第36話 翼竜対策3
「ちょっと前に、
「うん、で、さっきも言った様に翼竜を落とすのに何かいい感じの罠とかない?」
“妖精の釜”の入口近くで何かいい商品はないだろうか、と探していたオルレオは店の奥から出てきたエリーに声を掛けられ、丁度いいとばかりに事情を説明して相談を持ち掛けていた。
「う~~~ん……ちょっと思いつかない、かも……」
が、エリーは唸りながら考えても妙案が浮かばずに大きく頭をひねっている。
「飛んでいる相手ならそれこそ大きなネットみたいなのを上からひっ被せたり、あとは低空で飛んできたところで翼に何かを絡めたり、即席の壁に突っ込ませたりと色々案はあるんだけど……」
「それじゃダメなの?」
オルレオの問いかけに、エリーは未だ頭を悩ませながら、自信なさげに頷いた。
「多分、だけど……今までの方法は鳥相手に使う罠だから……翼竜みたいに大きいうえに魔力も使って空を飛んでいるような相手だとうまくいくかは……半々くらいだと思う」
はあ、というため息と続いて唸り声が二つ、店内に共鳴した。エリーは何かないか、と店内の商品を見渡しながら解決策を思案していく。
一方でオルレオの方はというと、そんなエリーを見ながら何か糸口になるような事はないか、と実際に翼竜と戦った時のことや、この間の関所で聞いた話やロッソ夫妻のアドバイスを思い出していた。
「なら、翼竜が急降下して攻撃したところを地面に叩き落とすから、そこから行動を阻害するような事ってできる?」
「うん?それぐらいならトラバサミとか括り罠、変わり種で感電させたり、あとは麻痺毒とかそのへん色々種類はあるけど……」
「じゃあ、その中で事前に設置するんじゃなくて、すぐに投げつけたりぶつけたりして使えるようなのって、ある?」
「う~~~~~ん……ある、には、ある、けど……」
先ほどまでよりも長く、そして低く唸るエリーにオルレオは一体全体どうしたことだと首を傾げつつも何も言わずにただただ様子を見ていた。余計なことを言ってエリーの邪魔をしないように配慮した、というのが半分、もう半分はどうしたらいいかがわからなかっただけ。
「ま、とりあえずいくつか商品をみせるから、それでちょっと考えてみて」
よし、と考えをまとめたエリーはオルレオをその場に残して店内の陳列棚をするりとまわって商品を手にした後でカウンターにおいてはまた別の商品を取りに回った。それを幾つか繰り返すのを見ながら、オルレオもカウンターまで歩いて行った。
カウンターには針やら香炉やら見た目で何かが分からないようなものまでがならべられていく。
そうして店内を一回りしたエリーが戻ってきたところで、ようやく、それらについての説明が始まった。
「まずはこれ、麻痺毒、本来は矢じりに塗って使うものなんだけど、今回は剣に塗って使ってみるといいかも。ただ、相手の体がデカいから一撃で効くかは未知数」
「効かなかったら逃げられそうで困るんだけど……」
「まあ、そこで一応麻痺針での追撃と麻酔香を焚いて相手に吸わせることで少しでも動きを鈍らせて連撃を加えることで麻痺させる、とか?」
「それ、俺まで麻酔を吸っちゃわない?」
「そこは、こう、気合とアンチドーテで……ダメか」
小さな拳を握りながら身振り手振りを交えて力説するエリーであったが渋い顔をするオルレオをみてあっさりと引き下がる。
「じゃあ、次ね、次」
ついでエリーが取り出したのは、小さな手槍のようなものだった。
「これは
「おおお!!」
「ただ、電気が流れている間は敵の動きも止まるけど剣なんかで攻撃すると自分まで感電しちゃうから……」
「却下」
だよねー、と可愛く唇を尖らせながら次の道具を手に取る。どこからどうみても糸駒にしか見えないそれを戦闘でどう使うのだろうか、とオルレオは怪訝な顔を浮かべた。
「次は、これ。
「まさか、それって剣でも中々斬れないってオチじゃないよね?」
はっはぁ、とあいまいな笑みを浮かべながら、そっとエリーは手にしていた商品をカウンターの上に戻した。オルレオのジト目が突き刺さるが気にせず笑顔で対応しようと努力するエリーだったが、カウンターの上に残された商品は残り少なくなっていた。
「……後は、設置してから使うような商品しか……」
