第49話 弟子のイオネ
「まっさか、イオネとおまえさんが知り合いだったなんてな……」
「えへへ、掛け持ちで働いている宿屋でオルレオ君が泊ってまして……」
「何で掛け持ちなんかしてるの?」
オルレオが心底不思議そうな顔でイオネを見つめると、そっとイオネは視線を外した。そして何も言わずにだんまりを決め込む
代わりに、大きくため息を吐いたのがカインだ。
「ソイツは普通に工房で働いてて賃金も払ってんだが……いかんせん、試作と称して失敗作を造り続けやがって金欠なんだと」
声に呆れを含ませて言ったカインに向かって怒りとも落胆ともとれるような表情でイオネが睨みつける。
「しょうがないじゃないですか!!……親方が何時まで経っても私を一人前として扱ってくれないから……」
最初こそ語気を荒げて半ば叫ぶようにして言い放ったイオネであったがすぐにその声は小さくしぼんでいった。
その理由は、同じく弟子として師の教えを受けていたオルレオにはよくわかる気持ちだった。
早く認めてもらいたい焦りと育ててくれている恩義がせめぎあい、何とかしなければと空回りしては壁にぶち当たり、そして、やってはいけないことだとわかっているのに師に口答えをしてしまう。
オルレオも一度だけ同じようなことをした覚えがあった。
だからこそ、オルレオはこの場において何も言うことなく空気に徹しようと気配を消した。師弟間の関係はよそ者が自分勝手に口を挟んでいいものじゃないとよくわかっているからだ。
「だから、こうしてオルレオに来てもらったんじゃねーか」
再度のため息の後、カインがオルレオを指さして平然とのたまった。
「え!?」
「はい?」
調度品になりきろうかと息を潜めていたオルレオは突如のことに反応が遅れてしまったが、横に座っていたイオネは今にも飛び掛からんというぐらいの気迫で立ち上がってカインの顔を見つめていた。
三度ため息を吐いたカインがイオネに席に座るように促す。
「いえ、このままでいいですから!!とにかく!!話の続きを!!!」
四度目のため息のあとで、カインはオルレオに深々と頭を下げた。なぜか恰幅の良いドワーフの身体が小さくなったように見える。
「すまんな、オルレオ……お前さんに紹介したかったオレの弟子ってのはイオネのことなんだわ……」
はあ、と気のない返事をするオルレオの顔をものすごい顔でイオネが見つめてくる。
「コイツはまあ、あんだ。とにかく腕は若手の中じゃあ良いほうだと思う、がどうにも感覚派ってやつで周りと同じようには育て切らん、というか育たんヤツでな……」
チラッと横を見たオルレオの視線に映るのは、信じられないものを見た、とばかりに驚愕に目を見開いているイオネだ。よっぽど普段褒められたことがなかったらしい。
「コイツにはしっかりとした鍛造の技術を仕込んでたんだが、周りの新人に鋳造で剣を打たせてソレを若手冒険者に売らせてたらソレに嫉妬でもしたのか自分で材料買い込んできて自己流で剣を鋳造したりと勝手やって、金失くしてほいで生活費稼ぐために他所でも働き始めるってぇアホだが、まあ腕は保証する」
カインの言葉が途切れた隙にオルレオは一瞬だけ、イオネの様子を見たが思いっきり縮こまっていた。
「前にも言ったとおり、オレはコイツを鍛冶師として高みにまで引き上げたい!!そのためにお前さんのような将来有望な若手に専属として防具を造らせてやってほしい!!頼む!!!」
がばり、と立ち上がるなり大きく腰を折って告げるその声に、オルレオは咄嗟に反応が遅れた。
大の男が、それも一つの工房を任せられるほどの漢が頭を深く下げてまで頼み込んだその光景にオルレオは信じられないと、夢でも見ているんじゃないかと呆けながらも、胸が燃えるように熱くなるのを感じていた。
「あ、あの、わた、私からもお願いします!!」
隣に立っていたイオネもあたふたと慌てながら立ち上がって深々と頭を下げた。
それを見てハッとしたオルレオも急いで立ち上がって二人と同様に頭を下げた。
「お、俺の方こそ、よろしくお願いします!!」
三者三様に頭を下げた奇妙な光景。
そのとき。
「……すいません遅くなりましたが、お茶が……入り……ました…………」
ガチャリとノックをするのを忘れていたのか応接間の扉がスッと開いて、そして静かに閉められた。お茶は、そのまま引っ込められてしまった。
ぷっ、と誰かがこらえきれずに噴き出し、続いてかすかな笑い声が生まれた。そこからは堰を切ったように笑いが生まれて三人は顔を見合わせて大笑いした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます