水島と小早川

 水島は国内最大手の人材派遣会社「オーエン株式会社」に勤める会社員。小早川は水島の同期だった。体育会系で上昇志向が強い水島に対し、マイペースで淡々とした小早川は対照的な性格をしている。ただ、貪欲に仕事に取り組む姿勢だけは共通していた。自分とは全く違うアプローチにも関わらず、結果を出していく小早川は、水島にとって新鮮かつ刺激的な存在だった。

 どちらかというと、水島が小早川を気に入って積極的に話しかけていたのだが、小早川も悪くは思っていなかったようだ。ややとっつきにくい性格の小早川は1人でいることも多く、本人もその方が心地良かったが、水島の誘いは断らず、2人でよく飲みに行った。


 次第に、同期の中でも優秀な2人の存在は際立つようになってきた。水島がライバルとして意識するようになったことに加え、互いに多忙になったこともあり、職場の外で会う機会は減っていた。


 3年も経つと、小早川の活躍がそこかしこで聞こえるようになった。新しい企画を打ち出し、次々と成功を収める小早川の活躍をおもしろくない連中は大勢いて、水島も複雑な心境だった。水島も同世代の中では仕事ができる方だったが、小早川はずば抜けていた。

 同期であり友人でもある小早川に水を開けられるのは、負けず嫌いの水島にとって屈辱的なことだった。

 しかし、妬んでいる暇はない。オレはオレのやり方でやるしかない、と一層、仕事に打ち込んた。


 入社5年目の秋に、突然、何の前触れもなく小早川は会社を去った。しかし、誰もさほど驚かなかった。これだけ仕事ができる人間なら、早々に退職して起業するのはよくある話だ。

 自分に教えてくれなかったことは、水島にとってショックだったが、あいつの性格を考えると不思議なことでもないか、とすぐに考えを改め、多忙な日々に埋もれていくように思い出すことも減っていった。


 それが半年前、思いがけず再会を果たした。


 小早川が去った後、水島は順調に結果を出し、同期の中で頭一つ出ていた。小早川がいたら、あいつの方が上だったかな、などと自嘲気味になることもあったが。


 ある時、新しいプロジェクトを始めるからと上司に呼び出された。その部屋に小早川がいたのだった。


 小早川は予想通り、退職後、準備期間を経て起業していた。会社の事業内容は転職エージェント。オーエンと提携を結んで、独自のビジネスモデルを展開していくという。その場で詳しい話はなく、水島は小早川の事務所で手伝いをするように、とだけ伝えられた。


 あまり気は進まなかったが、会社命令だから仕方ない、と事務所を訪れた水島は驚いた。怪しいビルの一室で、従業員は彼1人だったのだ。水島は本社で継続中の仕事もあったため、ゆっくり話す時間もなく、訳が分からないまま、新しい仕事が始まった。

 小早川の依頼で、仕事の合間を縫って、会社のデータベースを使って情報収集や資料作りを手伝った。

 客の転職先をこちらで指定して、強制的に3か月間、働かせるという奇妙なシステムについては、先日知ったばかりだった。


 そして今回、手持ちの仕事がひと段落し、こちらの仕事に注力できるようになったため、初めて一から案件に関わることになったのだ。


 まさか、小早川の下で働くことになるとは。

 水島は予想もしていなかった今の状況を振り返った。


 あいつが会社にいた頃は、追いつけそうで追いつけない状況に焦りもあった。かといって、あいつがオレの上司になるほどの差はなかった。10年後くらいに、出世争いで比較されることはあっても、今後、一緒のチームになることもないだろう。小早川が辞めるまでは、そんな風に考えていた。


 仕事を組むのはいいが、小早川が自分のボスというのは気に食わなかった。

 しかし、これはプロジェクトの一環に過ぎない。元同期ということは関係なく、一時的な出向だ。オレは今後、出世していくだろうから、今の時期に外で勉強してこいということだろう。そう、武者修行なのだ。

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