第50話 大盾の行方

「……ちょっと、これは……」


 ぎこちない笑みを浮かべ、ほほを何度も引きつらせながら小さくイオネが呟く。


「想定外……だぁな、お前さんを甘くみとったわ……」


 傍らには呆然とした表情のカイン。


 二人が目にしているのはオルレオがバッグから取り出した翼竜の素材一式だ。概ね二頭分の骨と外殻、少し目減りした鱗と、翼膜が半頭分。およそ駆け出し冒険者が手に入れたとは信じられないほどの量だ。


「てぇか、お前さん、四等に昇格してんのか!!」


 今更?と問うべきなのか、それとも自分から言い出さなかったのが悪かったのか。ともかくオルレオは自分の首元の徽章を指でつまんで持ち上げながら言った。


「ちょっと前に、特別ミッションで翼竜を退治してきて……それで昇進したんです」


「ほっ!!ソイツァ目出度い!!」


 ポンっと両手を軽く叩きながらカインが笑って言った。


「それでこんなに翼竜の素材が……」


 一方のイオネは毎朝の様に顔を合わせているのでオルレオの昇進自体は知っていたのだが、経緯いきさつについては知らなかったようで感心したように素材を見つめていた。


「でぇ、だ。今回の用事はこの素材の売却で良いのか?」


「いえ、出来れば大盾もどうにかしたくて……」


 そういって、オルレオは自分の横に置いておいた大盾を二人に見せた。それを見た二人はそれぞれ違った反応を示した。


「お前さんでもここまで使いつぶすか……」


 神妙な表情でジッと盾の傷を確かめるように見つめるカイン。


「えぇ……」


 対するイオネは驚いて声も出ないのか目を驚愕の表情で固まっていた。


「ちょっといい?」


 が、すぐに再起動したイオネは大盾を受け取ると表から裏から角度を変え、手さわりや叩いた時の音を確かめたりと職人としての顔を見せ、真剣に大盾と向き合っていた。


「……その大盾の材質と工法は?」


 カインが邪魔をしないようにか、そっと小さな声で問いを発する。


「鋼鉄、それも強度をあげるためにか幾つか他の金属も混ぜ合わせてる。工法は薄い板を鋳造してから数枚を熱して組み合わせてる……?」


 それを聞き逃さず、さりとて手も止めずにイオネが答える。


「そいじゃあ、なんでそんな造りになってんだと思う?」


「多分だけど、これって弓矢とか槍の刺突とかを想定して造られてるんだと思う。硬さの違う板が集まってることによって貫通するときに力がうまく伝わらないようになってる……?」


 最後のほうになると声を小さく自信を無くしたように、語尾で逆に問い返すような形でイオネが言うも、カインはそれに応えなかった。


「んじゃ、ソイツはどうしてそこまで壊れた?」


「質量の大きな物体との衝突、それから引っ掻きかな?縁が曲がったところから切り裂かれたって感じ?」


 おお、と内心でオルレオが感嘆の声を挙げた。イオネの予想が確かに翼竜を相手にした時の様子を言い当てているからだ 


「……ん、それじゃあ最後に、今のオマエでソイツを超えるモンが造れるか?」


 その言葉に、ようやくイオネが手を止めた。オルレオの方をチラッとだけ窺うように見る。


 そして、意を決したようにカインを真正面に見据えて言い切った。


「……悔しいけど……今の私だけじゃ、無理……」


 その答えを聞いて、カインは満足したように大きく頷きを一つ。


「よう言った!!それでこそ、だ!!」


 嬉しそうに言ったカインはそのままの笑顔でオルレオに向き直ると、またも深く頭を下げた。


「つーわけで、だ。コチラから頼んどいて何なんだが、お前さんの大盾についてはオレが責任もって造らせてもらう。でぇ、だ。補助をイオネにさせてやりてぇんだが、いいか?」


 職人気質の男が何度も頭を下げる場面にまさか自分が出くわすとは思っていなかったオルレオは目を白黒させながら首を縦に振った。


「おお!!そうか、そうか!!了承してくれるか!!」


 オルレオが自分の両手を握りしめてぶんぶんと振りまわすカインに呆気を取られているとその横で輝くような笑顔のイオネの姿が映った。


「お……親方の補助を任せてもらえるなんて……」


 小さくもれた呟きからは嬉しさと戸惑いがにじみ出ていた。


 その言葉に、カインがスパッとオルレオの手を放す。


 その途端。


「馬鹿野郎!!今回はオレがメインで造るが次からはテメエがメインでオレが補助に回るんだかんな!!今回でしっかりと一連の行程を頭に叩き込んどけ!!」


「はい!!」


 怒鳴られているというのにもどこか楽しそうにイオネが返事をする。


「あ、オルレオ。お前さんに相談があるんだが、いいか?」


 急に真剣な顔でカインがオルレオへと振り向くと、目が合った瞬間に弓なりに口の端を上げた。


「今回は大盾の修理じゃなくて、新造って形でいいか?ここまでだともう修理のしようが無くってな」


「……やっぱりもうダメですか」


 ボロボロになった大盾を見ながらオルレオは小さく言葉を漏らした。師匠からの贈り物である大盾を使い潰してしまった自分が悪いのは分かっているけれども、自分がその性能を引き出すこともできずに壊してしまったという思いもある。


 このまま捨ててしまうのも心苦しい思いがオルレオにはあった。


「……なんなら、その盾も溶かして新しい盾に使っちまうか?」


 オルレオの内心を見透かしたようにカインが提案する。


 瞬間、オルレオの顔に光が差したかのように明るさが戻った。


「いいんですか!?」


 その様子に若干引いたようにカインがのけぞりながら。


「お……おう、翼竜の素材も使わしてもらえりゃ、より良いモンが出来ると思うぜ!?」


「是非!!それでお願いします!!」


 勢いよく了承したオルレオに、カインは笑みを浮かべて頷く。と、イオネが何かに気が付いたようにオルレオに問いかけた。


「あ、でも、新しい盾が出来るまでの間ってオルレオ君はどうするの?予備の盾とかあるの?」


「ああ、まだ円盾ラウンドシールド凧盾カイトシールドもあるし、バックラーも持ってるから」


 大丈夫だよ、と心配している様子のイオネをなだめるようにオルレオが言う。


「あ、そういえばオルレオ君、私が造ったバックラー使ってくれてるんだよね」


「ええ!?そうなの!?」


 オルレオの驚き様にイオネも驚きと恥ずかしさが混じったような態度で。


「実を言うと……結構前から気づいてたんだけど、なかなか言い出せなくって……」


「そうだったんだ……」


 そこまでを聞いて、オルレオの頭にある考えが浮かんだ。


「……ならさ、ちょっとお願いがあるんだけど……」

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