独り言
こはる
第1話 角砂糖
私にはお姉ちゃんが一人います。お姉ちゃんは賢くて、頼りがいがあって、いつも私を助けてくれます。だから、私は、お姉ちゃんが大好きです。
「お姉ちゃんがね」
少女は一人、マグカップの中のブラックコーヒーに角砂糖を入れ、ゆっくりとかき混ぜている。
「お姉ちゃんがね、いったの。私は、愛の形なんだって。最終形態が、私。意味、わかる?」
一つ、角砂糖が溶けきると、一口コーヒーを口にし、眉をしかめてもう一つ砂糖を溶かし始める。
「私はね」
誰に話しかけているのか、誰かの返答を待つわけでもなく、興味がある様子でもなく、少女は続ける。
「愛をずっと求めているの。誰かに愛してほしくて仕方がない。生まれてからずっと、寂しくて仕方がない。ずっと、誰かに愛してほしくてたまらない。でも、誰も私を本当に愛してはくれないの」
砂糖を三つほどとかしたところで、少女はコーヒーを再び口にする。その表情は先ほどとは違い、甘さに納得したような表情だった。
「私の人生の、私という人間の大半を占める感情。それが、愛してほしい。でもね、愛なんて目に見えないのよ。形がない。決まりもない。それどころか、人によってそれぞれ違う。下手すれば同じものなんてこの世に一つもないのかもしれない。それでも人間は愛を求め、いつの時代も愛を歌や詩や文学や絵画や歴史に残してきた。愛を求めているのは、私だけじゃない、みんなそうなの。そうなのに、誰もその形を見たことはないし、定義も答えもどこにもない。それってすごくおかしいことだと思わない?」
少女は次に、砂糖の向こうにあるポットを手にする。ポットを傾けると、白い液体がカップの中に注ぎ込まれる。白と黒はカップの中で混ざり合い、別のものへと変化を遂げた。
「そんな話をしていたらね、お姉ちゃんが言ったのよ。愛が形になったものがこの世にはあるって。何かわかる?」
カップの中からは、ゆっくりと湯気が上っていた。
「それが、人間なんだって。誰かと誰かが愛し合ってできた形。愛の結晶。それが私たち人間」
「ほう」
ゆっくりと闇の向こうから、初めて声がした。
「子孫を残すために交尾を行う生物はたくさんいるけど、恋だの愛だのいって、泣いたり傷ついたり、傷つけ合ったり殺し合ったり、そんな効率の悪いことをしているのは、どこを探しても人間だけだわ」
少女は、白と黒とが混ざり合った液体を、そっと口に含み、喉まで流し込む。温かい液体は、少女の喉を熱し、胃袋へと流れていった。
「なんでそんな効率の悪い子とするんだろうね」
「きっと、人間はそうやって絶滅へと進んでいるんだよ」
間髪を入れず、少女の疑問に闇の向こうから返事が返ってくる。少女は、それに心を動かすこともなければ、耳を傾ける様子もない。ただただ、カップの中の液体を流し込んでいる。
「でもね、だからこそ、私は愛の最終形態なんだって。お父さんと、お母さんの愛の形。それが、私。そう言われたときに、気づいたの。だから私は寂しくて、悲しくて仕方がなくて、こんなにも愛を求めているんだって。だってね、私は二人の愛の形なの。形なのに、私の知ってる二人の間に、もう愛はなかった。だってそうだよ、私の中にある二人の記憶はいつも喧嘩ばかり。いつも、お母さんが、泣いてる。私は二人の愛なのに二人の中に愛がないのなら、私の存在理由がないの。どうして、生まれてきたんだろうって」
カップの中の液体は、みるみるうちに少女の中に流し込まれて減っていく。少女は言葉を止めない。
「だから、私は愛を求めるの。自分の存在理由のために。誰でもいい、誰でもいいから、誰かに愛してほしい。それだけ」
「どうしたら、愛されていると感じる?」
ゆらっと闇が動いた。
「わからないわ。どうすれば私の心が見当たれるのか。私は愛がほしくて仕方がないけれど、愛は、どこにも存在しない」
だからこうして動けずに、困っているのよ
空っぽになったカップを見つめながら少女は静かにつぶやいた。
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