第38話 大臣のイラつき

 それからは不思議と何も起こらなかった。

 狐も何も仕掛けては来ない。

 そして、やつらがウィルスをばら撒くよう計画していた2月2日になったが、インフラは何事もなく動いている。

「カナレ、狐たちの動向が気になるな」

「ではちょっと、見て来ましょうか?」

「そうか、では頼む」

 カナレは、また猫の姿になり、民家の屋根を駆けて行った。

 カナレとの念話の能力で、カナレの見ている風景や音が俺の頭の中にも流れ込んでくる。


 俺は自転車を取り出すと、斎藤たちがアジトにしていたマンションに行ってみる事にした。

 斎藤たちのマンションの前に来ると、ベランダにあったアンテナが見当たらない。

 恐らく、東南アジアに行ったのではないだろうか。

 だが、ウィルス入りのUSBメモリーは俺の所にあるので、斎藤たちはコンピューターウィルスをばら撒くと嘘を言って、東南アジアに行き、そのまま行方をくらましたのだろう。

 部屋を訪ねてもいいが、やつらの仲間が罠を張っている可能性があるので、ここはこのまま立ち去る事にする。


「カナレ、斎藤たちのマンションに行ったが、既にもぬけの殻だ。罠がある可能性が高いから、そのまま帰ってきた」

「ご主人さま、こちらは議員宿舎に着きました。大臣の部屋のところに向かいます」

 カナレが大臣の部屋の所に移動すると中の話し声が聞こえてきた。


「東南アジアからウィルスを撒いたのだろう。何故、何も起きない?」

「現在、原因を調査中です」

「東南アジアに向かった二人は何と言っている?」

「連絡がつきません。行方不明の状態です。工作員は一旦、作戦行動に出ると連絡を遮断しますので、直ぐに連絡が出来る状態ではないという事もあります」

「もし、失敗したら、分かっているだろうな」

「本人たちも、それは分かっています」

 防衛大臣が、かなりイラついているのが話し声から分かる。


 大臣と話をしていた男が部屋から出ていくと、大臣が独り言を言う。

「くそっ、どいつもこいつも役立たずばかりだ」

 大臣が部屋の中を歩き回る音もカナレの聴覚から察する事ができた。

 カナレの聴覚はかなり性能がいい。

「コンコン」

「誰だ」

「安藤です」

「入れ」

 今度は「安藤」という人が入って来た。

「大臣、政治活動費の件ですが、だいぶ底をついてきました。アメリカさんの企業からの応援がないと、今度の選挙はかなり厳しい状態です」

「そこをどうにかするのが秘書の仕事だろう」

「ですが、秘書にも限界があります。多額の費用を確保するとなるとやはり、大臣に動いて貰わないと…」

「支持者の方からはどうだ?」

「はい、日本の企業にも声をかけていますが、闇献金になると国会で野党から追及される可能性が高いので、なかなか難しい面があります。

 アメリカからなら、仮想通貨を使って迂回できるので、足はつきません」

「そうか、アメリカ側の企業に頼んでみるか?そうなると、あと少しは軍備をアメリカさんから購入しない訳にはいかないな」

「国交省の大臣に相談して、民間機の導入という方法もありますが…」

「ああ、木下大臣は堅物だから、その話には乗らんだろう。昔、同じような事を総理大臣がやって痛い目を見ているからな、まあ同じ轍を踏むほどの人とも思えないしな」

「そうですか、大臣は大丈夫ですか?」

「それぐらい命を懸けてやらないと、この国は外国からの侵略を許してしまう。

 澄んだ水の中には魚は住まないというから、多少の汚れは覚悟してやらねば、大臣は務まらんよ」

「はっ、大臣がその覚悟でしたら。私もお供します。それでは、早速、アメリカの企業に渡りをつけます」

 そう言うと、男は部屋から出ていった。


「ふん、何が、大臣がその覚悟でしたら、私もお供しますだ。あいつも使い道がなくなったら始末するか」

 大臣がまた独り言を呟く。

 今度は大臣が電話をかける音がする。

「ああ、俺だ。玄関前に車を回してくれ。今日は帰る」

 そう言うと、コートや鞄を取り、部屋を出て行く音がした後は静かになった。


「カナレ、もういい。帰って来い」

 カナレの視界が変わったと思うと、景色が凄い勢いで後ろに流れ出した。

 カナレが移動に移ったのが分かる。

「大臣はかなりイラついていましたね」

 カナレは走りながら念話で聞いてきた。

「そうだな、金が底をついてきたので、また何かやりそうだな」

「アメリカの企業に働きかけるのでしょうか?」

「それだと、手元に金が入るまで、時間がかかるだろうから、当座の資金を確保するために手っ取り早く、何かやると思うな」

「また、現金輸送車を襲ったり?」

「そうかもしれないし、銀行強盗かもしれない」

「仮想通貨なんて事も言ってましたね」

「そうだな、コンピューターをハッキングして仮想通貨を盗み出すかもしれない。いずれにせよ、やつらの手の内が分からない事には対処のしようがない」

「ご主人さま、あの秘書の方も見張りますか?」

「いや、あっちもこっちもでは大変だ。ここは大臣だけ探ることにしよう」


 それから数日経った時だ。俺の部屋に空き巣が入った。

 だが、俺の部屋は今は空間の狭間にあるので、俺とカナレ以外の人間が空き巣に入ったところで、部屋の中には何もない。

 だが、現実世界の部屋は空間の狭間にある部屋から映像で見えるようになっており、録画もできる。

 俺は帰ると必ず、録画してある画像をチェックしているが、現実世界の部屋に入った空き巣は黒い衣装に目出し帽を被った男2人組だった。

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