第22話 追加報酬

 川原でオルレオの返り血を流し終わったあと、二人は帰り道での戦闘を避けるために細い獣道やうっそうと繁ったやぶを避けながらなるべく広い道を選びながら自分たちの街へ帰っていった。幸いなことに街に着くまでの間に魔獣にも野生生物にも合うことはなく、まっすぐに妖精の窯まで帰ることが出来た。


「ただいま~!」

 勢いよく扉を開けてエリーが店内に入っていく。半日以上を森で過ごして疲れてはいたが、それ以上に無事に家に着いたことで安心したのだろうか、やや興奮気味に奥へと進んでいく。


「お邪魔します」

 対してオルレオは静かに、いつもと変わらぬ様子で歩いていく。オルレオも2度の戦闘で疲れてはいたものの、それを表には出さないようにやせ我慢をしながらいつも通りを心がけていく。


「二人ともおかえりなさい」

 カウンターで待っていた女性が二人に優しく声をかけた。昨日、オルレオに直接指名依頼をした女性だ。


「ただいま、アンリ叔母さん」

 にこやかな笑顔でエリーがカウンターまで駆け寄った。


「怪我はない?」

「うん、オルレオがしっかりと守ってくれたから」

 エリーが振り返ってまっすぐにオルレオを見つめながら叔母に報告する。エリーとアンリ、二人の視線をまっすぐに受けたオルレオは照れ臭そうにほほを掻いた。


「それじゃあ、二人が集めてきたものを確認するから渡してちょうだい」

 エリーとオルレオがそれぞれが持っていた素材をカウンターへと並べていく。カウンターへと素材が並べられていくのを見つめながらアンリの顔は段々と引きつっていった。見れば、既にカウンターの上には素材が隙間もないほどに敷き詰められている。それなのに、エリーもオルレオも、まだザックやバックから素材を取り出そうとしているのだ。


「……あんたら、これはちょっと……ていうかかなり持ってきすぎだねぇ」

 額に手を当てながら、呆れたようにアンリが言う。エリーとオルレオの二人は苦笑いだ。実際、二人ともやりすぎたような気はしていたのだ。帰り道に戦闘を避けながら帰ってきたのも、思っていた以上に荷物が多くて戦うどころではなかったからだ。


「まあでも、ありがたいのは確かだ。何もウチで全部加工するこたないからね。いくらかはギルドに引き取ってもらって他所の工房アトリエにまわしてもらうよ」

 アンリが笑いながら言うと、エリーとオルレオの二人は嬉しそうに笑った。


「とりあえず、残りの素材はカバンにいれたまんまでいいからこっちに渡してちょうだい。私が持って帰ってきたものを確認しとくから……オルレオ君だっけ?ちょっと店の中でも見ながら待っててくれるかい?」


「あ、なら、私も叔母さんを手伝……」


「エリーはオルレオ君に商品の説明をしてあげなさい」

 作業を手伝おうと手を挙げたエリーに、ぴしゃりとアンリが言い放つ。

 アンリが素材を店の奥へと運び込んでいくを見送った後で、オルレオとエリーは顔を見合わせた。

 

「う~ん……商品の説明って言ってもなあ……オルレオは何か気になるような商品、ある?」

 いつのまにか、エリーはオルレオのことを「あなた」ではなく名前で呼ぶようになっていた。オルレオはそのことに気が付いていたがそれに触れることはしない。何だか気恥ずかしい気分を味わいながらも、オルレオはあたりに陳列された商品を眺めていく。


