白い敵が現れる日18
居間を出て玄関ホールに向かって右手に折れると長めの廊下があり、硝子張りの壁から中庭の様子が一望できる造りになっている。よく整えられた芝の地面の中ほどに三メートルは下らないトネリコの木がすくっと立っている。反対の壁には佳折の母が趣味で描いた色鉛筆画が等間隔に掛けられている。葉書ほどもない小さなサイズで、ムラサキシキブやホオズキといった植物が精緻に描かれているものだ。廊下の突き当りの階段を上ると佳折の部屋、横の扉を開くと車庫に通じる。階段の下の部屋は物置になっているようだ。
僕は先に風呂を浴びさせてもらって佳折の部屋で彼女が風呂から戻ってくるのを待った。変な造りの部屋で、車庫の上にこの一部屋だけが載っている。本棟にも二階部分はあるけれど、互いを行き来するには一度一階に下りなければならない。離れのようなものだ。部屋には冷蔵庫だってあるけれど、パソコンを使う時だとか、本を読む時だとか、できるだけ籠らないようにしているのだと彼女は言った。本は彼女の父の書斎にほとんどが置いてあって、こちらに常備しているのは雑誌くらい。天井の黄色い光が包み込む空間に、子供の頃から使っているらしい学習机と、箪笥兼化粧台と、窓際のベッドと、赤いソファにガラスのローテーブル、アザラシの子供みたいな手触りの毛足の長い絨毯。壁には数字の無いアナログ時計。それに雑貨があちこちに飾られていてちょっと宗教的な賑やかさがある。来る度に新しいものが増えている気がする。あの鳥の巣のような卓上照明は前に来た時もあっただろうか。雑貨だけではない。彼女は僕の使う歯ブラシや剃刀まで用意してくれる。僕としては家で使い慣れているものを持ってきても構わなかったのだけれど、いつの間にかこちらで使っているものにまで慣れてしまった。
僕は彼女が風呂に出るのを見届けてベッドに潜り込んで丸くなった。敷布団も毛布も湿布の裏地のように冷たく沈み込んでいて僕を快く思っていないみたいだったけれど、彼女の匂いは僕を安心させた。甘いような、それでいて単純ではなく、煙草くらいには中毒性があって、一握りのリアリティは埃の匂いが担っていた。僕は壁の方を向いて目を閉じ、布団が僕のことを敵でないと認めてくれるのを待った。しばらくして足を伸ばし、下の方にも体温の勢力範囲を広げた。
閉じた瞼の裏の闇に吹雪が斜めに走る。
僕が死ぬ時、彼女はどう思うのだろう。洗面所に歯ブラシや剃刀があったことを憶えているだろうか。何の準備も無しに見つけてしまって悲しい気持ちに襲われないだろうか。もし僕の死に傷つきたくないなら、歯ブラシや剃刀なんて危ないものは置いておくべきではないのに。
僕はいつか死ぬだろう。この三ヶ月はきっと何もない。けれどいつかは。
肢闘に乗る奴はみんな自分の死期を知っている。そんな気がする。気がするだけで明確な指標はないが、それはいつか必ずやってくるものだ。もっと正確に表現すれば、こっちから近づいていくのだから、僕らは必ずその大きな門の前に辿り着く。
彼女が僕のためのものをこの家に置いておくというのは、まるで僕の死を存分に味わうための準備をしているみたいだ。きっと身を引き裂かれるような悲しみを堪能したいと思う人間も居るのだろう。それが人間特有の感情でないならば、少なくとも一人、僕は知っている。
桑名とは一度だけ一緒に酒を飲んだことがある。瀋陽でのことだ。満州にある基地では瀋陽が最も大きく最も市街地に近かった。もっと地方の前線基地では軍の管轄を出たところで盛り場なんてどこにも無いから、瀋陽に戻ってくれば誰だって一二回は外出しなければ気が済まないものだった。二人とも夜が非番になる日を狙って、一番遅いロシア語の講義が終わったあとで別々に外出届を出しに行き、バス停で落ち合って街外れの酒場に入った。できるだけ基地から遠く離れたところへ行きたかった。街の雪は昼の暖かさで少し融けて足元にぐずぐず溜まり、しかも空気は埃っぽくなっていた。変に灰色に染まった街の景色が道に沿って延々と続いた。バスの中では隣同士に座ったけれど、特に話すこともなく時間が過ぎた。
酒場は軒に発色の悪いネオンを掲げていて店内は地下だった。煙草の煙が充満していて、食器を鳴らす音やダーツの刺さる音が六十年代風の古いロックをもみくちゃにしていた。そこらじゅうから北京語が聞こえた。我々は軍人であることを隠して声も低くしていたが、恐い男たちやかしましい女たちが近寄ってくることもなかった。我々は読書の趣向などについてゆっくり話しながらやはり二人で酒を飲んだ。桑名は決してアルコールに強い体質ではなかったが、最初の何杯かで少し気持ち良くなったあとはどれだけ飲んでもほとんど変化がなかった。僕のひとくちで二倍くらいの量を一度に口に含んで綺麗に飲んだ。
