第11話私、負けた事ないんで
「なにか……良くないことが起きている気がする。」
「矢野先輩、どうしたんですか急に?」
「うーん、なんだろう。私のレーダーがとても良くないことが起きていると教えてくれている気がするんだ。」
「えっと…虫の知らせ的なあれですか?」
「うん。具体的に言うと、隣町くらいで文人が同じクラスのおとなし目の女の子と買い物したり、ご飯食べたりして、なんか共通の趣味とかあって、まんざらでもない雰囲気出してる気がする。」
「精度高いな!!」
と、思わず先輩である事を忘れて、キツめのツッコミを二葉が入れてきた。
「いや、たぶん気のせいだと思うけど。それよりさ、二葉。1on1やろーよ。」
チーム練習を終えて、他のチームメイトがそれぞれフリーでシューティングやストレッチをしている中、二葉に対戦を申し込む。
「1on1ですか?構いませんよ。ただ、やるからには負けませんよ。」
どうやら二葉は乗り気の様子だ。二葉と1on1はまだやった事がない。
私は弱い方ではないけど、普段の二葉のプレーを見ていると、身長差があるとは言え、余裕で勝てるとはとても思えない。
と言うか、実際敵として対面した時の二葉は一体どんな感じなんだろうと少し興味があったのだ。
「オッケー。じゃあ、フィールドゴール1点、スリーポイントは2点の5点先取でやろうか。」
「じゃーんけーんポン!」
むむ、ジャンケンは負けてしまった。
先攻、後攻の選択権は二葉が有する。
「では、私は後攻でお願いします。」
ふぅむ。私の経験上、後攻を選ぶ人はディフェンスに自信がある子が多い気がする。
「オーケー。じゃあ始めようか。」
ゴールの真正面、スリーポイントライン上で一旦ディフェンスの二葉にボールを渡す。
二葉からリターンのパスが返ってきて受け取った瞬間から私のオフェンスがスタートだ。
…二葉の体勢は、重心は低め、右足を半歩引いている。間合いはかなり詰めてきている。シュートは打てそうにないな。
二葉からのリターンパスが宙に浮いている間に状況を判断する。
二葉の狙いは右利きの私に左手でドライブ(ドリブルで切り込む)させる事だろう。
スピードには自信がある。乗ってやろうじゃん、その誘い!
ボールを受け取った瞬間、フェイントも入れずに左手でドリブルをつき、強引に体をねじ込む。
ガッッ!
と、二葉と体が接触する。ギリギリドライブコースに入っているので、どちらのファールでもない。
「っっ。」
このままゴールに向かうのは厳しい。下手するとオフェンスファールになってしまう。
スピードを緩め、一旦後ろへ体を引いた瞬間……
パシッ!
「あっ!」
「くそう……。」
ボールをスティールされてしまった。
「矢野先輩、ひとつ言い忘れてましたけど、私……1on1負けた事無いんで。」
「……上等。」
「おっ。たよりと二葉の1on1か。熱いねぇ。」
「組み合わせ的には面白い。お互いライバル意識あるっぽいし。」
三年生のキャプテンと副キャプテンが私たちの対戦に気がついて、見に来たようだ。
何か話しをしている様だけど、今はそれどころでは無い。
さて、こちらのオフェンスは失敗に終わってしまったが、ディフェンスで点を許さなければ何の問題もない。
二葉がどんな風に攻めてくるか。
二葉は身長が高くなく、体重も軽い。そんな二葉の武器はスリーポイントと、潜り込むような鋭いドライブだろう。
ディフェンスの距離を詰め過ぎればあっさりとドリブルで置き去りにされるが、距離を離し過ぎれば、長距離砲を沈められるリスクがある。
私はオフェンスも好きだが、ディフェンスも決して苦手では無い。どちらかというとディフェンスの方が好きだ。
性格が悪いと思われるかもしれないけど、自信満々な対戦相手を完璧に抑えた時ほど楽しいことは無い。私の中でバスケの醍醐味とすら感じている。
「絶対に止める。」
…少し距離は離し気味にしよう。
二葉のドライブを甘く見てはいけない。二葉は左利き。
敢えて、二葉の左手側にややスペースを作る。ほんの少し、誘い込む程度に。
そんな風に色々と考えながら二葉にボールをリターンする。
二葉にボールが渡り時が止まる。
キュッ……
二葉の左足のつま先が数センチ、動く。
それに反応して、体の重心が一瞬、ほんの一瞬後ろにズレる。
ふわっ。
と、実際には聞こえない効果音を感じた時には、二葉の放ったスリーポイントシュートはリングに当たることなく、「スパッッ」と心地よい音を立てながらネットを揺らしていた。