「……あ、あれ!!」

 その時、ある商品がオルレオの目に留まった。昼にエリーが使っていたモノだ。

「ああ、それは着火棒イグニット。火をつけるときに使う道具で使い方はお昼に見せたとおり。雨に濡れたり川に落としたりしても布で吹けばすぐ使えるようになる優れものよ」


 オルレオは、商品を手に取り、興味深く、色んな方向から眺めていく。

「へー。いや、昼に見てて思ったけど、すっごい便利だよね、これ。1個で何回くらい使えるの?」

 ふと、オルレオが気になって問いかけてみると、エリーは少し考えながら答えていく

「う~~~ん……毎日2~4回くらい使って1年くらい持つかな?だからえーと1年で435日だから……多分1300回くらいじゃないかな」


「そんなに!?」

 オルレオは驚いて少しだけ、大きな声を挙げてしまう。

 山で師匠と共に生活していた時は火を着けるのはオルレオの仕事だった。小さな頃、まともに火がつけれずとても苦労した。この歳になっても火をつけるには少しコツがいって、疲れている時には時間がかかり手間になる作業だった。

 これがあれば、と思って値段を見たオルレオだったが、すぐに買うとは言い切れなかった。


「ほしいけど、ちょっと勇気がいるな。」

 そう言いながらオルレオは300シェルケと書かれた値札を見た。オルレオの2月分の宿代だ。1か月間は宿と食事にお金をかけずに済むのだが、先だってバックラーの購入と大盾の修理でまとまったお金を支払ったし、日用品や消耗品も買い足していかなければいけないだろう。


 着火棒を見ながら悩み始めたオルレオに、エリーは少しだけ考え込んだ。すぐに、店の奥へと足を向けると。

「ちょっとだけ待っててくれる?」

 オルレオに声をかけて、パタパタと小走りで店の奥へと行ってしまった。


 一人残されたオルレオは着火棒を元あった場所に戻すと、他の商品へと視線を移していった。初めて見るものも多く、眺めているだけでなんだか楽しくなったオルレオはゆっくりと店内を歩いて見て回る。


 店に並べられているものは多種多様で色々なものがある。金属のインゴットや、木材、布、糸など何かの材料になるようなものから薬や砥石などの日常的に必要なもの、あとは冒険者用なのだろうか魔力を持ったアクセサリーに爆弾などなど…。値段も子供のお小遣いで買えそうなものから今のオルレオにはどう頑張っても買えそうにないものまで幅広い。


 半分ほどを見終えたころに、店の奥からエリーとアンリが出てきた。エリーはタッタっとまっすぐに着火棒のところまで行くとそのうちの一本を手にして、今度は小走りでオルレオのもとへと駆けてきた。


「はい、これ、今回の追加報酬」

 エリーはオルレオの手を取り、持ってきた着火棒をしっかりと握らせた。

「え、でも……」

 遠慮して返そうとしたオルレオの手を、エリーが両手でしっかりと包み込んでそれを阻止する。

「アンリ叔母さんが言っていたでしょう?『持ってきすぎだ』って。だから、これは、その分の報酬」

 しっかりとオルレオと目線を合わせながら、エリーは力強く言う。それに、アンリが頷きながら付け足す。

「そうそう、二人で取ってきてくれた素材で十分に元は取れてるから。気にしたりしないで大丈夫だよ」

 

「……わかりました。ありがたく、いただいていきます」

 二人がかりでまっすぐに見ながら説得されたオルレオは、深くお辞儀をしながら追加報酬を受け取ることにした。


「よろしい、もうそろそろ日も暮れるし気をつけて帰るんだよ」

 アンリの言葉通り、店の窓から差し込む日差しは既に下半分が城壁にさえぎられていた。

「わ、もうこんな時間なんだ」

 エリーがどこか残念そうに言う。

「今日は、本当にありがとうございました!また買い物に来ます!!」

 オルレオはもう一度深くお辞儀をしてから店の扉へと歩き出す。それをみて、エリーがチラッとアンリのほうを見た。それだけでアンリは何かを理解したように一つ頷いた。

「こっちも!また“陽気な人魚亭”に依頼、出すから!」

 去っていく背中に向かってエリーが声をかける。

「その時は、是非とも俺を指名してよ!絶対に成功させるから!!」

 ふり返ったオルレオは、大きく手を振りながら店の外へと出ていった。


 

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