第23話 狐の都合

「そんな、心当たりはありません。私は大学生ですから、人に迷惑をかけるような事もしていませんし」

「まあ、そうだろうな。ああ、それではこれまでで結構だ。もう、帰って貰って構わない」

 警察の事情聴取を終え、俺は帰途についた。


「それで、警察は何と言ってましたか?」

 アパートに帰ると早速、カナレが聞いてきた。

「まあ、普通の事情聴取だよ。だけど、相手の男は何で俺を襲ったか、分からないらしい」

「それも狐の仕業でしょうか?」

「まあ、そう考えるのが筋が通るけど…、だけど、狐は俺とカナレに手出しをしないと言ってたが、気が変わったのかな?」

「そうかもしれません。憑いている宿主を変えたのにも何か、理由があるのかもしれません」

 そんな話をしていたが、カナレと一緒にアパートを出て、バイトに向かう。

 今日は警察の事情聴取があるということで、店長に連絡してあり、俺が遅く入る分、香苗さんが残業してくれている。

 カナレは勤めているケーキ屋の仕事は休みだったので、今からレストランでバイトをする。

 二人、レストランの裏口から入って、香苗さんと交代してホールに立った。


「もう、待ちくたびれたわ。それで、警察の方はどうだったの?」

「一応、状況だけ話して終わりです」

「そう、それじゃ、後はお願いね、早く行かないと子供も待ちくたびれているだろうから」

「はい、お疲れさまでした」

 香苗さんは、保育園に預けている子供を引き取りに行った。

 香苗さんの子供はこの前の工場火災で、有毒ガスを吸って身体の調子が悪いような事を言っていたけど、どうなったのだろう。


「いらっしゃいませ」

 カナレが、これ以上ないようなスマイルでお客さまを迎えると、お客さまも思わず微笑んでしまう。

「それじゃ、ディナーのコースで」

「畏まりました。このディナーにワインとかはいかがですか?」

「えっ、そうだなあ、ではこの赤ワインを」

「ありがとうございます」

 きっと、お客さまはワインを頼むつもりはなかったのだろうが、カナレがにっこりと微笑んだので、思わず頼んでしまったのだろう。

 そういう意味ではカナレの接客は上手いのかもしれない。


 仕事が終わった俺とカナレが、いつものように公園の中を通っていると、前に一人の男が立ち塞がった。

 また、通り魔かと思い二人で身構える。

「そう、気を張るな。今日は話し合いに来たんだ」

 俺とカナレはこの男に面識はない。俺とカナレに馴れ馴れしく接してきたという事は、この男は狐が憑いているに違いない。

 カナレを見るが、俺と同じ事を思っているようだ。


「この前、俺とカナレを襲わせたのはお前だろう」

「あの程度で排除できるなら、苦労はしないさ。あれは一種の警告だな」

「俺とカナレは襲わないのじゃなかったのか?」

「それは前の宿主の約束さ。私はそんな事を約束した覚えはない」

「だが、どちらもお前の指示で動いているのだろう。宿主が変わったからといって、約束を反故にするのは卑怯じゃないか」

「人間に憑いているからといって、全てを自由に出来る訳ではない。その点、あの女はまだ良心が残っていたので、憑いているのは少々都合が悪かった」

「だから、殺したのか」

「その言い方は、適切でない。私としては、宿主を変えただけだ」

「だが、一人死んでいる」

「死ななければ、宿主は変えられない。仕方のない事だ」

「仕方ないだって。人が死んでいるんだ」

「人間だって、動物を簡単に殺すじゃないか。動物が人間を殺したって何が悪い。

 そこの猫だって、人間に殺された猫ではないか?」

 そうだ、元々、カナレは人間に殺され、それを女神さまが生き返らせてくれて、俺の所に居る。

 俺は狐のその言葉に反論できなかった。

「お前は、人間への復讐が目的だと言っていた。この前の工場火災もお前の仕業だろう?」

「そうだ、あの男は野心だけはあったが、力がなかったので、あれぐらいにしか使い道はなかった。

 人間社会というのは便利で、都会に来ると欲望がいくらでもあるので、私としては苦労はしない」

「お前の目的は人間への復讐か?」

「そうだな、いろんな意味でそれが正しい。人を殺す事、金を盗む事、破壊する事、全てが復讐だ」

「金なんて、お前には使い道がないだろう?」

「そんな事はないさ。人間はほんとに便利な仕組みを造ってくれた。金があると人間社会でいろいろと都合がいい。

 これは使わない手はない。

 さて、情報提供は終わりだ。君たちにはここで消えて貰おう」

 その言葉を聞いて、カナレが身構えた。

「そう、慌てるな。ここで化け猫になると近所の家や通行人から見られるぞ。

 私が格好の場所を提供しよう」

 そう言うと、空間が歪み始めた。

「今、空間の狭間に居る。ここは時間が流れないし、他人からも見えない場所だ。

 心置きなく戦えるだろう」

 狐はそう言うと、四つん這いの姿になり、さらに狐の姿に変化していく。

 カナレも大猫の姿になり、見た感じは白虎のようだ。

 コングでも鳴った訳でもないのに、二匹が同時に飛び掛かった。

 相手の喉を食い千切らんと、上と下が入れ替わりながら、戦っている。

 人間の俺はどうする事も出来ず、その戦いを見ている。

 カナレが負ければ、俺はあの狐に殺されるだろう。それはカナレも分かっている事だ。

 二匹の力は互角なのか、全身が血まみれになっても決着がつかない。

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