第15話エースの資格
「もうすぐバレンタインかあ…。」
ふと呟いた。
バレンタイン。
そう。女の子が意中の男性に手作りのチョコを渡して愛を伝えるというイベントだ。
ただ、そんなイベントの広告や告知は山ほど見たことがあるが、実在するのかは定かではない。
僕は自分の目で見たことしか信じない、とまでは言わないが、今まで十数年生きてきて、僕にチョコレートを渡してきた女子がいないもんだから、もしかしたら架空のイベントなんじゃないかと疑心暗鬼になるのもおかしい事では無いだろう?
しかもなんでチョコレートなんだ?自分の想いを伝えるのに何故チョコレートを添える?
いやまあ、別にいいよ?
貰えたら嬉しいし、チョコレート好きだし。
でも貰えないじゃん。
全く、バレンタインなんてこの世から消……
「……輩、先輩!」
月見里さんの呼ぶ声にハッと我に帰る。
「先輩、大丈夫ですか?なんかいつも以上にぼーっとしてしてますけど。」
「あと、今は6月ですよ?読者の方がいきなり冬まで話がとんだのかと勘違いしますよ。」
「あ、ああ。ごめんごめん。そうか、まだ6月だったな。最近読んだ漫画でバレンタインの話が出てきたもんでつい。」
「そんなにチョコが食べたいんですか?なんなら私があげましょうか?」
「いやいや、大丈夫だ。気にしないでくれ。」
今は学校で昼休み。なんとなく、特に理由はないけれど、以前月見里さんに呼び出され一緒に昼ご飯を食べた場所へ来てみた。
そうしたらこれまたなんとなく月見里さんも来ていたみたいで、一緒に弁当を食べながら雑談しているというわけだ。
「ちなみに先輩はどんなチョコが好きなんです?」
「そうだなあ、特別好きってわけじゃないけど、抹茶味のチョコとか好きかな。」
「抹茶ですか。渋いですね。私も好きですけど。」
「だよな。苦さと甘さのバランスが良いんだよな。そう、まるで僕の様に…。」
「先輩の人生は苦さの割合の方が多そうですけどね。」
「ははは。よく分かってるじゃないか。君は何でも知っているな。」
「なんでもは知らないよ。知ってることだけ。」
「どこの羽川だよ。」
何やら危ない会話になって来たところで、気になっていた事を聞いてみることにした。
皆さん御察しの通りたよりのことについてだ。
「ところで月見里さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「たよりの元気なかったんだけど、部活で何かあったとか聞いてないか?」
「あー…。」
僕が質問を投げかけた後、明らかに月見里さんの表情が曇った。やっぱり何かあったみたいだな。
更にその[何か]に月見里さんも関わっているのは、反応を見れば明白だった。
「話しづらい事なら無理に聞こうとは思わないんだけど、少し気になってさ。」
「話しづらいという事はないんですけど」
「……………という事がありまして。」
と、事の顛末を話してくれた。
「なるほど…それであいつ自信無くしてたわけか。でも意外だな。月見里さん結構強気なんだな。いや、意外でもないのか?」
「バスケに関してだけではなく、スポーツ全般に言えることかもしれませんが、ブラフって言うんですかね。実際に出来るかどうかは分かりませんけど、成功した時の相手へのインパクトは大きいんです。」
「よく居るじゃないですか。テスト前に、勉強してないから全くダメだわーって言いながらそれなりの点を取る人。」
「私思うんです。保険かけないといけない程度しか勉強してないからそれなりの点しか取れないんですよ。」
「それよりも今回はバッチリ勉強したぜ。って言っていい点取る方が百倍かっこいいと思いませんか?」
「それはそうだけど、大口叩いて良い点が取れなかったら恥ずかしいじゃないか。」
「だから良い点を取れる様に努力するんですよ。バスケも同じです。一流の選手でビックマウスな人って結構多いんですよ。謙虚なのが美徳だと思ってるのは日本人だけです。アイアァームノォットア、ジャパァニーズペアソン」
「いや、君は日本人だろ。しかも発音良すぎだろ!」
「うーん、そんなもんかね。でも、仮にそうだとしてもチームメイトにまではったりをかます必要あるのか?」
「当然です。別に私はお友達を作るために部活をやっているわけではありませんので。矢野先輩のことは好きですし、尊敬もしていますけど、それでも私はバスケでは負けたくない。」
「それと、チームメイトに『あの子は凄い』と思わせる事が出来れば、自分のプレーをやり易くなりますしね。」
「うーん。それは分かるけど…。」それって……楽しいのかな?チームスポーツでは信頼関係とか阿吽の呼吸とか、なんかこうチームワークが大事!みたいな印象があるんだけど。
「バスケは一人では出来ませんが、チームにエースは必要です。エースは絶対的じゃないといけません。味方も敵も引っくるめて、コートの上で1番じゃないとダメなんです。」
「私はエースになりたい。」
そう語る月見里さんの鬼気迫る表情に僕は何も言えなかった。
一体何が彼女をここまで駆り立てるのだろうか。
過去に何かあったのか、それとも単純にバスケが好きなだけなのか。
「でも、これはあくまで私個人の考えなので。実際、矢野先輩に嫌な思いをさせた事に違いありませんし、私のこんな性格の所為なのは分かっていますが、周りとの衝突も少なくないです。」
「中学の時は色々ありましたし…。本当に今のままでいいのか、自分は間違っているんだろうか、と考えることも少なくはありませんが、それでも……私はこのやり方しか知らない。」
「そうか。分かったよ。まあ、僕は初めから月見里さんを批判するつもりもないし、肯定する気もないからな。そもそも僕はバスケの素人だし。分かってない奴に分かったような事を言われると腹がたつだろうし。」
「そんな事ありませんよ。私を批判するのも、評価するのもその人の勝手ですから。その意見を参考にするのもしないのも私の勝手ですけどね。」
「強いんだな。月見里さんは。周りの目ばかり気にしている僕とは正反対の性格と言っていいんじゃないか?」
「そうかも知れませんね、このチキン野郎。」
「いきなり辛辣すぎないか?!結構真面目な話をしていたと思うんだけど?!」
「冗談はさておき……。最近矢野先輩とはどうなんですか?何か進展はありましたか?」
「進展と言うか…あいつがうちに泊まりに来てその後、街で遊んでバスケしたくらいかな?」
キス…の件は黙っておこう。
「えぇ?!それって……いや、本当になんで付き合わないんですか?全く理解できないんですけど。」
「それは……正直言うと過去にちょっとしたトラウマがあってさ。今から思えば大したことではないって理解できるんだけど、どうしてもブレーキがかかってしまうと言うか…。」
「トラウマですか…。でも先輩。このままじゃ本当にただのチキン野郎になってしまいますよ。」
「それはそうだけど…。そ、そう言えば月見里さん、私に任せて下さいとか言ってなかったか?!君がなんとかしてくれるって話だった気がするぞ!」
「……先輩。ブラフって知ってますか?」
悪戯に笑う彼女の顔は、今まで見た中で1番良い笑顔だった。
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