第2話

 木製の台に並んだ駄菓子の装飾はどれもこれも鮮やかであり色の見本市を覗いているかのようだ。買いに来た子供たちがその光景を一目してしまえば、誰もが好奇心のスイッチを刺激されて必要以上に迷わされてしまう。子供の小遣いなど微々たる額に過ぎないのだが、その魅力はその台から溢れていて、子供たちを丸々と包んで悩ましてくるのだ。そこにいた子供の誰もが懐事情と相談しながら今日の選択を決断している。


「ビンラムネは買ってくか。チョコバットは家にあるし、きなこ棒は前に食いまくったしな。ちくしょう、迷うな」


 大平翔太は無数に用意されたラインナップを前にして、腕組みしながら顔をしかめていた。右手には、百円玉が三枚握られている。一日の予算にしては充分すぎるほどにも感じられるが、それを駄菓子だけに消費してしまうわけにもいかないからこそ翔太は短く刈り込んだ髪を掻き毟って悩むのだ。けれども、その悩みは本来かなり間違っている。


「ちょっと、違うよね。今日は駄菓子じゃないよね」


 その背後にいた面出晶はその小柄な体格と同じように自信なさげなか細い声で翔太に抗議した。彼も翔太と同じように小銭を握りしめてはいるが、翔太とは違い駄菓子に興味は向けていない。その視線を、何度も駄菓子屋の奥に向けているのがその表れだ。翔太もつられて視線を駄菓子屋の奥に向けた。


 駄菓子屋の奥には、店先の台とはがらりと変わったラインナップが展開している。


 ヨーヨーやライナーボール、水鉄砲などの子供が遊ぶ分かり易いおもちゃらしいおもちゃが並んでいるのだ。


「BB弾ピストルか……それで遊ぶか?」


 翔太は、店の奥の台から全く重量感のないおもちゃのピストルを手にしてつぶやいた。フフン、と軽く笑って、それを晶に突きつけてみる。


 それを見て、晶は更に困ったような表情を作る。


「それも違うよ。ていうか、今日はそういう遊びじゃないじゃん」


 それを聞いて、翔太はつまらなそうにピストルを台に戻す。


「なんだよ、分かってるよ。でも、ここきたら駄菓子買いたくなるじゃん」


「だから、駄菓子じゃないよ。分かってないよ。バクダンだよ!」


 晶は腕を小さくも力強く振りながら翔太に抗議した。そして、店の奥の壁に設えられた棚のケース、一番上に展示されているアイテムの一つを指さす。それは、子供の両手の平で抱えてもはみ出るくらいの大きさで、真ん丸とした形をなし、やたら黒光りしている。頂点から長々と紐状の何かが伸びているが、それ以外の飾りは一切ない。駄菓子屋に置いてある他のおもちゃとは雰囲気が全く違っている。ケース前にはこう貼り紙されていた。



『バクダン 2個1セット 1000円』



「これで崖を吹っ飛ばすんでしょ!」


 晶はまた両腕を小刻みに振りながら翔太に訴えかけた。


 二人の目的は、駄菓子ではなくこのバクダンだ。衝動性が強い翔太はうっかりと魅力的な駄菓子の数々を見て興味が逸らされ、バクダンのことが頭から一時的にも離れていたのである。


「そうだな……」


 駄菓子を見て興奮していた勢いはすっかりとそがれ、翔太は少し口をとがらせながらも晶から目を離した。そして、そのまま目線を手の中にある小銭に落とす。そこにある小銭は、百円玉三枚だけだ。


 バクダンの値段は、1000円である。


「バクダン買うから、700百円出して」


 翔太は、素っ気なく言った。そこに後ろめたさを感じられはしない。


「一昨日、500円持ってたじゃん。200円は?」


 晶の目は、翔太をとがめるというより理不尽に自分が多く出さなければいう状況への疑問である。怒りよりも、不安と疑念しかない。


 しかし、そんな晶の目線にも翔太は憮然とした表情で対応するのだ


「昨日使ったよ。しょうがないだろ。それに、お前は俺より小遣いもらえてるんだろ。少しくらい多く出せよ」


「えー……多くもらえてるとか、そういうんじゃないでしょ」


「いいから、出せよ。その分、俺がやってやるよ」


 晶は、当然ながら釈然としない気分を抱えたままである。しかし、この翔太の態度は今日に始まったわけではない。これまでにも、それこそ嫌となるほど味わってきた態度だ。そして、こういう場はどうすべきか心得ていた。


 晶は渋々ポケットから700円を取り出した。


 それを見るなり、翔太はすぐさま晶の掌から百円玉七枚を奪い、自分が持っていた三枚の百円玉を足して店の奥へ呼びかける。


「兄ちゃん、買うよ!」



第3話に続く

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