夢と二次元と現実と

沙羅夏津

夢と二次元と現実と

「ボール回せー!こっちだこっち!!」




バスケットシューズが体育館の床を鳴らし、ボールをつく音、歓声、練習の声出し、仲間と過ごすこの部活の時間が、俺はすべて好きだった。




きっかけは小学校の頃、父さんに手を引かれ連れていかれた地方のバスケットボール大会。




それを見た俺は興奮気味で父さんにこういった。




「俺もこんなかっこいいプレーができるかな!?」




父さんは少し考えて、すぐに笑顔を作り、俺の頭をわしっとつかみ、言った。




「あぁ、できるとも」




次の日から俺は父さんに買ってもらったバスケットボールとシューズを持ち、近所の公園のバスケットコートに毎日通い、日が暮れるまで練習した。




そんな熱心な俺の姿を見た父さんは市のジュニアバスケットボールチームに入らないかと誘ってくれた。




チームメイトはみんな小学生で、俺なんかよりずっと強かったし、うまかった。




でも、大好きなバスケだったから俺は必死に食らいついていってスタメンをとれるまでに成長した。




成長期もあって、身長もぐんぐん伸び、センターのポジションを任され、ゴール下の支配者になった。




連勝に続く連勝で、中学に行ってもお前ならやっていけると小学校卒業時にコーチに言われた。




中学に入学後、すぐにその学校のバスケ部に入部した。




先輩は怖かったし、先生も怖かったが、やはり大好きなバスケをあきらめることはできなかった。




すでに頭角を表し始めていた俺に先輩たちはよく思わず、いじめられた。




同学年の友達も自分が被害にあうことを恐れて助けてくれることはなかった。




それでもなんとか中学3年まで休まずに毎日部活に参加した。




そして、最後の春の大会の前日。つまり、勝てなければ最後の練習になる。




顧問の先生も明日に迫った大会を意識して普段よりも厳しく指導していた。




「んじゃ、今日の練習は終わりだ。みんな、今日までよく頑張ったな。あとは練習の成果を明日発揮するだけだ。




それじゃあユニフォームの番号を発表する。1番ーーー」




ボードに書かれたメンバー表を1番から呼んでいく。呼ばれ喜ぶ者、スタメンに選ばれなかった者、三者三様の反応が見れた。




「5番、羽瀬。ゴール下はお前に任せたぞ?」




先生は笑いながらバンッと俺の背中を思いっきりたたいた。




「は、はい!頑張ります!!・・・・っしゃぁ!」




思わず握りこぶしを作り、ガッツポーズをしてしまった。




元々同学年のバスケ部人数は少ないが、一番成長期真っただ中にある中学の時期では高身長の友人が多くいた。




その競争率が高いセンターの1人を任されたのである。




小学校から恋愛にもゲームにも目を向けずにひたむきにバスケのみに打ち込んできた努力が今報われた瞬間でもあった。




「よかったな、っくあー!小学校の頃から一緒に練習してきたけどお前には勝てねえ・・・




頑張れよ、結城。」




「おうっ!」




拳と拳をぶつけ合い、にかっと笑った。




こいつは俺の幼馴染の瀬戸正輝




同時期くらいから俺の誘いでバスケを始めた。親友である。




俺はセンターで正輝は俺よりも身長が若干低く、非力で実力もお世辞でもうまいとも言えないが、正輝も毎日休まず部活に参加してきた戦友であった。




そして、正輝の言う通り、正輝は俺に一度も勝ったことがない。




1on1の話ではなく、スタメン争いでの話である。




残念そうな顔をしつつも、スタメンをとった俺に祝福の言葉を言えるというのはすごいことである。




ーーー本当にいい友達を持ったな・・・・正輝には感謝しきれないや。




正輝の分まで明日は頑張らないと・・・・




