第54話 お泊まり介護
「はい、じゃあお母さん車出して~~~」
「はーーい、シートベルト締めた? じゃあ出発しまーーす」
愛真のお母さんはいつもの明るい声でそう言うと、車を軽やかに発進させた。
窓の外には不安そうな顔の泉が立っている。しかし何も出来ず何も言えずに、ただ車の中にいる僕を見ているだけだった。
ドイツ製某有名会社の車は、そんな泉を置いて静かに僕の家を後にした。
「えへへへへ、今日から私の番だからね~~」
「いや……あの……僕……聞いてないんだけど」
「そうなの? でも着替えとか準備してたじゃん」
「いや……そうなんだけど……」
なぜこんな事になったかと言うと、遡る事数十分前だ。今日は土曜日、学校は休み、だけどいつもの様に朝ごはんを作ってくれる泉、僕は眠い目を擦りつつ、食卓で少し遅めの朝食を食べているとその時奴が、そう、突然愛真が家に来た。
そして来るなり僕に向かって直ぐに車に乗れと言ってきた……いや……何がなにやらわからない、突然車に乗れと言われてもと僕が戸惑っていると、どうやら泉は知っていたらしく僕の着替え一式が詰まったカバンを持ってリビングに降りてきた。あの……いつの間に用意してたんですか?
冷静を取り戻しゆっくりと二人に話を聞くとってまあ殆ど愛真が早口で話したんだけど、要するに、平日の家では泉が、学校では凛ちゃんが、そして休みの日は愛真が僕の面倒を見ると言う事で話はついているとの事…………いや、だ~~か~~ら僕の了承は?
「お兄様……ご免なさい……なかなか言い出せなく」
すまなそうにそう言って僕を見つめる泉、言い出せなかったって……
こんないきなりとか断ってしまえ、どうせ相手は愛真だしと思った……が、さっき愛真は車に乗れと言った。つまり車で待っている人がいる……そう……恐らく愛真のお母さんだ。前にも言ったけど僕は愛真のお母さんに弱い……死んだ母さんを思い出させるから……愛真が海外に行ってしまった時、愛真に、そして愛真のお母さんに会えなくなると思った瞬間、僕は頭の中が真っ白になってしまった。
でも愛真が戻ってきてくれて、そしてこの間、愛真のお母さんにまた会えて、嬉しかった、凄く凄く嬉しかった。
そんな愛真のお母さんが車まで出して直々に家まで迎えに来て貰っている中でこのまま帰れなんて言えるわけもない。と言うわけで僕は渋々車に乗った、乗ってしまった。
流れる車窓、ゆったりと座れる広い座席、愛真の家は僕の家からそれ程遠くはなく、わざわざ僕の為に車迄出してくれた事に少し罪悪感を感じる。
「えへへへへ、明日の夜まで一緒だからね~~一杯一杯遊ぼうね~~真ちゃん」
「いや、えっと…………良いんですか?」
僕は運転する愛真のお母さんにそう訪ねると、お母さんはバックミラー越しに僕を見てニッコリと笑う。
「何? 遠慮してるの? 前はちょくちょく泊まって行ったじゃない」
「いや、それ小学生の時の話で」
「そうか~~もうそんな経つのね~~でも真ちゃん全然変わらないから」
「またそれですか……そうですか……」
小学生の頃から変わらないって……この間も言われたけど、そこまで変わらないのか……僕? 身長だって少しは伸びたぞ……少しは……
「本当、真ちゃん、うちに泊まるの何年振りだろね~~?」
「えーーっと……小6の夏休みの時が最後だったから……」
「へーー覚えてるんだ?」
「そりゃ……」
小学生の時、友達になった直後に愛真の家に遊びに行った。その帰りどしゃ降りの雨が降り僕はそのまま愛真の家に泊まった。初めて友達の家に、それも女の子の家に泊まった。でもそれが……あまりにも楽しくて……人と……他人と一緒にいるって……辛いことしか無かったのに……楽しくて楽しくて……僕はそれからちょくちょく愛真の家に泊まる様になった。
そう……泉が家に来たときも緊張したけど凄く楽しかった……今でも凄く楽しい。家に誰かと居る喜び、家に帰っても独りじゃない喜び。そう考えると今、泉は一人で家に……寂しく無いのかな? でも……ここの所毎日毎日僕に付きっきりで監視……もとい、ずっと面倒を見てくれている泉、たまには友達と出掛けたり、自分の事をしたいだろう、だから僕は素直に家を出て愛真の家に向かう事にした。てか、一人でも少し寂しいけど大丈夫なのに、皆ちょっと僕に過保護過ぎない? そんなの僕って頼り無いかなぁ?
そんな事を思いながら外を眺めていると愛真は突然僕の手をギュッと握るとニッコリ笑って言った。
「真ちゃん……泊まった時はいつも一緒に寝て色々話したよね」
「……うん……」
そう……色々話した。愛真と本当に一杯話した。時には朝まで他愛もない事を寝ないで一杯話した。本当に、本当に……楽しかった……
「今日も一緒に寝ながらお話しようね」
「……うん………………ええええええええええ!」
「ええええって、家は他に寝るところ無いからね~~」
「いやあるでしょほらリビングとか、台所とか!」
「怪我人をそんな所で寝かせるわけにはいかないよ、ね、お母さん」
「そうね、ああ、じゃあ真ちゃん私と一緒に寝る? 今週旦那は帰って来ないし~~」
「おい!」
「お母さん!」
「ハイハイ、取らないわよ~~もう愛真ったら相変わらず真ちゃん大好きなんだからぁ」
「もうううううううう!」
「いやいや、そこは止める所じゃないの? 僕今はもう小学生じゃ無いんですよ!!」
「あらあ、そうね、じゃあ来年には孫が見れるのかしら?」
「ま、ま、まごって!」
「うん、頑張ろうね真ちゃん!」
「頑張るって……な、何をですかあああああああああああああ」
や、ヤバい、なんか愛真と愛真のお母さんの感覚がおかしい……た、助けてえええ、いずみいいいいいいいいいいいいいい
僕はもう既に見えなくなっている家に向かって、心でそう叫んでいた。
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