Virtual Game OutRange 1 -スカートの中にある冒険-

工事帽

第1話

 VR(ヴァーチャル・リアリティ)。その言葉は幾多の娯楽の一つとして生を受けた。

 仮想現実とも呼ばれるその虚構の空間に、様々な物語を詰め、その世界でしか通用しないルールで無限の自由を謳歌する。


 その娯楽は、ヘッドセットと呼ばれる被る物から始まった。それは次第にその範囲を映像と音のみならず、臭い、声、そして触覚まで網羅するに従って全員を覆うように進化していった。

 VRはその汎用性の高さから、娯楽だけではなく、教育にもビジネスにも、そして軍事にもその用途を広げていったが、娯楽は、多くの娯楽がそうであるように、黎明期の起爆剤となったのは、エロであった。


 人の三大欲求と呼ばれる、食欲、睡眠欲、そして性欲。


 生き物の原始的な欲望であるこれらのうち、食欲、睡眠職はそれを拒み続けると死に至る。正に、生きていくための根源である。

 そして性欲。拒んだとしてもそれ自身が自分の命に関わるわけではない。だが、時代の命に関わる最後の欲求は、人類の歴史の重みを持って個人に迫る。


 黎明期を遥かに過ぎ、多くの用途でVRが利用されるようになった。それは、直接的なエロ表現を含まないジャンルへも波及した。

 他の娯楽と同様に、広がりと共に、エロは害悪とのレッテルを張られ、自主規制の枠組みが作られる。


 しかし、一方では間接的な表現を含む、ソフトなエロ表現への需要は根強い。

 僅かに覗く日焼け跡。下着が見えそうで見えない体勢。至近距離での会話。

 エロではないと言い張れるギリギリのシチュエーションは、ジャンルを問わず多用され、コンテンツの人気の一端を確かに支えていた。


          *


 控え目に言って、俺はこのゲームにハマっていた。

 剣と魔法のRPG。

 オフラインゲームで、細部のシナリオには選択肢での変化はあるものの、ラスボスである魔王を倒すために旅をする。言ってしまえばそれだけの、昔からよくあるRPGだ。


 VRゲームとして、以前のRPGにはない没入感はあるものの、MMOのオンラインゲームのように友人達とパーティーを組んで戦う面白さも、アイテムの売買で巨万の富を築く面白さも、そこにはない。

 あるのは、強くなり、敵を打ちのめす爽快感と、ストーリー。そんな言い方をしてしまっては、俺がこのゲームにハマる理由も分からなくなってしまうだろうか。


 まず、このゲームはストーリーが最高だ。

 仲間達との出会いも、別れも、主人公が戦いを決意し旅立つところも。


 次にサイドストーリーも最高だ。

 仲間たちと出会う前、別れた後。度々街で出会う商人。何年も前に引き裂かれた家族の葛藤と再会。騎士としての義務と、敵として再会した親友。

 多くのサイドストーリーがあり、普通にクリアするだけでは知ることも出来ない物語たち。


 そしてギミックが最高だ。

 剣を振り、魔法を放つモーション。スカートの揺れ具合。隠されたいくつものミニゲーム。水に濡れた服の透け具合。

 細部まで作り込まれた3Dモデルは、仲間達のみならず、戦いの相手であるモンスターも、街で出会うNPCも細部まで作り込まれている。

 鱗や鎧を切りつけたときの固い感触。鈍器で殴りつけたときのしびれるような衝撃。滑らかな髪の手触り。弱点をついたときのエフィクト。頬っぺたの柔らかさ。


 全てが最高だ。


 もちろん、他のユーザーにとっては不満がある人もいるようだ。

 曰く、ストーリーのこの部分が気に入らない。

 曰く、NPCの行動が古臭いランダム動作でAIになってない。

 曰く、ボスが強すぎる。

 なるほど、言いたいことはよく分かった。でもあえて俺はこう答えよう。「そうだな。最高だよな」と。


 そんなストーリーの最初から最後までを何度も繰り返し、全てのサイドストーリーをクリアし、全てのアイテムをコンプリートし、保存したスクリーンショットは数千枚になる程度にはこのゲームを嗜んでいるこの俺だが、つい最近になって気になる情報を手に入れた。


 それは一枚のスクリーンショットで、場所はラストダンジョン。

 それだけなら、なんてことのない普通のスクリーンショットだが、付けられたコメントには「****城を出たら敵つよすぎワロタ」。


 ****城を通過するのは序盤も序盤。ラストダンジョンどころか、最初のダンジョンへ挑むあたりだ。そしてそれはスクリーンショットの片隅に表示されているステータスと一致する。

 だが、まあ、それだけならラストダンジョンの背景と、序盤のステータスを合成しただけの編集画像で片付けられる。実際、投稿されたコメントには「編集おつ」「地味なことしてんな」「釣れますか?」と言った画像編集を揶揄するコメントばかりが並んだ。

