第66話 フランセス先生が教えるギルドの成り立ちと冒険者について

「ま、その前に説明しとかなきゃいけないことがあるんだがね」


 言って、フランセスは黒板に引かれた線の片方、フツーのところと書かれた今まで説明をしていた部分をサッと消していった。


「もともと、人類の悩みの種ってのはコッチ。魔力の濃いところだったって話さ」


 十分なスペースを確保したうえで、フランセスは黒板のあちこちに円を描いた。そのなかにさらさらと何匹かの魔物を描いては戦いを示すようにバツ印をつけていく


「魔力の濃いところでは最初ハナっから強い魔獣が生まれてそこで互いに殺しあってさらに強くなっていく……らしい。ここに足を踏み入れる奴は少ないからね、情報が少ない」


 大きくバッテンをつけて次にハテナを描く。


「だが、ここから強力な魔獣が這い出てくることもある。冒険者ギルドの出来る前はこうした魔獣が暴虐の限りをつくし、人類は生存圏を脅かされていたらしい」


 ふむふむとオルレオは頷きながら。


「ってことはそういう強い魔獣に対抗するために冒険者ギルドが出来たんですか!?」


 目を輝かせて聞くオルレオに、フランセスは少しだけ自嘲気味な笑みを零した。


「いや、冒険者ギルドが出来るのはその後……人類を救ったのは“異界の勇者”達だ。」


 あ、っとオルレオは小さく声を挙げた。その名称はつい最近聞いたばかりのものだったからだ。


「高度に発展した別世界から、神の祝福を持って転移・転生した彼らは各地を転戦して当時の強力な魔獣どもを屠り、人類の発展のためその持てる知識を提供した。そしてあるものは王に、あるものは辺境で楽隠居、と各々が自由に余生を過ごしたそうだ」


 そこまでを聞いて、オルレオは“異界の勇者”についてあることを思い出した。


「そういえば、タティウス断崖って……」


「当時に出来たものだそうだ。だが、それでも人類はまだ魔獣の脅威にさらされていた……なぜかわかるかい?」


 その問いかけに、オルレオは少しだけ迷い、そして。


「あ、もしかしてフツーのところで生まれる魔獣ですか?」


 ふと、先ほどまで聞いていた話だと思い当たった。


「そう。いくら異界の勇者たちの力が凄まじくとも世界のすべてを覆いつくすことが出来るわけじゃあない。勇者たちのいる近くでは魔獣災害が減ったけど、その分各地での被害は増えていったらしい」


「増えてたんですか?」


 そこに、オルレオは一つ意外を感じていた。なにせ強力な魔獣がいなくなって、残ったのは弱い魔獣ばかりのはずだ。それなのにどうして、とオルレオが不思議に思っていたところで。


「そ。理由としちゃ、人類が生存圏を拡げるために新しい都市の開発に乗り出したり、逆に勇者がいる街に移住者が殺到して辺境から人手がいなくなったり、と様々な要因が絡んでるらしいが……それは置いといて、だ」


 と、とてもややこしい事情があったらしい、ということだけをオルレオは理解した。どうにも世の中というのは単純明快にいかないようだ、ほんの少しだけオルレオは賢くなった気がしていた。


「そこで、“異界の勇者たち”の知識を元にして広域で魔獣対策にあたるために組織されたのが、冒険者ギルドの始まり。」


「ってことは最初の頃は魔獣と戦ってばかりだったんですか?」


「いや、そこは今と変わらないみたいだね。そもそも、冒険者ってのは“危険を冒す者”って意味らしいからね。当時から今みたいに素材の採取から魔獣討伐までありとあらゆることをこなしていたそうだ」


「へぇ~」


 感心したようにオルレオは何度も頷いた。


「ま、こうして冒険者ギルドは出来上がり、今に至るまで魔獣対策とその研究を行ってきたってわけさ」


「研究?」


 オルレオが不思議そうに首をかしげる。


「そう、研究さ。魔獣が親もなく発生することや経験を積んで強くなることなんかを突き止めたのはギルドの実績だよ」


 そこまでを言ってから、フランセスは少しだけ顔を険しくした。


「が、冒険者もギルドも少しずつ変わっていく。魔獣対策を積み重ねていく中で、冒険者は“安全”を意識するようになり、“自分に出来る範囲の仕事”だけを選ぶようになっていく。ギルドもそれを推奨して冒険者に位階いかいをつけるようになって仕事について制限をかけ始めた」


「昔はもっと自由にできたんですか?」


 ふ~、とつまらなそうに一息ついてからフランセスはまたソファの背もたれに背中を預けた


「どうだろうな。“異界の勇者”の案でも冒険者の選別については言及げんきゅうされていたらしいから、そもそも今と変わらないものだったのかもしれないね」


 言って、フランセスは手をカップへと伸ばした。


「さらに、魔道具が開発されて魔石の需要が見込めるようになれば冒険者になりたがる奴は増えて、今ではろくに“冒険しない冒険者”達が巷にあふれるようになったってわけ」


 どこか寂しそうにこぼしてそっと紅茶に口付けた。


「悪いこととは言わんよ。そうした連中のおかげで弱いうちに魔獣は刈り取られ、経済は回る……職業として冒険者が定着したと言ってもいいだろうさ」


 うつむきながらカップに映る自分の姿を見つめて、フランセスはそっとこぼした。


「だが、中には食っていけずに野盗化する連中なんてのも出てきた。魔獣と戦うのは“危険”だから弱い人間を狙うってぇ、くそみたいな連中が……」


 ぐいっと、フランセスは一気にカップの中身を飲み干した。


「が、それでも世の中には、まだ本物の“冒険者”ってやつがいるもんさ。実際にこの目で何人も見てきたし、現役の頃はそうなろうと努力をしてきた……だから、オルレオ」


 フランセスが姿勢を正すと、まっすぐ、射抜くようにオルレオと視線を合わせた。


「はい!」


 それに応えるようにオルレオも背筋を伸ばしてフランセスから目を逸らさず真っ向から見据えた。


「矛盾するようだがね……身の丈に合わないことはしちゃいけないよ。冒険と無謀はかけ離れたものだからね。常に先を見据えて、己を鍛えて、成長していくんだ。そうして少しずつでもいい出来ることを増やして“本当の冒険”をしておいで」


 そこまでを言って、フランセスはすこしだけ息を吸った。


「おまえは、正しい意味での“冒険者”になれ! いいね!?」


「はい!!」


 その返事に満足したように、フランセスはふっと見せたことの無いような柔らかな微笑みを浮かべた。


「それじゃあ、今日の授業はこれで終わりだ。報告から何から、面倒をかけたね」


 それも一瞬。微笑みは消え去り、代わっていつものように獰猛な笑みがそこにはあった。


 すらりとソファから立ち上がったフランセスはすぐさま奥の執務室へと消えていき、出口の扉が職員によってひらかれる。


 自身も部屋から出ようと立ち上がったオルレオは一度だけ、執務室の方に大きく頭を下げて、足早に部屋を後にした。

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