第64話 フランセス先生の魔獣講座1

「さて、オルレオ。まずは、お前が知っている魔獣についての情報を言ってみろ」


 パチリ、と鳴らした指を聞きつけた職員が黒板とチョークを持って室内に入ってきてそそくさと退室、今度は別の人が新しく淹れなおした紅茶をそっと配膳している。


「ええっと、魔獣は魔力が命に変質して生まれた存在で、経験を積むことで更に強い存在に再変質ランクアップしていく。んで強い魔獣の周りでは魔獣が生まれやすい……あとは、魔獣の死骸は他の生き物と違って素材にならずに朽ちていく、ぐらい?」


 それを横目で見ながら自分の知っていることを一つ一つ、思い出しながらゆっくりと話していく。その説明を指折り数えながらフランセスは随分と面白そうに折るレオの顔を眺めていた。


「ふぅん?その様子だと、ガイのヤツからはそんなに詳しいことは教えられてないのかい?」


 楽しそうに、試すようにフランセスは実に悪戯な笑みを浮かべながらオルレオを挑発するように声に出した。


「はい、とにかく師からは『見たことがない生き物は基本的に魔獣と思え、魔獣と思った相手からはとにかく逃げろ』ってことしか教えてもらえませんでした」


「ほう……なるほどねぇ……」


 フランセスの口元がより愉快そうに歪んでいく。


「……それじゃ、とにかく基本的なことを話していこうか」


 フランセスが紅茶に手をつけ、ほんのすこし唇を湿らせるようにカップに口づけてゆっくりと姿勢を伸ばした。


 釣られるように、オルレオの背筋にもピンっと緊張が走る。


「まず、おまえが言っていたことに間違いはない。魔獣というのは魔力から変じた別種の生命体だ。特に、戦場跡や特殊な条件が重なって魔力の濃いところで生まれることが多いとされているが……普通にその辺の森でも下手したら街中でも生まれることのある厄介な生き物だ」


 フランセスが黒板に線を引き、片方に魔力の濃いところ、もう片方をフツーのところと書き加えて説明を続ける。


「まずは、普通のところで生まれる魔獣について説明していこうか。ここで生まれる魔獣は弱っちいやつが多い。生まれたばかりのやつなら子供でも倒せる」


 黒板に弱い、という文字が書かれてそこから矢印が引っ張られる。


「だが、それより弱い存在なんて自然界には山ほどいる……それこそ小さな虫みたいなやつを食い散らし、獣と戦い、勝ち負けを繰り返しながらじょじょに強くなる」


 そこに捕食、戦闘、強化のループが描かれて途切れることない螺旋らせんが描かれる。


「そうして魔獣たちはどうしてか、自然界にいる生物に似た姿形をとることになる。ここくらいになると訓練を受けていない大人だと勝てるかどうか微妙なくらいの強さになる」


 そこで、一旦螺旋が途切れて四足の魔物の絵と大人の絵がイコールで結ばれる。


「ここくらいになると魔獣たちは人間の村落に降りてきて畑を荒らしたりするようにもなる。人間はこれに対抗するために罠を張ったり、徒党を組んで戦ったりするわけだ」


 次に“人間との闘い”と書かれる。


「すると、魔獣たちは戦い方を覚えるわけだ。連携の仕方、武器・道具の扱い、そして罠の張り方……生き残った魔獣たちは次第に普通の大人が対処できない存在になり上がってしまう」


 するとその下に角が生えた二足歩行の小鬼が描かれ、さらに3匹の四足獣の絵が付加えられた。大きかったり、角が生えていたり、炎を吐いたりとしていてその横には他にも、と付け足されている。


「こうして人間たちとの戦いを覚えた魔獣たちは人間の姿を真似た鬼型に変質したり、もとの獣の姿を保ちながら、より巨大になったり、新しい武器を手に入れたり、それまでの武器を強化したり、魔法みたいな力を使うようになったりする」


「だから、『魔獣と出会ったら逃げろ』って言われるわけですね」


 ふむふむと頷くオルレオ。


「じゃあオルレオ。聞くが、おまえは魔獣と普通の生き物の違いってなにかわかってるか?」


 はた、と言われてオルレオは首をひねった。魔獣と生き物違いはなにか、と言われてもわかりやすい目印などは聞いたことがない。かろうじて有名どころの魔獣について師から教わっただけで、昨日戦ったブレスクスについても、イオネに聞いてようやくわかったくらいだ。


「……わかりません」


 たっぷりと時間をかけて、消え入りそうな声で絞り出したのは降参の白旗だった。


 それを聞いて、うん、と満足げにフランセスは頷いた


「ま、普通はそうだ。より高位にランクアップした魔獣には一目でわかるところに、魔石が露出するようになるが…… 鬼型だったりとか、魔法を使ってきたりとか、やけに身体の一部が変わってなけりゃ気づかんことも多い…… それが魔獣のいやらしさってもんさ」


 フランセスは心底うっとうしそうな顔をして言い切った。


「だが、魔獣の形態ってのは生まれ育ったところが一緒なら似通るものだ。それを利用してギルドは周辺で現れやすい魔獣の特徴について大々的に広報して広く市民に知らせるわけさ。『この辺で出る魔獣はこういうやつらだぞ』、ってね」


「あ~、なるほど……」


 オルレオが心底納得したように声を漏らした。


「ここからが本題だ。オルレオ。おまえ、昨日戦ったブレスクスについて知っていたか?」


 ふるふると、オルレオは素直に首を横に振った。


「素直でよろしい。あれはこの辺じゃあ見かけない魔獣でね。知っているのは鉱山に縁がある業種のやつらくらいなもんさ」


「そんなやつがなんでこんなところに……?」


 オルレオが不思議そうに言えば、フランセスがにこやかに笑った。


「それが厄介なところってやつさ、オルレオ。前戦った魔獣の群れにもブレスクスみたいなワニ型の魔獣はいなかった。なら、おまえが戦ったあいつはどこからやってきたんだろうな?」


 その質問に、オルレオは、はっ、と顔を上げた。


「また、別のところから魔獣がやって来ているってことですか!?」


「そうさ、実に厄介だろう?」


 言ったフランセスの顔は言葉とは裏腹に随分と楽しそうな顔をしていた。

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