パンッと先生が手をたたき、ざわざわとしていた面々を黙らせ、




「よし、それじゃ解散だ。明日の集合時間は8時だぞ?お前ら遅刻すんなよ?」




「ありがとうございました!!」












「っくはー、今日は一段と厳しかったなあ先生も」




「さすがに大会前日だしね。ッ疲れたぁ~」




大きくのびをしながら、暗くなり始めている夜道を正輝と二人で歩く。




「ついに最後の大会かぁ・・・・」




「おいおい、負けた気でいないでくれよ、まだ勝てば最後じゃないだろ?県大会、全国大会ってあるんだぜ?まずはこの地方県予選で3位以内に入らないと・・・!」




「だってさ結城はいいよな、スタメンに入れたんだから。俺にとっちゃスタメンじゃなくなったらもうよほどじゃなければ試合に出れないだろ?




俺にとっちゃ最後の大会だよ。先生も基本交代なしでやっていく人だから・・・・」




「うっ・・・・そっか、ごめん」




苦虫を噛み潰したような顔をしながら思わず、しまったとつぶやき、両手を合わせて謝った。




「いやいや、別に結城を責めてるわけではないんだ。ただ、小学校からやってきたのに俺はだめだなあって思っただけ。




・・・・ほんと、俺の分まで頑張ってくれよ?」




「おう!まかせとけっ」




「んじゃ、俺こっちだから。遅刻するなよ?結城。したら俺がでちまうからな?」




「当たり前だろ?それじゃ、また明日ーーー」




手を振り、曲がり角で分かれる。




「腹減ったなあ・・・・今日の夕飯はなにかな~」




そんなことをつぶやきながら、角を曲がろうとした時だった。




「・・・・え?」










































目を覚ました時には見慣れない白い天井と、白い部屋が目の前には広がっていた。




腕には何本もの注射が刺さっており、点滴をしている状態であった。




「いっつつ・・・・ここは・・・・病院?」




あたりをきょろきょろと見回してみると、近くの市立病院であることがわかった。




外は雲一つない青空で日は高く昇っていた。




「そうだ、今日は大会が・・・・!」




枕元にあったリモコンでテレビのスイッチを入れると日中の呑気なテレビ番組が映し出される。




チャンネルを変え、ニュースがやっているチャンネルに合わせた。




「嘘・・・・だろ?火曜日・・・・!?」




俺は4日も寝てたっていうのか?




大会は!?大会はどうなったんだ?




「そうだ、ナースコール・・・・」




ナースコールを押すと、すぐに医師が自分の部屋にやってきた。




「今親御さんに連絡をいれましたのですぐにくるでしょう。




羽瀬結城君、よかった。目が覚めたみたいだね。体の調子はどうだい?」




「どうもなにも・・・・って、先生、俺はどうしたんですか!?なんでこんなところにいるんですか!?」




まくしたてるように質問責めにするものだから先生は困った顔をしながら順を追って説明してくれた。




「あのね、結城君。君は事故にあったんだ。車との正面衝突。




運転手は携帯をいじりながらのよそ見運転ではないか?と言われており、結城君をはねてから逃走し、そこからまだ捕まっていないらしいんだ。




そして、君はもう歩くことも走ることもできない。




ぶつかったときに脳を激しく強打したようで、神経が傷ついてしまい、体が麻痺してしまってね、今の技術では立つことも難しい・・・・




だ、大丈夫かい?結城君顔が真っ青だけど・・・・」




真っ青?あたりまえじゃないか。頭が追い付いていない。




事故?脳が損傷?麻痺?もう歩くどころか立つこともできない?誰が?俺が?




