第55話 タティウス坑道1

 三人が我に返って断崖まで歩き出したのは程なくだった。見惚れていたのはわずかな時間ではあったがオルレオは『世の中には見たことがないもので溢れている』ことを文字通りに目の当たりにした。


 胸の内に灯った小さな冒険心を自覚しながらワクワクとした気持ちで歩くオルレオ。その足取りは軽く、羽でも生えてしまったかのようで視線も上の空で警戒を怠っているのが丸わかりだ。


「あー、もうっ、急に子供っぽくなるんだから……」


「あはは、でもいいじゃない?あんな風に楽しそうにしているんならさ」


 困ったように慈しむようにエリーがほほ笑めば、その横ではイオネが嬉しそうに見守るように笑った。


 その和やかな雰囲気を察してか後ろを振り返ろうとオルレオが右足を半歩引いたところでかすかな物音が聞こえてきた。


 にわかにオルレオは身に纏う雰囲気を造り変えるように息を整え、背に負った凧盾カイトシールドを手にした。その動きを目にしたイオネはすぐさま鎚を構えてエリーをカバーするように後ろに回る。エリーは手元に杖を引き寄せ、そして片手を腰のポシェットへと伸ばしていた。


 何が起きてもいいように、と三人が万全の体勢を整えるも音は止むことなく次第に大きさを増しながら徐々に徐々に近づいてくる。それは目の前の街道をゆく足音ではなかった。がさがさと不安と不穏を掻き立てる木々を行く音だ。


 何がでるか、と固唾をのんで腰を腰を落としたオルレオは、近くに来ていることを肌で感じていた。じりじりとした焦りが生まれるも視線を固定せず、どこから敵に襲われてもいいように気を張り詰めていたところで、視界の右上方、木々の上から小さな影が飛び出してきた。


「わっとっと、攻撃はよしてくれよ?この先のことで話があって姿を見せたんだ」


 姿をあらわにしたのは、オルレオの腰ほどまでの背丈しかない男だ。金の髪はくせっ毛なのかくるくると頭の上で舞い踊り、しっかりとした見慣れない布で出来た服を着こんで背には短弓、腰には大ぶりな(身長にしては)ダガーを差していた。


「……子供?」


「なんだい?キミ、オイラみたいな小人アルスクを見たことがないのか?」


 オルレオの疑問に、目の前のアルスクも疑問を返してきた。


「えっと、初めてです、はい」


「それなら気をつけると良い、オイラは気にしないけど同胞の中には子供といわれることをひどく気にする奴もいる。いいかい?」


 えらく大人びた態度でアルスクの青年はオルレオに注意すると、オルレオは素直に大きく頷いた。それに気分を大きくしたように青年は右手を差し出した。


「オイラは冒険者で主にフリーの斥候をやってるフレッドってんだ、キミは?」


「同じく、冒険者のオルレオ・フリードマンです」


 差し出された手を少し屈みながら受け取って握手をする。力強くはなく、大きな手でもない。それでも差し出された手の温かさに包まれているような、ふっとした安心感のある手だった。


「……とと、そうだそうだ、キミたちもタティウス坑道に行く途中かい?」


「ええ、……何かありましたか?」


「そう、タティウス坑道に魔獣が放ったと思われるゴーレムが来ててね。今は現地の冒険者や各ギルドの連中が対処してるんだが、念のために増援を呼びに行くところだったのさ」


 言いながら、フレッドが軽く屈伸や伸脚をし始めた。


「その途中でキミたちを見つけたから一応教えておこうと思ってね。知らないまま向こうに着いたんじゃ遅いからさ」


 最後に軽く飛び跳ねてから、フレッドはにこやかに笑いながら手を振った。


「そいじゃあ、オイラはもう行くよ!次はもっとフランクに話しかけてくれ!」


 じゃ、と去り際に一言を残してフレッドは小柄な体格に見合わないほどのスピードで走り始めた。一気に木々を駆け上がるようにして登りきり、樹上を跳び渡りながら村の方へとその姿をより小さくしていく。


「すっごい、もう見えなくなっちゃった!」


 その姿を目で追いながら、イオネが驚いたような声を挙げる。


「な、ホビットそのものがあんなに素早いのか、それともあの人がすごいのか、どっちだろう?」


 オルレオも興味津々といった様子で村の方を見つめていた。


「そっちが気になるのは分かるけど、今はそれ以上に気にしないといけないこと、あるでしょ?」


 そんな二人を見ながら落ち着いた様子で声を掛けたのはエリーだ。その一言でオルレオとイオネも、はっとしたように視線をエリーに向けた。


「とりあえず、ゴーレムってどんなの?」


 オルレオの率直な質問にエリーが少しだけ考えるようにしてから。


「ゴーレムってのは魔術師が土くれから造り出す魔力で動く人形のことよ。魔獣にも魔術を使うやつがいるからそういうのが造り上げたんだと思う」


 それを聞いてオルレオは納得したように頷くとさらに気になることが生まれたのか質問を重ねた。


「魔術師がゴーレムを造る理由って?」


「人による、としか言えないわね。戦争なんかで尖兵として造られることもあれば、倉庫番とか荷物運びに造る人もいるし……」


 ふむ、とそこまでを聞いて考えるようにオルレオは唸った。


「じゃあ、なんでそんなゴーレムがココに来たんだろう?」


「強くなるためでしょ?」


 オルレオの疑問に答えたのは、イオネだった。


「魔獣がゴーレムを造るってのは結構よくあることで、そんでゴーレムってのは造り上げた時は土くれから出来てるんだけど、鉱石とか金属を取り込むことでどんどん強くなるの」


「なるほど」


 そこまでを聞いてオルレオが納得したように声を挙げた。


「つまるところは、ゴーレムは強くなるための餌を求めてここまで来たってことか……」


 さっきまでの話を聞いてオルレオは自分なりの結論を出してひとまずの納得を得た。


「なんていうか迷惑な話よね、私たちからすると」


「ほんっと、どうせなら未発見の鉱脈でも見つけてそっちに群がっててくれたら良かったのに……そうしたら新規開拓できたのに」


 エリーとイオネが肩を落としてガッカリとした表情で息を吐く。


「で、どうする?引き返すか?」


 オルレオがそう聞くも、二人はふるふると首を横に振った。


「ゴーレムを倒したら鉱石なんかが手に入ることもあるし、ちょっとしたボーナスだと思っていいんじゃない?」


 イオネが手にした鎚を楽し気に振り回す。


「そうね、せっかく坑道に潜るための準備をしてきたんだし、ここで引き下がるのはまだ早いわよね?」


 エリーもにっこりと笑ってイオネに同意した。


「わかった」


 オルレオもそれだけを言って前に出た。


 三人はもう一度歩き始めた。しかしその足取りに浮ついた様子はなく、しっかりと地面を踏みしめながら進み続けていた。


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