反応できなかった。早すぎる。なんだこれ?クイックシュートなんてレベルじゃ無いよ。
距離を離したらシュートを打たれるとはいえ、約10センチの身長差がある事と、私のジャンプ力を知っている二葉なら、シュートをブロックされる事を恐れて、簡単には打ってこないだろう。と、いう気持ちがあったことは認めよう。
ただ……裏をかかれたとか、意表を突かれたとか、そういう次元じゃない気がする。
なにか、得体の知れない、異質なものに触れたような気すらした。
「そういえば先輩。」
びくっと体が反応し、我に返る。
「点が入った時は、オフェンスは継続でいいんです?」
「えっ…あ、うん。それでいい。」
「分かりました。現在2対0。ではどんどん行きますよ。」
「本物……か。」
遠くでまたキャプテンが何か言っている気がしたが、私の耳に届くことは無かった。
<hr>
「キャプテンはどっちが勝つと思う?」
「うーん、どうだろうねえ。たよりが簡単に負けるとは思わないけど、二葉はセンスあるからねえ。てか、正直あれはバケモンだよ。あれで高校一年とか、末恐ろしい。」
「ふーん。キャプテンも認めてるんだ。」
「うん?あんたは認めてないの?やっぱボジション同じだと負けたくない感じかな?」
「茶化さないで。センスは認めるけどさ。ただ、なんて言うかな……。あの一人でバスケしてますって感じ、私は好きじゃない。」
「それは否定しないけどさ。たよりとはそう言う意味でも真逆のタイプだね。」
「そう言う意味以外では何が逆?」
「たよりってすごく考えながらバスケするタイプじゃん。相手と自分の位置関係とか体勢とか、スペースとかタイミングとか、戦術とかまあ、諸々。考えすぎて勝手に迷路に迷い込むこともあるんだけど。
二葉は、なんか野性的っていうか、頭より体が先に動くタイプって感じ?カンが鋭いっていうのもあるんだろうけど。ちょっと強引なところも含めて、エースとしての素質はあると思うよ。」
「野性の勘…ね。確かにマッチアップしてても、それを感じる時はあるかも。でも、だからこそ、私はやっぱり認めたくない」
「ははは。良い良い!ライバルがいる事は幸せな事だ。」
「だから茶化さないでってば。」
<hr>
キュッ、キュッ。
小刻みにフェイントを織り交ぜ左右に揺さぶりを掛けてくる。可能な限り腰を落とし、足を絶え間なく動かす。
さっきのスリーポイントシュートが脳裏をよぎり、警戒せざるを得ない。
「くっ…」
シュートを警戒して間合いを詰めている分、フェイントにいちいち反応しなければドリブルで簡単に抜かれてしまう。
……いや、違う。このフェイント。ドリブルで突破する気はない…気がする。
足を出し入れする角度が深すぎる。こっちに一歩引かせてシュート打つ気かも知れない。
それなら……敢えて右足を一歩引く。
振りをする。
その動きを見逃さず、すかさず二葉がシュートモーションに入る。
今度は間に合う!
と、ブロックに手を伸ばした時、ハッとする。
シュートフェイクだ。
私の足はすでに宙に浮いている。
二葉がドリブルしながら私の横を通過していくのを、ただ見ていることしか出来なかった。そのままランニングシュートを決められてしまった。
「これで、3対0ですね。」
二葉は後攻。もし、スリーポイントを決められたら、この1on1では2点相手に入る。
つまり、5対0で試合終了だ。
なんとか一本止めないと…。でもどうやって……
流石にスリーポイント二本連続では入らないか?
ここは距離を開けて打たせて……。
いや、それは[逃げ]じゃないか。
自分で止めれないから、相手のミスを願う?バカか私は。
「まだ、終わりじゃないから。」
「いえ、もう終わりですよ。」
ごちゃごちゃ考えるのはやめた。フェイクだろうが何だろうが全部反応してやる。右か、左か、それともシュートか。
足でついていく。今までどれだけフットワーク練習をやってきたと思ってるんだ。
二葉がドリブルを始め、一度レッグスルーで間を置く。
そして軽く私の体に自分の体をぶつけ、その反動でゴールから遠ざかる。
えっ…、まさか………
スリーポイントラインから一歩半程度離れた位置から放たれたシュートは美しい弧を描き、再びネットを揺らした。
ガクッと膝から崩れ落ちる。
そんな……完封…負け?
うそ……。
「先輩。有難うございました。」
ぺこりと頭を下げて二葉はシューティングに戻っていった。
私は……しばらくその場を動くことが出来なかった。
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