第45話 連動とバインドと巨人崩し

 一挙に距離を詰めてきたガイの身体が急激に沈み込んだ。オルレオはその姿勢にハッと感づいて慌てて盾をガイの右腕を抑え込むように叩きつけようとした。


 が、遅い。


 屈みこんだ姿勢から圧縮した力を一気に、一点に解き放つようにして剣が跳ね上がる。オルレオの盾が剣の根元にぶつかり、その勢いを殺そうとするが、まるで相手にならない。紙でも吹き飛ばすかのようにあっという間に腕ごとカチ上げられた。


 そのままがら空きになった左わき腹に一撃がめり込む。が、それでもガイの剣は止まることなく振り切られて、オルレオの身体は軽やかに宙に舞った。


 ガイの口元が弓なりに笑みを描く。


 剣の刃ではなく、腹の部分でぶっ叩いていたわけだが、それでも重たい金属の塊で殴られれば怪我もする。それをしっかりと理解してオルレオがしっかりと後ろに飛んで衝撃を殺していたのをガイは剣から伝わる感覚が途中から軽くなったことで見抜いていたのだ。


 そうして吹っ飛びながらも体勢を入れかえてしっかりと着地したオルレオはお返しとばかりにガイの懐まで飛び込んできた。


 右から逆袈裟の斬り上げを放つオルレオの剣をガイのヒーターシールドが受け止める。オルレオの持つ凧盾カイトシールドに似た、小型で盾の表面が丸みを帯びた盾がオルレオの剣を防ぐ、とそこからオルレオは剣を動かすことが出来なくなった。


 いや動かすことは出来るのだが、下手に動かしてしまえば斬られてしまう。剣の自由度とでも言えばいいのだろうか自分で動かしたいように動かせず、かといって無理に動かせば隙をさらしてしまう。そんな状況に封じ込められてしまった。


 さて、どうするか。オルレオが自分の剣に気を取られたその瞬間、ガイに動きが生まれた。横薙ぎの一撃が強かにオルレオの左太ももを強打したのだ。


 肘と手首。関節のスナップを利かせるようにして放たれた剣の腹での痛打は骨まで響くほどの衝撃で一瞬、足から崩れ落ちそうになる。


 それをなんとか持ち直そうとして、今度はガイの盾に押し切られて剣を弾かれるともろに隙を晒す形になり、オルレオの中心にシールドスマッシュが叩き込まれた。


 力を逃がすこともできずに仰向けに倒れたオルレオの首元に、ガイの剣先が付きつけられる。


「まだまだだな」


 ニカッとした晴れやかな笑みを浮かべるガイとは対照的にオルレオは不満を爆発させた不景気な顔をしていた。


「……この間までずっと手ぇ抜いてたんですね」


「今も思いっきり手加減してんに決まってるだろ?」


 肩をすくませ悪戯が成功した子供の様に笑ったガイは倒れたオルレオに手を差し出した。その手を取って立ち上がりながらもオルレオはどこか納得いかないような顔で土埃をはたき落としていた。


「ま、これで俺がお前に盾の持ち方を基礎から叩き込んだ理由がわかったろ?」


 うん?と不可思議そうな顔をしながらオルレオが首を傾げる。


「剣一本だけの時よりも盾を持った方が一気に難易度上がったろ?」


 こくん、とオルレオは素直に頷いた。


「盾の扱いが習熟していればいるほど隙は消える。そうすれば、剣だけの時に一撃入れられたのに、今は手も足も出なくなるって話だ」


「でも、俺だって盾だけじゃなくて剣を持ったのに……」


 面白くなそうな顔のままオルレオが呟く。


「そりゃ、剣を持ちました。盾も持ちました。じゃ、ダメに決まってんだろ。大事なのは連動だ、連動」


「連動?」


 オルレオが首を傾げると、ガイは一つ頷きながら説明を続ける。


「そ、お前はまだ、盾を使うときは盾に、剣を使うときは剣に意識を持っていかれてんだよ。剣も盾もどっちにも意識を割きながら使い続けて、互いを連動して戦いを組み立てていかなきゃいかん」


 一つ、息を吐いて間を開けた。


「お前に足りてないのはそこだ」


 静かに告げられたその言葉に思い当たることがあったのか、何とも言えない表情でオルレオは静かにガイを見た。


「……精進します」


 ぺこり、とオルレオが礼をするとガイは目礼で返した。


「それはそれとして、気づいたか?」


「最初の一撃と、盾での受け、ですか?」


 その答えに満足したようにガイが笑う。


「おう、昨日お前の話を聞きながら今日はコレを教えてやろうと思ってな」


 おお、とオルレオは目を輝かせた。


「まず、最初の一撃は下段から跳ね上げるようにして相手を切りつける技だ。やり方はわかってるだろうから説明はしない。主な使い道は……騎馬・騎竜の脚を切り飛ばしたり、トロールだとかの腰を切りつけたりと自分よりでかい相手の脚を崩すこと、だ」


 聞き逃すことの無いように真剣な表情でオルレオは話に聞き入っていた。


「技の名前は……人だとか流派によって違う。“巨人崩し”、“騎兵殺し”、“ワインド・アップ”だとかまあ色々と呼ばれる。それだけあちこちで使われていると言ってもいい」


「師匠は何て呼んでるんですか?」


「巨人相手なら“巨人崩し”、騎兵相手なら“騎兵殺し”とかその時戦った相手によって変える、か?技名なんてこうして説明するときでもなきゃ言葉にせんからな、特にこだわりはない」


 それもそうだ、とばかりにオルレオは「そんなもんですか」と言い、ガイもそれに答えて「そんなもんだ」と笑いあった。


「んで、盾の方は“バインド”と呼ばれる技術だ」


「こっちは名前からなんですね」


「ま、名前が一つしかない基本技だからな」


 その一言に、オルレオの目が急に狭まってジト目になり、冷たい声で問いただした。


「……基本的な技なのに今まで教えてもらってないんですけど」


「そりゃ、そこそこ立ち合いの経験がいる技だからな」


 言って、ガイは盾を構えた。目で何か合図を出すと、オルレオは応じるように自分の剣をその盾に添えた。


「こうして盾と剣が、もしくは剣と剣が競り合う状況になったところで相手の剣、もしくは相手の盾をコントロールして自分が有利な状況に持ち込む技、だ。そしてこの時に重要になるのが……」


 ガイは素早く盾を動かすと、オルレオの剣を完全に封じ込めた。


「主導権を先に取ることだ、一度主導権を握られると取り返すことは余程の実力差がなければできない。特に相手の一撃を受ける立場のときは、相手の方が勢いが強い。その分、受け方で工夫しなければ押し切られてしまう」


 スッとガイが力を抜くと、オルレオも剣を引いた。


「なるほど、それで今まで教えてもらえなかったんですね」


 なるほどな、といった感じで何度も頷くオルレオは、はて、と何かに気が付いたようにハッとした顔をするとすぐに渋い顔になっていった。


「そんな技を教えてくれることになったってことは……」


「おう、だいぶわかるようになってきたじゃないか、オルレオ」


 意地の悪い笑みをガイが浮かべるとまたしてもオルレオから距離を取り始めた。


「オレが今からお前に一撃を食らわせに行く。それをお前が盾で受けてバインドでコントロールしてオレを崩す。そこに、お前がさっきの下段技でオレに一撃をかます。これが今日の修行だ」


「出来れば、でしょ」


 呆れたように、諦めたようにオルレオが笑いながら構えをとる。


「違うな」


 合わせるように、ガイも構えた。


「出来るまでやるんだよ」

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