第2話 魅入られるということー前ー
“どうしてこんなことになっちゃったんだろう”
あれから何度も考えたけど、たしかこの時がいちばん最初だったはずだ。
あたしはそのときパパの実家の裏山、枯れ果てた
いや正確には、そのお地蔵さんの足元にモッコリ覗いていた立派な 2 つのおいなりさんに。
「えっ!?お地蔵さんに性別なんてあったの!?」
そんなどーでもいいことに興味を持って、ついつい幹の奥まで覗き込んでしまったのがアホだった。
ほんとに一瞬。秋夜に積もった濡れ落ち葉に足を滑らせたと思ったら、両手は木の枝から垂れたツルに阻まれ、顔からもろにダイブした格好である。
正直、めっちゃ恥ずかしい。
気付いたらあたしの顔は吸い込まれるように、その2つのおいなりさんに向かって落下していた。
だけど人間不思議なことに、危機に直面すると時間がスローモーションに流れるっていうのはホントだったみたいで。
誰しも一度は聞いたりしたことあるんじゃないかな。
あたしの身体は宇宙飛行士みたいにふわりと浮いたまま、ものすんごくゆっくりと落下し始めたんだ。
そんな地面に倒れ込もうとする身体の横を、ひらりひらりとゆっくり舞い落ちる枯れ葉もなんだが幻想的で。
「おっなんだか神秘的じゃん?」なんて最初の頃はいたって冷静だった。
けど視線を戻してみると、目の前にはたわわに実る立派なおいなりさん。
それがもれなく顔面に迫りつつあるという現実は変わんない。まぁ自分から盛大に足を滑らせて、すっ転んでるだけなんだけど。
モッコリと鎮座するそのイチモツが、徐々に大きくなって迫り来るサマは、まだ 16 ちょいのあたしにとっては耐えがたいものがある。
だからあたしは思わず目を閉じて、こんなことになってしまった事の顛末を、走馬灯のように初めて考えたわけ。
◇ ◇ ◇
きっかけはそうパパの実家、愛媛の西条市ってところに帰って来た時のことだった。
東は瀬戸内の蒼い海が広がっていて、西は螺旋階段のように棚田が連なる山々に囲まれてるこの街。日本の四季をギュッとコンパクトに堪能できる、そんな情緒あるステキな自然と街並み。あたしはこの場所がとにかく大好きで、小さな頃はとにかく外でひっきりなしに走り回ってた。
そんな実家に帰省した目的は至極単純、大好きだったお兄ちゃんの七回忌だったから。
原因はよく、覚えてない。
トラックとの交通事故だったとママから聞いた。あたしはその時お兄ちゃんのすぐそばにいたらしいけど、正直よく思い出せないんだ。
たぶんよっぽどショッキングな出来事だったんだと思う。だって、お兄ちゃんはあたしの兄である一方で、お父さんも同然な存在だったから。
私が生まれたときにはパパはもういなくて、それも事故だったってママは言ってたような気がする。
女手ひとつであたしたち兄妹を育て上げようと仕事に奔走していたママに代わって、お兄ちゃんは私の面倒をよくみてくれた。そんなお兄ちゃんに、私はすごくべったりで。家の掃除やご飯の用意するときも、いつも一緒だった。
天真爛漫だった私に、お兄ちゃんも相当手を焼いただろうし、さんざん苦労したと思うけど、パパがいない中でもあたしたち家族は本当に幸せだったんだ。
だけど、そんな突然の別れ方をしたんだもん。
それ以降、あたしは大きくふさぎ込んじゃった。
生まれながらに持ってた天真爛漫さは見る影もなくなって、中学生になってだんだん引きこもることが多くなった。やっとできた新しい友達も、あたしの変貌ぶりに驚いてめっきり連絡をくれなくなったし。
中学を卒業したあとは転勤したママを追うかたちで、東京に移り住んだ。この街に後ろ髪をひかれながらも、今年から上京して都内の高校に通い始めたんだ。
だからそんな時、おにいちゃんの七回忌だと聞いて帰省しないわけがなかった。実家のおばあちゃんに会うのも楽しみだったし、なんかまるで、おにいちゃんに呼ばれてるような気がしたから。
◇ ◇ ◇
連休の休みをもらったママと久しぶりに帰省したのは、気持ちの良い秋晴れの週末だった。
パパの実家の本家は小高い裏山の麓にあって、一人暮らしのおばあちゃんがアグレッシブに暮らしてる。
精力的に毎日カラダを動かしてるおばあちゃんは、つい最近還暦を迎えたようには見えないほどの俊敏な動きを見せるのだ。
週末帰るよなんて連絡したら、最近はダンスにハマってると元気そうな LINE をくれた。来月には敬老会の社交ダンスクラブでさっそくお披露目するらしい。
久しぶりの孫との対面を驚かそうと、中庭から居間を覗いてみたら、案の定ルンバの音楽に合わせて腰をフリフリしていた。さすがは私のおばあちゃんである。私に気付くと、満面の笑みで駆け寄ってきて手をニギニギしてくれた。
元気そうなその姿を見て、かつての天真爛漫さはきっと、おばあちゃん譲りなんだろうなとふと考える。
そんなおばあちゃんとあたしたち親子はしばらく、実家の家でのびのび過ごすことにしていた。
おばあちゃん特製のおはぎを思う存分堪能したかったし、久々にママと過ごせる日中も久しぶりで、他愛ない話をしたかったから。
「うちはほんと、男がいなくなっちゃったわねぇ」
夕食後、女子会のような三世代を隔てたティータイムのなか、おばあちゃんがボソッとぼやいた。
「しょうがないですよ、
「ほんとにありがとうねぇ。弘義も本当に良い子をもらったわぁ」
ママとおばあちゃんの突拍子もない会話に、あたしはかじりかけのドーナツをお皿に置いてきょとんとした。
「狸憑きって……なに?」
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