第44話 火事
座っていた男が立ち上がったが、なんだかいかにも操られているという感じで、よろよろしている。
男はよろよろしながら、猿のゲージの鍵を開けだした。すると、猿がゲージから出て来て、部屋の中を歩き回る。
猿は餌の入った箱から餌を取り出すと、そのまま食べ始める。
男は全てのゲージの鍵を開けると、その部屋を出ていった。
その男の後ろをカナレが姿を消したまま、追いかけて行く。
男は別の部屋に入ると、同じように獣のゲージの鍵を開けだした。
今度は猿だけではなく、犬や鳥もいる。それらの獣がゲージから外に出て、廊下を歩き廻る。
恐らく、監視カメラで見ていたのだろう、警備員らしき男たちがエレベータで降りて来て、逃げた獣を追いかけ出したが、猿なんかは人間より小さく見えても、俊敏だし力もある。
そう簡単に捕まえられるものではない。
「おい、そっちに行ったぞ」
「あっ、痛たた」
「こら、大人しくしろ」
大人しくしろと言っても、言われて大人しくする訳がない。
カナレはその隙にエレベータの中に入った。
この階の騒動が伝わったのだろうか、他の階からエレベータが呼ばれた。
エレベータが地上階に到着するとカナレはエレベータの外に素早く出る。反対に警備員らしき、男たちが乗って来た。
「カナレ、そのまま屋上にある受電設備を破壊できないか?」
念話の能力を使ってカナレに指示を出す。
「屋上に行ってみます」
カナレは2階に通じる階段を上って行き、更に、そのまま階段を上がって屋上階に出た。
そこで、姿を変化させて人になった。
階段の先に機械室と書かれた部屋がある。扉を開けると、鍵が掛かっていないのか、簡単に開いた。
中に入るが、暗い。普通の人間なら、ここで、電気を点けるところだが、カナレは猫なので、暗闇でも見える。
エレベータの機会室を通った先に電気室と書かれた部屋があったので、こちらにも入ってみると、そこには受電設備が置いてあった。
「よし、これを壊したいが、どうしたら壊せるだろうか?ダイナマイトでもあればいいんだが…」
「では、私の出番ね」
また、女神さまだろうか?
「テラちゃん、出来ますか?」
「出来ますかって何よ。ご主人さまは、私を誰だと思っているの?」
「えっ、失礼しました。それではテラちゃんに任せます」
女神さまになったカナレは、右手を前に出すと、そこに白い光が集り出した。
驚いて見ていると、手の先から火の玉が出て、変圧器を包み、変圧器が燃え出す。
「これでどう?」
「テラちゃん、流石」
「へへん」
「よし、停電したのを確かめて、引き上げてくれ」
「「了解」」
二人が同時に返事をしたようだ。
機械室から屋上に出ると、機械室の排気口から煙が出ている。その煙が火に変わるのを見届けて、カナレはその場を離れた。
カナレは、バイト先のレストランのロッカー室から、空間の狭間の部屋に転移し、今は俺の前に座っている。
「カナレ、お疲れさま。これでしばらくは狐も手が出せないだろう。だが、毒ガスを作っていたとはな」
「毒ガスもそうですが、細菌の方だったら危なかったです」
そんな話をしていたら、遠くに消防車のサイレンが聞こえた。
「どうやら、消防署が消火に行ったみたいだ。こうなると、狐も消防署の立ち入りとかがあるから、責任を問われるだろう」
だが、工場跡地の建物の火災の件はニュースにならなかった。
恐らく、防衛施設ということで、もみ消したのだろう。
ニュースになっていないので、被害も分からない。
「カナレ、ニュースになっていないので、あの建物がどうなったか知る事が出来ない」
「では、また見て来ましょうか?」
「いや、待て。相手も恐らく俺とカナレの仕業だと思っているだろう。そして、ニュースになっていないから、様子を見に来ると思っているに違いない。
ここは大人しくしていよう」
俺とカナレは動かなかった。
すると相手も痺れを切らしてきたのか。また、アパートを見張るようになった。
部屋の中を探しても何もないと分かっているのか、それ以上は何も手を出して来ない。
大学やバイト先にはつけて来るが、これは前と同じで、精神的な疲労を狙っているのだろう。
「カナレ、またつける来るようになったけど、どうしようか?」
「また、精神的な疲労を狙っているのでしょう。たしかに毎日だと精神的に参ってしまいます。
ちょっと、困りましたね」
「また、河川敷に誘き出すか?」
「同じ手は二度も通じないでしょうから、いっそ、こっちから出向いてみませんか?」
カナレの言うとおり、俺とカナレは部屋を出て、見張りをしている男たちの方へ向かった。
男たちは車の中から見張っている。
「トントン」
俺は窓ガラスをノックした。
男たちは車の中で固まっている。
「ちょっと、聞きたい事があるんだが…」
「…」
男たちは何も言わない。
「無視するようなら警察に届けるがいいのか?」
「…」
やはり何も言おうとはしない。
「カナレ、行こうか」
俺とカナレが男たちの車から離れると、男たちは歩いて後をついて来る。
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