第18話 薬草採取は危険と隣り合わせ

 一刻ほど西へと歩き続けた先、視線の先を埋め尽くすほど連なった山々の麓。林野の中に少年と少女はたどり着いていた。


「これがサザブシ、こっちがアキサンゴ、あとこれがスズチョウラン、それとヒドラハレン……」


 屈みこんだエリーが一つ一つ野草を手に取りながらその種類を説明していく。それを、オルレオはどうにかこうにか「頭を痛めながらも必死に覚えようと努力していた。


「最後にテンセンカ……って、どうしたの?」


 そのオルレオが不意に左手を背に回し、盾を構えて茂みの向こうを睨みつけた。何かが茂みの中に忍んでいるのを感じ取ったからだ。


 それだけで、エリーにも何が起きているのかわかった。立ち上がり、オルレオの後ろへと下がった。両手の指が白くなるほどにギュッと杖を握りしめる。


「多分、オオカミの群れだ。数はそう多くないと思う」


 慣れない薬草収集の傍らで警戒が疎かになっていただろうか、オルレオは眼前にまで迫った敵を予測しながら己を恥じていた。護衛任務だ、と分かっていたはずだ。それが、どうしたことだ。敵に接近されるまで気づかないとは。


 ガサガサと茂みが動き始める。敵が、オルレオ達を襲おうと動きを早めていく。恐怖を掻き立てるようにわざと辺りを騒めかせ、逃げ出そうとしたところを後ろからバクりといく。こうした追い込み方を知っているのは、人を襲うのに慣れている群れだ。


 そこまでを感じ取ったオルレオは、フッと、肩から力を抜いた。いつでも戦えるように心も、体も準備を整えたうえで、後ろに控えているエリーのほうへ視線を移した。その視線を受けて、エリーは頷いた。力強く、はっきりと、戦う意思を示すかのようだった。


 逃げる気はさらさらない。オルレオはそう宣言するようにずっしりと凧盾カイトシールドを構える。


 それが余程癪に障ったのだろう。身を隠していたオオカミ、その中の一匹が地を這うがごとくに飛び出してきた。


 オルレオは、その一撃、いやその一匹を当たり前のように盾で受け止め、思いっきりはじき返した。ギャンっと茂みの向こうまで飛んで行ったところで情けない泣き声が響く。その声を合図に、今度は三匹が一塊になって殺到する。


 一匹が中空を舞うように飛び掛かり、もう一匹が腕を狙うように跳ね、最後の一匹が足を狙うように噛みついてきた。


 ゆえに、オルレオは盾を前に少しだけ身を屈めた。それだけで、足と腕狙いの敵を阻むことができた。凧盾カイトシールドは、騎兵が正面の敵騎兵からの攻撃を防ぐだけでなく敵歩兵の攻撃から足下を守るためのものだ。その形状はこういった中型の四足歩行の獣と戦うときにも有効だ。


 そして、二匹を受け止めることが出来たなら、残るは一匹。今度は身を跳ね上げ、身体ごと盾にぶつかるように一歩前に踏み出す。それだけで、オオカミたちは纏めて吹っ飛んでいった。


 しかし、今度は茂みの向こうまでは行かなかった。目の届くところで三匹はしっかりと態勢を整えて着地をした。


 そこに、オルレオは駆けこんだ。右手は既に剣の柄へと伸びている。手近に居たオオカミを盾で下方へと殴りつけ、盾の縁で首の付け根を抑え込んで地面へと縫い付ける。そして、手早く引き抜いた剣でその頸部を叩き切った。


 もう一匹、とオルレオがさらに踏み込もうとしたところで、開けていたところに残っていた二匹はとっくのとうに逃げだしていた。


 茂みの向こうからガサガサとうるさく音が響いてくるが、その音は次第に遠く、小さくなって最後には聞こえなくなっていた。


 それでも、オルレオは盾と剣を構えていた。まだ完全には安心できない。人を襲うのに慣れた群れだと、一旦退いたように見せて警戒を解いたところで襲い掛かってくるものがいる。油断をすれば、死ぬ。


「……もしかして、また、来るかもしれないの?」


「もしかしたら、ね。警戒するにこしたことはないさ」


「……それなら、急いで必要な分を集めるから。場所を移動しましょう。今度はあいつらが隠れられない見晴らしの良いところに案内するわ」


 云うや否や、エリーはオルレオのそばまで来て、せっせと採取を始めた。手早く、丁寧に摘み取った草花をエリーは身体のあちこちに括り付けたポーチやバッグに収めていった。


 オルレオも警戒を切らさないように手早くオオカミの躯を捌いていった。皮を剥ぎ、内臓を茂みの向こうへと投げ込み。幾らか柔らかい肉を削いでいった。


 一連の作業を終えると二人は警戒しながらその場を離れた。茂みの近くを避け、なるべく開けたところを選んで、二人は遠回りをしながらも急ぎ足で移動していった。


 ついた先は、川のほとりだった。浅く緩やかな流れが軽やかな音を奏でていて、聞くだけでも汗ばんだ身体が冷えていくように感じる。


 そのあたりでも、特に見晴らしが良く、それでいて何かあった時に川の流れが緩やかで逃げ出しやすい場所を選んで、ようやく二人は腰を落ち着けた。


 途端に、二人して笑みがこぼれた。


「ふふ、あなたって本当に強かったんだ」


「なんだよそれ、俺が弱そうだっていいたいのか?」


 おどけて言うエリーに、オルレオは不満げな顔で文句を言う。


「だって、三日前に街に来たかと思えば、翌日には翼竜に襲われてズタボロで帰ってきて、それで昨日やっと冒険者としての準備を始めるような奴よ?強いって言われてもピンっとこないじゃない」


「・・・ったしかにそうかもしれないけどさぁ」


 言い方ってものがあると思うんだよなぁ、と拗ねたように言うオルレオにエリーは一層笑いを深めた。


「でも、それもさっきの見てひっくり返っちゃった」


 ジッと、エリーがオルレオを見つめる。


「さっきのあなた、強くてかっこよかった」


 わずかな上目遣いと熱のこもった声。オルレオは自分の心臓がひときわ大きな音を立てているのに気が付いた。それを誤魔化すかのようにオルレオは立ち上がった。


「こ、ここに来たのも何か探すものがあるからだろう。さっさと済ませてさっさと帰ろう」


 その言葉にエリーもすっと小さなお尻を持ち上げた。


「うん、じゃあ、まずはここで鉱石のかけらを拾いましょうか」

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