出したのを合図に、三人はゆっくりと冒険者ギルドに向かって歩き始めた。


「ま、三級以上の冒険者ってのは言うなりゃ冒険者としちゃ上位に入るわけだからな。街の近くで大きな異変が起きてる時にゃ、その調査か解決ぐらいでしか依頼を受けさしてくんねーんだよ」


 端的にまとめたモニカの発言に、オルレオは分かったような分からないようなあいまいな感じでまだ頭をひねっていた。


 はあ、とモニカがため息を一つ。


「つまり、三級以上の冒険者は危機が迫ってる街にとっちゃ貴重な戦力ってことだ。勝手に動き回られて肝心な時にいねーのは困るってことでギルドからのミッションしかうけれねーよーに制限かかんだよ」


 ここまでを聞いて、ようやくオルレオは事態を掴んだのか曇っていた表情に晴れ間が見えた。


「三等級にもなると依頼を受けて遠征に行ったり、魔獣狩りに出かけたりとあちらこちらに出かけることが多くなりますからね、仕方のないことなのかもしれませんが」


 ほうほう、とオルレオがやけに何度も頷くのを見てモニカが面白そうだとばかりに悪戯好きな笑顔を浮かべた。


「なんだよ? お前も遠征とかに興味あんのか?」


 その問いに、オルレオはしばし迷い。


「うぅ~ん……興味はあるけど、今はいいかな?」


「なんでだよ?」


 オルレオの返答に納得がいかないのか少し膨れた感じでモニカが聞き返す。


「だって、俺まだレガーノのこともよく知らないからさ。もっともっとこの街で冒険を楽しんでからでいいや」


 そういって笑うオルレオの顔を見て、モニカは毒気を抜かれたのか肩の力を抜いて少し照れたように顔をそむけた。ニーナがそんな二人の様子を見てクスリと笑い、三人はそのままギルドの中へと足を踏み入れていった。

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