第38話 翼竜退治2

 歩き始めていくらかの時がたっても翼竜の影すらも見つけることが出来ないまま、オルレオはあてもなく平原を探索していた。が、何もしていなかったわけではない、道中で薬草を見つければ採取し、小川を見つければ石漁りをしていくらかの小さな鉱石をいくつか手に入れていた。


 寄り道なんかしていてもいいのだろうか、と少しだけ考えもしたオルレオだったが、気分転換がてら、短時間気を抜いてさらにお金も稼げるのだからやらないのももったいないだろうと自分で自分を納得させてから、道中採取できそうな場所を見つけるたびに立ち寄っていた。


 そのせいでもあるのかもしれないが、昼を過ぎ、徐々に日が傾き始めたころになっても結局翼竜と出会うことはなかった。

 これは、今日はもう帰った方がいいだろうか、などとオルレオが街の方角を確認し始めたところで遠くに、馬車が見えた。


 レガーノへと向かっているのだろう、とオルレオは自分が帰るところへと向かう馬車を見ながら運が良いと感じていた。ふらふらとあちらこちらに行ったり来たりしていたせいで今、自分がいる位置さえうまく掴めていなかったのだ。太陽の方角と地形から大体の方向を割り出してあとは修正しつつ街に戻ろうとしていたら無駄に時間がかかってしまう。


 だから、馬車の後を追おうと思い、踏み出したところで、ふとした違和感がオルレオを襲った。


 なんだ?見えている中で何かがおかしい。馬車だろうか。違う、馬車はゆっくりとした足取りで前に、前に、進んでいる。では地面か?それもちがう。地震の様に揺れてもいなければ地表におかしな様子もない。では周囲?平原の中では何かが隠れる場所もない。


 何か、なにか、ナニカ……そうしてオルレオはその自分でもよくわからない感覚にはじき出されるように走り出した。馬車までの距離はそんなに離れていない。このままの速度ならすぐにでも追いつけそうだ。そこまでを考えながら走るオルレオは刹那、何かに気が付いたようにバッと勢いよく空を見上げた。


 視界には夕焼けに焦がされた空と、その色を映した白と橙色が混じったような雲だけがあるように見えた。その空の下限近く、山稜と交わるほど近くに輝きを衰えさせた太陽がある。その太陽を数秒にわたって見つめて、ハッとしたオルレオは両脚に思いっきり力を込めて駆け出した。


 太陽を背にするように小さな影が浮かび、それが次第に大きくなりながらぼやけた輪郭を露わにしているのだ。ソレ《・・》がオルレオの描いていた、期待した形になるころには御者も気が付いたのだろう、馬車の速度が大きく上がり進行方向が大きく南に逸れた。


 それを見て、あっ、と小さな悲鳴をオルレオは挙げた。帰り道が分からなくなるじゃないか、と自分の都合を満載にした苦情を御者へと投げ込みつつも視線は影へと向け続けていく。


 その影が不意に大きさを変えた。どういうことだ、と様子を見ようとした途端、その意図に気づかされた。姿勢を入れ替えたのだ。それも急襲を仕掛けやすい体勢へと。


 急転直下、すさまじい勢いで馬車へと迫りくる影はついにはその姿をはっきりとさせた。翼竜ワイバーンだ。帰ろうとした矢先に現れてくれるだなんてツイてる!とオルレオは突如身に降りかかった幸運に感謝しながら、不運にも翼竜に襲われそうになっている馬車へと急いだ。


 しかし、オルレオの足では全速で逃げに入った馬車へと追いつくことは出来ず。翼竜の鋭い後ろ肢の爪が、馬車の荷台へと食い込んだ。馬車が大きく傾き、荷台の屋根が崩れてバラバラと砕けおち、いくつかの積み荷も地面へとばらまかれた。


 翼竜は一旦距離を取るように後方へと飛び退き、馬車も転倒するのを免れた。しかし、恐怖を起こした馬が暴れて制御できなくなってその場にとどまった。


 翼竜が一度、二度と羽ばたき、もう一度突撃を繰り出さんと姿勢を入れ替えて足を突き出し、急降下する。狙いは、恐慌状態に陥った馬。荷台を砕いた強靭な爪が勢いを伴って馬へと迫る。その直前で。


「おぉおぅらぁっ!!」


 気焔を吐きながらオルレオが盾を構えて突っ込んでいった。こちらの狙いは、攻撃のために不用心なまでに突き伸ばされた後肢だ。ガッシリと盾が翼竜を捉えたその瞬間、オルレオは足を踏ん張って腰、肩、腕、手首と力を伝えながら盾をカチ上げる。


「GOA!?」


 その一撃に、翼竜は大きく体勢をよろめかせ、その場に留まった。


 好機!!とオルレオは剣を引き抜いて、逆袈裟に斬り上げてもう一撃を加える。後肢の裏を狙ってさらに足を空に跳ね上げるような一撃に、翼竜の頭が地面に近づく。そこにダメ押しの一撃を翼竜の腹へと斬り下ろす。


 その一撃を縦に一回転するように受け流された。まさかの展開にオルレオは横薙ぎ一閃で追撃を試みる。が、刃が捉えたのは羽ばたきで生まれた突風だけで翼竜はオルレオから大きく距離を取っていた。


「クソ!!」


 悪態づきながらオルレオが一歩踏み出したところで、翼竜は翼を大きく動かしながら緩やかに上昇を始めて、そのまま、その場から立ち去ってしまった。


「~~~~クソ!!!」


 あとに残されたのは既に逃げ出していた馬車の残骸と、オルレオが叩き折った翼竜の爪、そして何枚かの割れた鱗の破片だけだった。


「ああもう!体制崩したときに氷霜珠つかっときゃ良かったか?」


 ぼやきながらちゃっかりと戦利品を回収したオルレオは大きく伸びをして気を落ち着かせる。


「しゃあない!明日だ!!明日ァ!!」


 やるぞー!!!というオルレオの雄たけびがもはや自分だけが取り残された平原に響いていた。

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