それに気づいて弱気な発言をしながらも表情は強気の営業スマイル!、を心がけようとしたエリーだったが少しずつその表情は曇っていった。対するオルレオは、と言うと顎に手をやりながら難しい顔のままでいた。
その目が捉えているのはカウンターの商品だ。おそらくは利点と欠点を天秤にかけながらどういう手を打つの真剣に悩んでいるのだろう。
そのことに気が付いた。エリーはぎゅう、と拳を握りしめた。
(悔しい)
エリーは、己の未熟さを恨んだ。別にサボっていたわけじゃない。今までずっと真面目に祖母と叔母の下で真剣に勉強に励んできた。
しかし、最近のハルパ熱のときも、そして今回のオルレオの相談も、ここぞ、というときに役に立てないことがどうにも悔しくて悲しくてたまらない気持ちになってしまう。
(だけど、やれることをやるしかない)
それでも、歯を食いしばってグッと前を向いた。視線の先では、まだオルレオが思案顔で首をかしげていた。
その仕草が、なんだかとっても可愛くて、面白くて。
「オルレオって、何か考え事をするときはいっつも首を傾げてるのね」
「え、そうか?自分じゃわからないけど……」
声を出したら、あとはまっすぐに。
「ね、何かヒントになるようなことってないの?」
「ヒント?」
「そ、なんでもいいから何か手掛かりになるような情報!例えば、翼竜の攻撃方法とか身体特徴とか誰かの討伐話とか……」
そこまで話したところで、あっ、と小さな思い付きがオルレオの口から零れた。
「参考になるかどうかはわからないけど……エルマさんは氷の魔法で翼竜の翼を凍らせたって」
「それよ!!」
ダッとエリーが店の中を駆けだした。「走るんじゃないよ!」と別の客を相手にしていたアンリが叱りつけるが、エリーはその声に適当に返事をしながらも足を緩めることはしなかった。「まったく、あとで説教だからね!」と優し気に微笑みながらもう一つ叱るが、その時にはエリーはもう、オルレオのところに戻ってきていた。
その手には握りこぶし大の石のようなものがいくつか握られている。
「これ!
オルレオがエリーから氷霜珠を受け取るとひんやりとした感触が手のひらを伝わった。
「それに、翼竜は竜種っていうよりトカゲなんかの爬虫類に近い生き物って聞いたことあるから寒さには弱いはず、これなら……」
「「いけるかもしれない!」」
エリーの視線にオルレオの目が重なった。
やる気と希望に満ちたそんな目だ。
「ところで、これっていくらくらいするの?」
が、途端にその目は現実的などこかおびえたような自信なさげな目に切り替わった。
「オルレオ?何か無駄使いでもしたの?」
つい、問い詰めるような言い方になってしまったがセーフだろう、とエリーは勝手に決めつけた。
「いや、これ、空間拡張バッグ買っちゃって……」
ふう、と息を吐いて、エリーはオルレオから予算を聞き出す。今度は叔母のアンリのもとまで行って説明をして了承を取ってからオルレオの目の前に商品を並べた。
「取り合えず、予備も含めて5つもあったらいいでしょう?」
「え、でも……」
赤字じゃないのか、と言おうとしたオルレオだったが、その言葉はエリーの一睨みで止められてしまった。
「本来なら二個がせいぜいってところだけど……これが終わったらまた護衛に付き合ってもらうわ、それでチャラよ」
ぷいっとそっぽを向いて赤らめた顔を隠そうとするエリーだったが、オルレオは真剣な表情で「わかった、約束する」なんてほざいていた。
(あ、あれは何もわかっちゃいないね)
と、はたで見ていたアンリは気が付いていたが面白そうなのでそのままニヤニヤしながら見守った。
「オルレオ、ちゃんと無事で帰って来なさいよね」
支払いを終えて店を出ようとするオルレオにエリーが声をかけた。
「うん、さっさと終わらせてまた今度どこか一緒に行こう!」
その誘いの言葉にエリーは一瞬、ドキッとしたが、「いや、これって護衛のことよね」とすぐさま気が付いて微妙な表情になる。
そのまま、オルレオの姿は店の外へと消えていった。
「ねえ、アンリ叔母さん」
「なんだい、エリー?」
「あたしさ、もっともっと錬金術を勉強したい」
アンリの笑みが深くなる。
「ああ、頑張りな」
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