第54話 恋人

「えっ、だめですよ。ああっ」

 女神さまは、カナレの身体の中に入って行った。

「うん、カナレの中はなんだか落ち着くわ。やっぱり実体があるっていいわね」

「女神さまは、実体はないんですか?」

「ええ、ないわ。ご主人さまが見ているのは、現代的に言うと3Dホログラムみたいなものね」

「ええっ、そうなんですか?」

「だから、実体のある生命に入ると落ち着くの」

「だからと言って、勝手に入らないで下さい」

「いいじゃない、あなたに身体を与えたのは私なんだし」

「ああ、もう分かったから、大学へ行くぞ」

 ひとつの身体に二人の人格があるのは、ほんとにややこしい」


 俺は大学に行き、大学が終われば、レストランのバイトに行く。

 カナレは勤めるケーキ屋が閉店になると、俺のバイト先のレストランに来て、ここでもバイトをしてくれる。

 そして、今日も閉店しようとしていた時だ。

「失礼」

「はい、いらっしゃいませ、あれ、この前の刑事さん…」

「すまないが、ちょっと聞きたい事があってね…」

 刑事さんを見て、店長とカナレもやって来た。

「石田くんだったよね。この前の日曜日の夜、何をしていたかな?」

「日曜日はバイトが早く終わるので、アパートに帰って、食事をして寝ましたが…」

「二人とも?」

「そうですが…」

「一応、君の事は岐阜県警にも問い合わせたんだが、姉さんは居るようだが、妹さんはいないという事だった。

 この女性はどういう関係かな?」

「…」

「…」

 警察の言葉に、俺もカナレも言葉が出ない。


「一緒に暮らしています」

 嘘ではない。もともと妹というのが、嘘だったのだ。

「それは、同棲しているという意味だな」

「ええ、そうです」

「それで、そちらの女性の素性は?」

「カナレが、何かやったと言うのですか?」

「いや、そういう意味ではない」

「何を聞きたいのか、ハッキリ言って下さい」

 店長も来て、おどおどしながら、俺と警察の話を聞いている。

「いや、特にこれと言っての話ではないんだ。

 既に知っていると思うが、工場跡地で防衛大臣の遺体が発見された」

「それが俺とカナレに、関係あるんですか?」

 俺の質問に、刑事は答えようとしない。

「その遺体は、動物に噛み殺されたような傷があり、それが致命傷で絶命したという事も分かっている。

 それで、もしかしたら君が、その動画を持っているんじゃないかと思ってね」

「どうして俺が動画なんかを…」

「暴走族が殺害された現場の動画を撮影したのは、君じゃないのか?」

 いきなり、そう聞かれて、俺は動揺した。

 恐らく俺の動揺をその刑事は、見逃さなかっただろう。


「カナレ、俺の嘘を見破られた」

 念話でカナレに伝える。

「ご主人さま、私がどうにかします」

 これは女神さまだ。女神さまが、念話で会話してきた。

「さあ、知りませんが。何か証拠はあるのですか?」

「いや、無い。だからまた来る」

 そう言うと、中年の刑事は若い刑事を連れて店を出て行った。


「石田くん、カナレちゃんは妹じゃないのか?」

「すいません、実は一緒に暮らしています」

「まあ、君もいい年だから、彼女の一人ぐらい居てもおかしくはないが…、それにしても恋人同士だったとは。

 石田くん、こんないい彼女は他にはいないぞ。大事にしろよ」

「え、ええ、大事にします」

 俺はそれだけ言うのが、精いっぱいだった。


 店を出ると、刑事がつけてきた。いつもの通り、公園を通ってアパートに帰る。

「狐がどうにかなったと思ったら、今度は刑事か。さて、どうしたらいいものか?」

「ご主人さま、私に任せて下さい」

 どうやら、女神さまが、どうにかしてくれるらしい。

「女神さま、どうしますか?」

「簡単です。今から、あの二人の記憶を消してきます」

 カナレは猫の姿になると、その姿を消して、窓から出ていった。


 しばらくすると窓から帰ってきて、元の姿に戻った。

「ご主人さま、終わりました。二人は帰りました。もう二度とここに来る事はないでしょう」

「そうか、それは助かった。女神さま、ありがとう」

「旦那さまになるんですから、当然の事です」

「えっ、旦那さま?」

「そうですよ。さっき、店長にも言ってくれましたよね、『大事にします』って」

 言った。たしかに言った。

「いや、女神さまは実体がないじゃないですか。それなのにお嫁さんって…」

「私もお願いします」

「えっ、カナレも?」

「そうよ、身体は一つだから重婚にはならないわ。ご主人さま、二人ともお嫁に貰ってね」

「いやいやいや、ちょっとそれは…」

「私たちじゃ不満?」

「不満じゃありませんが、カナレは乳房が8つあるんですよ」

「えっ、そう?」

「テラちゃんが、人間にする時に間違ったんです。ちゃんとした人間にして下さい」

「あっ、ごめん。これでどう?」

 カナレの身体を白い光が包む。

 すると、カナレが自分の身体を触っている。

「おっぱいが2つになった。やったー、ちゃんとした人間になった」

「おっぱいは、ちょっと大きめにしておいたわ。たぶん、ご主人さまもこっちの方が好きだろうと思って」

「ありがとうございます」

「あ、あのー、もし、これでカナレと結婚しなかったら…?」

「さあ、狐のようになって未来永劫、ご主人さまを恨むでしょうね」

「女神さま、そんな怖い事を…」

「あの狐だって優しい子狐だったのよ。カナレだって、どうなるか分からないわ」

「えっと、もし浮気とかしたら…」

「私は、ご主人さまと一緒に暮らせるなら、ちょっとの事は我慢します」

「私はだめ。その時は相手を地獄に落とすわ。女神は嫉妬深いのよ」


「いやいやいや、女神さま、そんな怖い事を。ところで、地獄ってほんとにあるんですか?」

「あるわよ、私が作ったから。その時は閻魔くんにも、ちゃんと地獄に落ちるように言っておくから」

「閻魔くんって…」

「あら見た事ない?今度、連れてくるわね」

「いえ、結構です」

 閻魔大王がこんなところに来られたら、それこそ堪ったもんではない。

「だけど、俺も学生ですから、今、結婚するなんて無理です。少なくとも、どこかいいところに就職して、カナレを養えるようにならないと」

「と、いうことは結婚はokということね」

「ご主人さま、ありがとうございます。私は今、幸せです」

 たしかにカナレはは美人だし、性格もいい。家の事だっていろいろとやってくれる。

 お嫁さんにしたら、これ以上の女性はいないだろう。

 それに、俺はカナレが好きだ。

「女神さまは、どうするんですか?」

「カナレの中にいて、一緒にお嫁さんになります。だってそうしないと実体がないんだもん」

「女神さま、ご主人さまに甘える時は私優先ですからね」

「もう、分かっているって」

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