 投稿者は画像編集を否定はしたものの、真面目に聞く者はいないように見えた。


 事態が動いたのはしばらくの後、別のプレイヤーが「****城のイベント中にバグるぞ」と言い出してからだった。


 バグの内容が「真っ暗なマップに飛ばされる」というもので、それを見た数人がバグの再現を試みたが、再現出来たのは一人だけだった。

 その人によると「真っ暗なマップ」に入ってから西に移動するとラストダンジョンに出る、というものだった。


 それ以外の人は、真っ暗なマップに入ることすら出来ず、また再現出来た人自身も、二度目の再現が出来ない状況で、詳細な条件が見つからないままとなっている。


 ゲーム内からブラウザを起動して情報の再チェックをしていたが、特に目新しい情報はないようだ。

 自分とは無関係の所で謎解きをしてくれる分には、早く結果を教えろとしか思えないが、これから謎解きに参加しようという思えば、俺が解決するまでちょっと待ってろという気持ちになる。

 条件が特定されていないことに少しだけ安堵して、ブラウザを閉じる。


 視界一杯にパンツが広がる。

 ブラウザで隠れていたのだから、ブラウザを閉じた今、視界が全面パンツなのはまったく変ではない。

 薄暗い視界の中、白パンツが映える。最高だ。

 両足を抱きしめるように回していた手を外し、スカートを捲る。


 暗い所に入り込んでいたのはそのほうがブラウザに集中出来るからで、まったく問題はない。

 スカートの外に出て立ち上がると、足を止めていた仲間でヒロインでもあるフィーナが歩き始める。


 実は、彼女は序盤で仲間入りをし、主人公と共に旅をするが、後半に入ったところでさらわれてしまう。

 彼女を救い出すというのも旅を続ける大きな動機の一つだ。さらわれる直前でレベルを上げまくり、その時点で手に入る装備を全て揃えたセーブデータも当然持っているが、今はバグ再現のために始めからやり直している。だから、スカートも下着も初期装備のものだ。


 この部屋の中では歩く方向や速度はランダムで、特に法則があったり、移動する目的があったりするわけではない。そのため、肩を抑えたり、足を捕まえるだけで、その場から移動しなくなる。

 この辺りのランダム移動には、人間性を感じないなどと批判する向きもあるようだが、俺としては好きなだけ抱き着いていられるのが最高だと思う。


 メニューを開いて持ち物を確認する。

 バグを再現出来れば行く先はラストダンジョン。イベント中に起こす関係で、クリア直前の最強データというわけにはいかないが、素早さを中心に上げて回避確率を上げたり、回復アイテムを目一杯用意したりと、出来る限り生き残れる算段を立てた。


 本来のストーリーだと、ラストダンジョンにはフィーナが捕らわれている。さらわれる前のフィーナをパーティーメンバーにしたまま、捕らわれたフィーナを助け出したらどうなるのか、とても楽しみだ。

 道具を確認してから、装備を変更する。

 鎧のゴツい感じは強くなったような気がして好きだが、抱き着いたときにフィーナの柔らかさが堪能出来なくなるのは問題だ。そのせいで宿に入る度に装備の解除をする羽目になる。


「よしっ」


 フィーナの恰好を確認して気合を入れ直す。

 序盤なせいで高性能装備とはいかないが、シンプルな皮のローブがよく似合っている。膝丈のローブからは同じくシンプルなズボンが見えており、露出が少ないのが残念ではあるが、街の外を歩き、モンスターと戦うための装備だ、露出があったりすると普通に危ない。


 どれだけ高性能な装備で身を固めていても、装備品のない隙間に攻撃が当たると、クリティカル扱いで防御力無視の攻撃が通ってしまう。

 これはモンスターも同様で、どれだけ固い鱗を持っているモンスターでも、鱗のない目や口の中を攻撃することで防御を抜ける。


 だから防具は全身を覆うものがいい。露出が少なくなるように、皮の手袋で手を守ったり、フードで頭や首を守ることも重要だ。

 それに丹念に作り込まれている分、皮鎧と金属鎧では触った感触も違うし、身に着けたときの重みも違う。

 身に着けることの醍醐味を味わえる感じがして、とても楽しい。だからフィーナの装備が問題ないことを触って確かめることも重要だ。特に胸部装甲がちゃんとしていないと命に関わる。


 さわさわ。こんこん。

 厚手の皮で補強されたローブは、胸の部分がちょっと固い。

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