気が付いたら全身ゴムマスクだった。
ねずみ
第1話
気がついたら全身ゴムマスクだった。
しかも巨大ドリルに追いかけられている。
「なんっじゃあこりゃあ!!」
叫んでみたがどうにもならない。怒鳴るために酸素と呼吸を使ったせいでむしろ息が苦しくなった。ちくしょう。己の短慮が忌忌しいが、そうでもしなけりゃこんな理不尽受け止められない。
馬鹿なことをやっている間に近くまで迫っていたドリルが、ばしん!とすぐ脇の地面を叩いた。びしびしと何かが脚にぶつかる。振り返ると舗装されたアスファルトが今の一撃で砕け茶色い地面を覗かせていた。さっき当たったのはアスファルトの破片だったらしい。まじかよ。
十中八九夢だろうし(俺にはこんなものを着る趣味はない、着せる趣味を持つ知人もない)追い付かれても問題はないだろうが万が一にも現実だったら取返しがつかないし、そうでなくてもゴムの感触や息苦しさまでばっちり再現したこの解像度で腹を破られるのはさすがに嫌だ。それこそ死ぬほど痛いに決まってる。
半ば以上ヤケクソで状況判断を試みる。まずは全身を覆うゴムマスク。目鼻と口の部分がかろうじて開いているだけで残りは頭から足から残らず覆われている。チャックも継ぎ目も絞りもないのにどうやって着用させたのか。こいつのおかげで俺は助けも求めるどころか警察を呼べば10対0でこちらの負けが確定する無条件不審者と化している。嗅ぎなれたゴムの臭い、伸縮自在の薄黄色の生地は外気の温度さえわかる薄さなのに、全力で走り回っても(アスファルトがばんばんぶつかっても)穴ひとつ開く気配ない。薄手かつ丈夫、上質な天然ラテックスらしいゴムはさらさらした肌触りで、長時間の着用でも汗で蒸れないよう配慮されたパウダー付きなのがわかった。全力疾走を強いられている現在、確かにその気遣いはありがたいがもっと他に配慮するところがあっただろう。見た目とか。
くそデザインのゴムマスクに何一つ使える機能がないのを確認した後、今度こそ現実逃避を止めて追ってくるドリルに意識を向ける。悪趣味なピンク色は何に使うのかやたらと長く、繋がっているだろう重機も運転手もさっぱり見えない。 真っ直ぐこちらを指した先端はネジみたいにねじれ、塗りたくられたオイルで嫌な輝きを放っている。よく見ればねじれているのは先のほうだけで、全体はまるで……まるで?
あることに気づいて足を止める。ばしん!と叩きつけられたドリルを捕らえて先端を覗き込むと、予想した通り小さな割れ目があった。
「やっぱり……」
あまりの大きさに惑わされていたが、あれはもしかしてブタのペニスじゃないか?
もしそうなら、俺にも勝ち目がある。
ちんちんの先端を両手でがっちりをつかみ、らせん状の溝に腕を差し込む。刺激を与えられたちんちんは長い竿を振り回すが恐れる必要はない。ドリルのような先端さえしっかり掴んでおけばこちらが負けることはない。緩急をつけて握ってやるうちにちんちんがかっと熱くなり、つけねのほうからどくどくと脈打ってくる。そして。
「そら来た!」
初めの数滴はぽたぽたと、すぐに怒涛の勢いで生温い液体が噴き出した。ほんのり白っぽいその液体は消防車から放たれる水流のごとくあたりの建物を濡らし木々の葉を落としていく。独特な生臭さに顔をしかめながら、手の中のモノにやわやわと刺激を加えた。
ブタの射精は長い。5分以上も続くそれは薄い白濁を大量に注ぎ込む。
大量の精液を噴射し、反動で暴れまわるちんちんの猛攻に、ついに地面から足が離れた。精液でぬめる手のひらを叱咤し、長い竿に必死にしがみつく。刺激がなくなれば射精は止まる。イイところで快感を取り上げられたブタは手に負えないほど不機嫌になるのだ。体重400kgの雄豚でさえ機嫌を損ねてしまえば人間になす術はない。ましてやこんなちんちんの持ち主を街中で暴れさせるわけにはいかない。
プライドにかけても放すものか。なぜなら俺は、
「俺は、おちんちん博士だあ!!」
「先生、先生」
ノック音に目を覚ますと、依頼人の中脇さんが窓を叩いていた。軽く手を挙げて合図をし、運転席の窓を下げる。
「先生、ギアラくんが目を覚ましました!」
「わかりました、すぐに向かいます」
中脇さんは安心した笑顔を浮かべ、軽く頭を下げてから畜舎に戻っていった。
それを見送りながら、愛用の採精瓶を保冷装置にセットする。同じく愛用のゴムグローブ(肌ざわり滑らかな天然ラテックス。汗かきにも優しいパウダーつき)を取り出し、思い直してダッシュボードに戻した。
ギアラ(ランドレース種1歳。1か月前に種雄デビュー)はまだ若い。経験の少ないうちに採精の快楽を教え込まないと、仕事を嫌がるようになりかねない。
「やっぱり生が一番だよな」
誰にともなくつぶやいて、青臭さが残る指先で車のドアを閉めた。
気が付いたら全身ゴムマスクだった。 ねずみ @petegene
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