第16話詐欺師の才能

「前から思ってたんですけど、先輩と矢野先輩の関係性と言うか、距離感って独特ですよね。」

「なんて言うか、近くにいるのが当たり前であり、それでいてお互い一定の距離感を保っていると言うか。幼馴染ってそんなものなんですか?」



「うーん。そうかな?別に僕達はそれが普通だと思ってたけど。」



「だって高校生の男女が普通気軽にお互いの家に遊びに行ったり泊まったりしませんよ。その後遊びに行ったと言っていましたけど、それって世間一般で言うデートじゃないですか。」



「確かに言われてみればそうかも知れないな。小さい頃からの流れというか、お互いの関係性が変わるきっかけがないままここまできたからな。」



「先輩はそうかも知れせんが矢野先輩はそうでは無かった、と言うことになりますけどね。一定以上踏み込ませないようにしていたのは先輩の方だけなんじゃないですか?」



「…………。」




「先輩の過去に何があったかは知りませんが、人間関係で一線を越えるのを怖がっているように見えますね。踏み込み過ぎて、躓いて転んで、怪我をして。そんな風に傷つくくらいなら踏み込まなければいい。踏み込ませなければいい。」

そんなところですか?と、

弁当箱を片付けながら指摘する。



なかなか鋭い。当たらずとも遠からずと言ったところだ。

以前にも触れたようにたよりからの好意には気付いていた。

だから、二人の距離がこれ以上縮まらないようにと行動してきた節はある。

ただ、近づき過ぎないようにすると同時に離れ過ぎないようにと動いている自分もいる。

最低だよな。気持ちに応えるのは怖いのに、離れて行かれるのも嫌だ、なんて。

何様だよって感じだよな。



「先輩は、矢野先輩とずっと友達で居たいんですか?」



「………。分からない。」



「トラウマって言ってましたけど、どうせ好きだった子に裏切られたとか、それきっかけで周囲ともうまく行かなくなって全てが信じられなくなったみたいな話じゃないですか?」



「うっ……。」

図星だった。

ああ、そうだよ。そんなしょうもない理由でこんな捻くれた性格になって不自由に生きてますよ。

悪いかよ!

心の中で叫んでも声が出ない。



「先輩…」



自分でも分かっている。昔の話だし、たった一度うまくいかなかったからってそれで全てが信じられなくなるのは極端だと。

人は一人では生きていけない。お互い支え合って、助け合って、信じ合って……。

そんな風に、みんながそうしている様にしなくちゃいけないんだって分かっているんだ。

そんな事、言われなくたって分かっている。




「先輩。無理して人のことを信じなくても良いんですよ。」



「………えっ?」

今なんて言った?

どういう意味だ?



「相手を100パーセント信用なんてしなくて良いんです。それが友達だろうが、恋人だろうが、家族さえも。」

「相手が心の奥底で何を考えているのか、どう感じているのかなんて本人にしか分からないじゃないですか。それを全て信じる方がどうかしていると思いますよ。」

「それに、[信じていたのに]と勝手な理想を押し付けられて、[裏切られた]と被害者面されても、正直困りますね。」

「信じているんだから私の信じている通りの行動しかしないでよ。と相手に押し付けるんですか?とても迷惑な話だと思いますが。」

「それともどんな場面であろうと、どんなに長い時間を共に過ごそうと、自分は相手に1ミリの不満も与えていない、相手を不機嫌にさせるような行動は一度たりとも取っていないと言い切るんですか?」

「裏切ったそちらが全面的に悪いんだ、と。それは傲慢だと思いませんか?」



「なるほど……そういう発想はなかったな………。」



「喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないですか。逆に言えば、どんなに仲が良くたって喧嘩はするって事でしょう?」

「要はそこから元に戻れるかどうかだけの話ですよ。」

仲が良いから元に戻れるんじゃない、元に戻れるから仲が良いのだと。

そう語る。



「そうか。うん。そうだな。今の話を聞いたら、なんだか裏切られたといつまでもひねくれている自分がとても恥ずかしい奴に思えてくるな。」

そういう考え方もあるんだなと素直に感心してしまった。

今まで胸の奥のモヤモヤが少し腫れたような、気持ちが軽くなったような感覚だ。

この子の考え方はやはり妙に大人びている。



「全く、先輩はちっちゃい人間ですね。こうして話をしている間に見失いそうなくらいの小ささですね。」



「相変わらず口の悪いやつだな。」

「だけど、前から思っていたんだけど、なんでそんなに大人びた考え方を持ってるんだ?」



「まあ、私見た目はこんなですけど実は600歳の吸血鬼なので…。」



「いや、だからどこのハートアンダーブレードだよ。」



「私は何でも知っている。」



「物語ネタ多くね?!好きなの?!」



「好きと言うほどでは無いですね。まあ、全巻持ってますけれど。」

「あと、一番好きなキャラは火憐ちゃんです。」



「話のわかるやつだなあ!お前とは良い酒が飲めそうだ。」



「さて、今日させて頂いたお話で先輩の人間不信が少しでも解消されるか分かりませんが、そう言う考え方もあるって事です。」

「色んな角度から物事を見ないと、大切なことを見落としてしまいますよ?過去の事を引きずって、今先輩の事を好きだと言ってくれている人を、今度は先輩が裏切るんですか?」



「それは……。」



「裏切る方が全面的に悪いとは言わない、と言うだけの話で人を裏切っても良いと言う話ではありませんからね。分かっているとは思いますけど。」



「それは分かってるよ。」



「だったら先輩、後はもう分かりますね?自分が何をすべきか……。」



「なんだか月見里さんの手のひらでいいように踊らされている気がしないでもないけど、分かったよ。」



「いいじゃないですか。たまには人に踊らされるのも悪くないと思いますよ。操られることで逆に自分だけでは出来なかったことが出来るようになるかも知れませんしね。」



「月見里さんの言葉には妙に納得させられるんだよな。教師とかに向いてるかもしれないな。」



「そうですかね?それはさて置き、先輩。今後の人生上手くやりたいならこの壺を買うべきですよ?」



「おお、いくらだい?って、いやいや、詐欺師にはならないでくれよ!?普通に買いそうになっちゃうから!」



「詐欺師も教師も似たようなもんじゃないですか。お金を貰って世の中の厳しさを教えてあげるんですから。」



「この子は僕より捻くれている。いや、僕とは比べ物にならないくらい……。」



「あはは。人を言いくるめるのが好きなだけですよ。そろそろ昼休憩も終わりますので教室に戻りますね。」

「それと……。一つ忠告ですけど、善は急げではないですけど…矢野先輩の気が変わらない内に早く決着をつけないと後悔することになるかもしれませんよ?」

「世の中、何が起こるか分かりませんので……。」



「ん?ああ。分かったよ。自分の気持ちの整理が出来たらちゃんと返事をするよ。」

なんだか意味深な事言うな…と思いながら深く考えても仕方がないか、と教室へと向かい歩き出したこの時の僕は、一体この先何が起こるのか知る由もなかった。

いや、本当に知らないだけなんだけど。

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