一度だけダーツをやろうということになって、どちらかといえば酔っていない僕が結局は勝つのだけど、桑名は存外の負けず嫌いで、二戦目も三戦目も黙々と中心を外し続けた。ただ三度目は僕の方が点が低くなった。生き物が呼吸をするみたいに、生きている間じゅうずっと投げていられるわけではない。放っておいたら桑名は死ぬまで投げ続けそうな具合だった。
桑名は帰る時に僕に寄りかかって訊いた。もし死ぬ前に一度だけでも本気で誰かを愛することができたら、それは幸せなことかな。それとも哀しいことかな。
その時僕はただこの人はもう自分の死期を感じているのだということを痛く感じた。
タリスは佳折のことを大事にしろと言った。それは僕が愛されているからなのだろうか。
僕はどうするべきなのか。
ここに居るのは特別なことなんだろうか。ある男が交際相手の布団でごろごろしている。そんなことはこの世界のどこでだってありうることだと思う。でも彼女に対して僕が他の誰ともずれることなくここに居る。三堂でもなく、もっと上手に愛せる誰でもなく、僕が。この安心、この安定は、見えないところでもっと不安定なものに支えられているのだ。
僕は寝返りを打った。吹雪はついてきた。
佳折は寒色のシンプルなチェックのコットンシャツを着て帰ってきた。とてもぶかぶかで肩のところが随分余っていて、ワンピースのような着こなしだった。僕は気付いたが、それは父のおさがりだった。それは彼女なりの少し強引な親への愛情表現だった。
まだ乾かしていない髪を後ろで束ね、肩に掛けていたバスタオルを学習椅子の背に移す。朱色の花弁のすらりとしたユリが描かれたものだ。彼女の繊細な肩から胸の膨らみまでの薄い造形が僕は好きだった。彼女は廊下の水道で水を汲んで箪笥の横に据えたコメットのコスミックに注いで、折り畳みの椅子をその前に立ててヘアバンドで前髪を押さえ、顔にジェルを塗って準備を整えた。スチームを浴びながらテスラのガラス棒を額や頬に当てる。
僕らは世間話をした。親のことや友達のことだ。子供の時の話もした。僕は養家の人に心配されるくらい大人しくて気難しい子供だった。佳折にはそれが意外だったみたいだ。彼女は男勝りで、大人の決めつけが嫌いだった。それは僕としてはわかる気がした。僕らは夏に交際を始めたばかりで、とても親しくはあるけれど、お互いまだ知らない部分もある。
コスミックが終わると佳折は髪を乾かし、それから僕の窩の掃除に入った。
彼女は布団を被ってベッドの縁に座る。ローテーブルに置いた綿棒のケースを取り、膝を叩いて僕にそこに来るように促す。僕は言うとおりにして彼女の裸の膝の上に胸を乗せ、頸の力を抜く。彼女は僕の窩の蓋を開いてその中の端子を綿棒で丹念に拭った。僕は恍惚の中で彼女のすべすべとした脚を撫で続けた。
僕のような贋すなわちブロックCの場合、窩の外縁は肉体と一体成型されるため、窩の裾の部分から撫でていくと、健常な肌、胼胝、樹脂、と触感が連続的に変化する。その樹脂部の上側に蓋を保持するための一体成型の腕が付いていて、蓋が接続する機器の邪魔にならないように自前の弾性で蓋を百八十度まで開いた位置で保持しておく。耐久性を意識したヒンジ付の蓋もブロックA時代にはあったらしいけれど、ヒンジの芯棒や蓋と基部の擦れる部分は汚れが溜まるし錆も付く。僕の窩の部品で簡単に交換ができるのは防水用のシールだけだ。蓋を開いた窩はカルデラ火山のような感じで、円柱形の端子がその中央にでんと据わる。窩の素材にはパーマロイが混ぜ込まれていてかなりの防磁性があるけれど、端子に開いた蜂の巣状の穴には増幅器を介して神経細胞に接続する金属の導線が剥き出しになっているから、窩の近くで磁石を動かされたり、電流の流れているものを近づけられたりすると、サージ電流が生じてとてもつらい。くすぐったいだとか、性的快楽だとか、そういったものとはまた別種の感覚だ。硬くて鋭い鋼の極太の針のようなものを僕は連想するのだけれど、ちょっと具体的には表現できない。
彼女は気持ちがいいかと訊く。僕は肯く。窩そのものに皮膚感覚は無いけれど、その下に敷かれた肉には神経が通っている。爪や歯牙のようなものだ。感触としては耳の後ろを擽られるのに近い。
