第19話 石拾い

 ズボンの裾を捲り上げて、小川の流れへと踏み込むと思った以上に冷たく、二人して身震いをしてしまう。いち早く立ち直ったエリーはその身を屈めると手で川底の砂利をすくい上げる。それを水の中で軽く揺らして砂や泥を払いのけて、そっと水面から持ち上げる。手のひらに薄く広がった残りを左手に移し替えて右手で小さな結晶をいくつか摘まみ上げては小さな革袋の中へと入れていった。


「私は川底の小さなやつを拾っていくから、あなたはその辺で崩しやすい岩を見つけたら砕いてちょうだい。その中から結晶状になっているのとか、他とは色が違う部分を削りだして、集めてくれる?」


 そう言われ、小型のピックを手渡されたオルレオは、川の中から手頃な大きさの石を見つけてはそれを割っては小さく砕いていくのを繰り返した。お目当ての色違いの部分や結晶構造が見つかるのは5個の石を割って1個あればいいほうだ。


 見つけたモノに関しては、一旦河原に集めておいて、改めて川辺で石を探すのを繰り返していく。石探しに明け暮れていくうちに、だんだんと二人の影は小さくなっていく。太陽が真上に来た頃に、二人はそろって手を止めて川から上がった。


「私はあなたがあつめたモノを確認していくから、火を熾してもらってもいい?」


 わかった、と短く答えたオルレオは川辺に小さく釜土を作ってから焚き木を探すことにした。なるべくエリーから離れすぎないように、何かあってもすぐに戻れるようにと気を遣いながらよく乾燥した枝を選んで集めていく。


 釜土の中に大きな枝を組んでいき、その中や周囲に枯葉や小枝を散らす。さて、火を点けようか、としたところで、オルレオは肝心なことに気が付いた。今、この場に火打石も火種もないのを忘れていたのだ。


「火種?」


「うん、その辺で火打石になりそうなものを探してくるよ」


 横目でこちらを窺っていたエリーが一言だけ言うのを聞いて、オルレオはその場を離れていこうとした。


「ちょっと待った。火ならすぐにつけるわ」


 エリーが自分の鞄から小さな金属棒を取り出した。その金属の棒をナイフで少しだけ削る。粉を火の付きやすい枯葉や綿の上に落として、今度は金属棒とナイフをこすり合わせる。すると、一発で大きな火花が散って、あっという間に削った粉や枯れ葉に引火した。オルレオが今まで見たことないほどの速さで種火が出来上がる。


「すっご……」 


 その光景を見ていたオルレオからは小さく、確かな驚きの声がもれでてくる。それを聞いたエリーは実に嬉しそうだ。


「あとはよろしくね」

 

 そう言ってオルレオに火熾しの続きを頼むとエリーは器用にウィンクした。


「任された」


 種火を受けとったオルレオはその火種を少しずつ育てるように大きくしていった。釜土に組んだ焚き木に火がつく頃にはエリーの確認作業も終わったようで、二人は少し遅めのお昼を摂ることにした。


 昼食は、よくある干物を中心とした携行食とそして先ほど剥ぎ取ったばかりの狼肉だ。肉は木の枝を串代わりに刺して釜土近くで火を通していく。


 火でサッと炙った携行食をモソモソかじりながら、オルレオは気になっていたことをエリーに聞くことにした。


「さっきまで拾ってた鉱石なんだけど、あれってどういう風に使うの?」


 携行食を炙っては小さくちぎって食べていたエリーは口の中に残ったものをしっかりと噛んでから飲み込み、それから一息ついて答えた。


「基本的には、同じ種類に選別してから錬金術で合成して使える大きさにしていくの。他にもいくつかの種類で全く別の種類に変性させたり、もしくは複数の成分からできているものを単一のものに細分化したりかな?」


 へー、と感心した様にオルレオは頷いた。


「それってことは宝石みたいにしたりも出来るってこと?」


「そういうのは無理かな?術で錬成してしまうと自然鉱石みたいな結晶状にならなくて球状になっちゃうから。宝石みたいにカットして使うには向かないみたい。でも、魔術ギルドの人には良く売れるわよ?魔導具の素材になるらしいわ」


「なるほど」


 オルレオには分からないが、おそらくはアデレードのような魔術師が何らかの方法で使うのだろう、需要があるのならばいい小遣い稼ぎにはなるかもしれない。それでもオルレオは思うのだ。


「でも、こうやって鉱石を時間かけて拾うっていうのはなんかこう違うっていうか・・・」


 オルレオからすれば強くなりたくて冒険者になったのだ。いくら金のためとはいえ、こうして石を拾うだけというのはどうにも違和感を覚えてしまう。


「別に今回みたく、石拾いだけをガッシリとしなくてもいいのよ?遠征に行ったときの休憩時間とかにその辺の石を割ってみたら何かあるかもしれないし、洞窟の中に住み着いた魔物を退治した後なんかに岩肌を削ってみてもいいし、冒険の合間合間に探すのが基本だもの」


「それなら、何とかってところか。ちなみに狙い目なんかはあるの?」


「事前の情報収集次第ってところ?近くの街の人とかに行くところで鉱石が採れるのか聞いてみるといいわ。採れるところには鉱床があるからその近くの石に鉱石が混じってる可能性があるわ。ここみたいに」


「なるほど」


 そういって、オルレオは肉を刺した串を手に取った。かぶりついてみると臭みがキツく歯ごたえも強いが食えなくはないというところ。しっかりと火を通しているせいか若干のパサつきはあるが、生焼けだと寄生虫が怖いから仕方ない。


 食事を終えて、火の片づけを終えると、エリーは伸びを一つ。


「それじゃあ、今日最後のお仕事、獣や魔物素材の採取といきましょうか」


 期待しているからね、と女の子にとびっきりの笑顔で言われてしまっては、オルレオには頑張る以外の道はなかった。

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