マジカルアドベンチャーが始まったけど、ドアの修理代が払えない

クロフネ3世

第1話 序章

 惣菜屋の充は、何気なく目の前のパン屋に貼られているポスターを眺めていた。商店街キャラクター祭りと題して、一か月後に商店街で開かれるお祭りを案内したポスターである。もはや子供たちも喜ばなさそうな椰子の実に目玉が付いたようなかわいくもないキャラクターの写真が大きく載っている。


 そんなことしても、商店街が賑わうはずないだろ。


 充は心の中で愚痴る。実際、平日の午後とはいえ、惣菜屋の前を通る人間は両手で数えるのに十分なほどであった。それでも、夕方くらいになればそれなりに客は訪れるのだが、賑わいを見せると言えるほどの集客ともいえない。それだけに、目の前に見えるポスターの宣伝文句に心が引っ掛かってならないのである。


「ふ~ん……」


 思わず、充の口から気の抜けた声が漏れてしまう。しかし、それを咎める者なんてだれ一人いない。向かいのパン屋でも、店番をしている主婦が暇そうに雑誌を広げているのだ。これが商店街の日常である。


 あまりにも暇なので、充は目の前のパン屋の店先から見えるパンを眺めていた。本当に何気なく眺めていたのだが、視界に黒い影のような何かがよぎりハッとする。影というか、空気の揺らぎが実体化したかのような曖昧で明確に表現しにくい何かだ。しかし、それは目を凝らしていれば知覚できる。


 黒い揺らぎはパン屋の前を通り、そのまま誰もいない商店街を直進していく。


 思わず、充は気になって店番を放り出しその揺らぎの後を追っていく。幸いにも、ゆったりとしたスピードで、追いかけるために走り出すほどでもない。むしろ、何かを引きずるかのように、ググッと進んでは止まりを繰り返している。


 しかし、揺らぎはある店の間で不意に消えた。


 駄菓子屋の前だ。


 そこで充は違和感を覚える。


 なぜなら、駄菓子屋は少し前から店を仕切っていたばあさんが倒れて店を閉めていたからだ。充も子供の頃に利用していた思い出深い店なだけに、その閉店は惜しんでいた。だが、その駄菓子屋はいつの間にか開いていた。充が気付かなかっただけで、ばあさんが復調したのだろうか。充は、普段からあまり店から出ようとはしないし、やっていることは店番であり店の主な業務は両親が担当している。だから、ここしばらくは駄菓子屋の方へは来ていなかった。気が付かないのも無理はないが。


 充は、少し離れた場所からそっと駄菓子屋の店先を覗いてみる。店先には誰もいない。駄菓子は整然と並んでいるが、そこにはばあさんどころか誰の姿もなかった。あの揺らぎも消えている。


 やはり気のせいなのかな。


 充は不可思議な気分に浸りながらも、踵を返して自分の店に戻ろうとした。


 そして、自分の店がある方角へ振り向いた瞬間、


「……あれ?」


 充の視界の端に何か黒い影が動いた。


「……ありがとう」


 更に、駄菓子屋の奥から声が聞こえてきた。抑揚のない、ありがとうと感謝の言葉にしては誠意の欠片も伝わらない声が。


 充は、慌てて振り返る。


 すると、駄菓子屋の前には、野球帽をかぶった小柄な少年が立っていた。その背には、少年の体を覆うように大きなリュックが背負われている。


 店の奥を目をぐっと凝らして見れば、まん丸い影が薄らと見える。恐らく、その陰がありがとうと答えたのだろう。


 どういうこと?


 充は、急に表れた二人の姿に、手の込んだマジックを見せられたかのように戸惑いを隠せず目を大きくして凝視していた。確かに、最初は誰もいなかったのに。目を離した隙なんて五秒あるかどうかなのに。子供は、駄菓子屋から出るとゆっくり店の奥に手を振っている。その姿があまりにも自然なだけに、充は自分の方がおかしくなったのではないかと思えてきた。


 思考が停止してしまい、意味もなく出てきた少年の顔を凝視し続けてしまう。髪が長く、かなりざっくりとした髪型のために目が少し前髪で隠れていた。その前髪が、ふと風に揺れて顔の表情全体が一瞬見えた。


 まさに、恍惚の笑みがそこにはあった。



第2話 へ続く

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