窩を自分で掃除するのはなかなか手間がかかる。巧くやるには合わせ鏡が必要だ。それでさえ手が首の後ろで自由に動くともわからないから、他人にやってもらうのが手っ取り早い。鳥が頭をつつき合ったりするのと似ているし、人間同士でも背中を流してやることはあるだろう。ただし僕の実例の通り快楽的な儀式でもあるから、同性同士でやるのを嫌う奴も多い。女性の方が敏感であるというくだらない統計もあるらしいが、どちらかというと男同士の方が嫌っているように思える。僕が男だから入ってくる情報に偏りがあるのだろうか。
贋は人間とは別種の生き物ではある。しかし人間を下敷きにしたからには、特に投影器に関わらない生物的な領域で人間の面影を強く残している。逆にいえば、タリスにとって贋が根本的に生き物であるというところは変える必要がなかったし、さほど簡単に変えることもできなかった。
佳折は布団に潜ってまだのぼせている僕を引きずり込んだ。世間には「持ち帰る」という言葉があって、これはたぶん、狐とかの獣が獲物を咥えて巣穴に入ったあと、結果的には満腹の狐が顔を見せるわけだけれども、その間に外からは巣穴の中で何が行われているのかは窺い知ることができない、不明である。したがって巣穴の中は狐の独擅場であって、獲物は激しく弄ばれる。そういう状況、あるいは外に居る観察者の疑念から生まれた言葉なのではないかと思う。
彼女は自分の体調を素直に把握していて、そういうところを僕は佳折の動物的なところ、巧く理性を飛ばしているところだと思うのだが、大雑把に分けると二通りの求め方をした。調子が整っている時には無駄な戯れをできるだけ省こうとしたし、反対に冷めている時には高揚するための演出を僕に求めた。今日は後者で、どちらかというと僕の方が獣的にならなければならなかった。それは気力の必要な役どころではあったけれど、佳折の体に関しては安堵も感じていた。
絶頂を迎える時に僕の手首を握っているのが彼女の癖だった。僕の手は彼女の腰骨にあって、彼女の手はそれを引き剥がそうとしている。僕が応じないでいるとだんだん感触が変わって、最後はしがみついている。どこからか振り落とされないように。この世界に居られるように。傍に居られるように。そういうことなのかもしれない。とにかく強い力なのだ。解放されてみると僕の手首には決まって赤い手形が残っている。
贋には筋力の限定がない。人間は普段、骨格や筋肉や腱を守るために十の力を行使できないような神経のつくりになっている。無意識的に力を限定して、どれだけ力んでも三割くらいだとか。いわゆる火事場の馬鹿力というのはこのリミッタが一時的に解除された状態で、本当に必要な時だと感じた時だけ十の筋力を発揮できる。一方贋はこれでは困る。オペレータは肢闘の関節に使われているサーボの出力を自分の感覚に合わせておかなければならない。これで全力と思った時にサーボが三割のパワーしか使っていないのではロスが多すぎてやっていられない。サーボは消費電力と出力の兼ね合いでぎりぎりのものを選んでいるから、きちんと力を出さないと機体が動かない。人間の肉体みたいにほとんどが可能性という状態では戦えないのだ。全部出し切らないと。それに、全部出し切って壊れても機体なら部品交換で済む。
贋の理性は十のパワーをきちんと制御するためのものでもあるわけで、かっとなれば自分の体を壊すことになる。生身というのはままならないもので、小さい頃、折り紙で鶴が折れないのに鬱憤が溜まってドアを蹴飛ばした拍子に、右足の親指の骨を折ったことがある。一つ小さい正方形に畳んだところから菱形に折り返す過程が上手くいかなかったのだ。「紙が折れずに自分の骨を折ったわけですか……。まあ、手の指を折るよりは頂けるのではないですか」とタリスに窘められて酷く後悔した。足の親指は簡単に取り換えられないからだ。でも、傷むのが自分の体ならまだ増しではないか。
夜中に魘されて起きる時の僕が忘れているのは理性だけではない。自分が何者で、どんな時代を生きていて、そういう基本的な所から順番に考え直していかないといけない。そのうち自分に心というものがあるのをお思い出してきて、胸に深い悲しみと寂しさが残留しているのを感じる。体の感覚が戻るのはいつも最後だ。息が苦しい。肌が汗ばんでいる。近くに別の体温がある。腕に力が入っている。
僕は慌てて彼女を解放した。その体がきゅっと緊張する。僕は掛け布団の外に出て仰向けになって全身で息をした。
佳折は背中を向けていて、自分の胸元に手をやって「いたた」と震えた。傷口に触れた指を舐める。出血は酷くない。
僕は自分の指が黒く濡れているのに気付いてその掌底を額にぶつけた。
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