第48話 鍛冶工房《スミス》

 闘技場で修業を行った翌日、未だにあちこちで痣が痛む身体を引きずって、北門で家に帰る師を見送った後、オルレオは“妖精の釜”にやって来ていた。


 ガイの見送りはただのついでで、本命は翼竜素材の売却。早く売ってしまわないと空間拡張バッグの魔力が尽きてしまうからだ。


 バッグの中は空間が拡張されるのに合わせて中身を保存するために時間がゆっくり流れるようにできている。が、その分だけ魔石を消費するようになってしまう。


 手持ちの魔石の数も残り少なくなってきたため、急いで錬金工房アトリエにやってきたところ、ちょうど店番をしていたアンリに買い取りをお願いした。


「翼竜の内臓と、後は目玉と脳みそは錬金術の素材として買い取らしてもらうけど……鱗と骨、外殻と翼膜なんかは鍛冶工房で引き取ってもらった方がいいんじゃないかい?」


「内臓はともかく、目玉と脳みそも素材になるんですね……」


 翼竜の頭殻を両手で持って色んな方向から眺めているアンリを前に、オルレオは意外といった感じで声を出した。


「大腸は畑の肥料に、心臓をはじめとした他の内臓は乾燥させて薬の原料に、目と脳みそは道具の原料に、てところだね。本当は骨や鱗なんかでも道具は出来るんだけど……これだけ数があるなら防具の材料にでもしたほうがいいだろう?」


 そういって、カウンターに目を落としたアンリの目には二頭分の鱗だ骨だなんだが所狭しと並べられていた。


「そういえば、盾もボコボコになっちゃいましたし……いい機会だから素材を売るついでに新しく造ってもらってきます」


「おや?もう贔屓の鍛冶工房スミスがあるのかい?」


 驚いた、とでも言うように目を丸くするアンリに、オルレオは軽く頷いた。


「ええ、まだ行ったことはないんですけど……知っているところが一つ」


「……それって本当に大丈夫なとこ?」


 アンリが気持ち疑念多めにといかけたところで、オルレオが笑う。


「まあ、鍛冶ギルドで直接親方さんに会って話してるんで」


「それなら、まあ」


 いいか?とまだ若干の不安を含ませながらアンリが言い切ると、そこで「あ」っと何かを思い出したようにもう一度口を開いた。


「悪いんだけどさ、翼膜も売ってもらっていいかい?」


「いいですけど……どうしてまた?」


 純粋な好奇心でオルレオが聞くと、アンリはニヤリと楽しそうに笑った。


「ま、すぐにわかるよ」


 キョトンとした顔で首を傾げたオルレオだったが、それ以上追及することはせずにそのまま素直に売却に同意することにした。はぐらかされておいたままでも特段問題ないし、聞いたところで答えてはくれないだろうと悟ったからだ。


 アンリは「聞き分けが良くて大変よろしい」と上機嫌に店の奥へと素材を持って入っていった。


 ほどなくして、戻ってきたアンリから代金を受け取ってオルレオは店の外に出た。手にした財布は今までで一番の重みになっている。


「まずは大盾を取りに戻らないと……」


 言って、オルレオは南へと足を向けた。


 大盾は翼竜との戦いで大きくへこみ、欠け、なんとか形は保っていたもののこれ以上の戦いには使えそうになかった。


「……よくもってくれたよな」


 あの戦いの途中で、もし盾が使い物にならなくなっていたら……


 ふっと、そんな想像をしたところで、頭の上から氷水をぶっかけられたみたいに、オルレオは全身が凍えるほどの悪寒を覚えた。


「感謝しないとなぁ」


 同時に、どれだけボロボロになろうとも自分を守ってくれた盾に対して言葉に出来ないほどのありがたさを感じていた。何せ自分の命があるのも、こうして財布が潤ったのも大盾のおかげだ。


「……あの大盾はどうしよう?」


 本来であれば、壊れた盾なんて捨てるか、鋳つぶして別のナニカにするしかないのだが、それでも今まで自分を守ってくれた盾だ。

 

 出来れば、何らかの形で手元に残しておきたい。


 悩みながら歩いているうちに、オルレオは“陽気な人魚亭”の自室にたどり着いた。ベッドの横には大盾が立てかけられている。


 その表面を慈しむように軽く撫でて、オルレオはそれを背に担いだ。


 そして、今まで冒険に行った時と同じようにその重さを感じながら、ゆっくりと鍛冶工房に向かって歩き始めた。


 地図を眺めながら北門の近くまで戻ってくると、手前で東に曲がり、少し歩いたところで高い煙突が備わった建物が見えてくる。


 周囲の建物から距離を取るようにして建てられているのが鍛冶工房スミスの特徴だ。高温の炉を使い、事故が起きれば大火事になる可能性もあることからもしもの時に火が飛び移らないように配慮されているらしい。


 中からは金属同士をぶつける甲高い音やドスドスという何かを踏みしめるような鈍い音、さらには火が煌々と燃え盛るような音までも聞こえてきた。


「ここであってるよな?」


 入口の上に書かれた“くろがねつい”と書かれた屋号と、地図に書かれた文字を見比べながらオルレオは自らに言い聞かせるようにつぶやいた。


 そのまま、ゆっくりと入口に入ろうとしたところで、後ろから声を掛けられた。


「あれ?オルレオ君だー!!」


 振り向いた先にいたのは大輪の花を輝かせたような笑みを浮かべた少女―“陽気な人魚亭”で手伝いをしていたイオネだった。

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