「・・・・は、ははは・・・・なんの冗談だよ、やめてよ先生・・・・そんなブラックジョークなんて」




「・・・・すまない、冗談ではないんだ。申し訳ない、何もできない私たちを許してくれ・・・・」




そう言い残して肩を落として部屋を出て行った。




「悪い夢を見てるに違いない・・・・うん」




そう思い込むことにして眠った。




数時間くらい眠ったらある程度頭がさえた。




目が覚めた時には椅子に座って本を読んでいる父さんがいた。




「お、起きたか。体の方は大丈夫・・・・なわけないよな」




「・・・・うん」




「・・・・」




どこか気まずい雰囲気がその場を支配する。




数分後、口を開いたのは結城だった。




「試合、どうなったの?」




「あぁ、完敗だよ。まさか相手が県大会出場有力候補の一つの学校が相手だったとはな・・・。




トリプルスコアを決められて、132-24。ボロボロだったみたいだ。




というか、お前の知らせを受けて試合どころじゃなかったというのが正確かもしれないな」




「・・・・そっか」




「ほら、お前の友達がこれをーーー」




「・・・・らない」




「え?」




「いらないっていってるだ!!」




父さんが紙袋から取り出した寄せ書きとバスケットボールを思いっきりはじいた。




「結城・・・・」




「ごめん、ちょっと一人になりたいんだ」




「あぁ、そうだな。何日か空けてまたくることにするよ」




「・・・・」




返事もせずに黙ってる結城を見て深くため息をつき、荷物をまとめて部屋を出て行ってしまった。




それを横目で追うと結城もまた深くため息をつき、空を仰ぎ、つぶやいた。




「父さんに当たってどうすんだよ・・・・」




















それから日に日に口数も少なくなっていき、食事にすら口をつけず、窓の外をぼーっと見ている日々が続いていた。




家族が来ても、友人が来ても、口を開かず、質問にも答えず、顔すらもそちらに向けない。




まるで抜け殻になったような姿。




場面は変わり、病院の休憩室。結城の見舞いに来た両親と、ちょうど居合わせた結城をひき逃げした事件を担当していた警察官と話をしていた。




「どうしてあんなことに・・・・あの元気だったあの子を返して・・・・!」




顔を両手で多い、すすり泣く母親。それを悔しそうに見、




「まだ捕まらないのか!?犯人は!!」




バンと机をたたき、警察官に檄を飛ばすと困惑気味に見舞いにきた担当警察官はこういった。




「なかなか足すらもつかめなくて・・・・申し訳ないです。いかんせん、本人があの調子じゃ・・・・。




それに、はねられた時から気絶してしまって相手の顔も見ていない、そしてそれを見ていた者もいない・・・・




残念ながらお手上げ状態なんです、こちらも」




「なんとかならないんですか!!せめて・・・・なにか・・・・なにかないですか!!」




「なにかって言われても・・・・なにも証拠がないんです。それじゃあ動くことすらもできない。




顔さえ覚えていれば・・・・」




「一瞬だけど、見たよ。それ」




「「えっ!?」」




両親は声がした方向を反射的に向く。




そこには車いすを使い、飲み物を買い、部屋に帰る途中であろう結城がそこにはいた。




「本当なの?」




「一瞬だよ。車もよくわからないけど、黒い車で、音楽が大音量で流れていたと思う。




いつだか医師が言ったように携帯をいじってたと思う。顔はわからないけど、髪の毛は短かかったかな。




なにか役に立てたかな?」




「もちろんだとも!!その証言をもとにこちらも探してみるよ!ありがとう結城君。




さっそく署に戻って総出で捜査に向かいます、ご両親さん、それでは失礼します」




頭を下げて、病院を出て行った。




「結城、元気そうでよかったわ。ここ最近上の空だったから・・・・」




「なんの用だよ。」




「あなた、プロのバスケットボール選手になるんだって言ってたあの頃と比べるとこんなになっちゃって・・・・私も心配したわよ?」




椅子から立ち上がり、母親は結城に歩み寄り、手を伸ばした。




が、それを結城は力いっぱい振り払った。




「ふざけんじゃねえよ!!今更なんだってんだよ!!父さんになにからなにまで押し付けてお前は仕事仕事仕事仕事!!家にろくにいない!大会の応援も来ない!全部父さんにまかせっきりでお前はずっと仕事しかしてこなかったくせに!!




今更母親面すんじゃねえよ!!帰ってくれよ・・・・もう。あんたの顔なんか見たくない」




「結城、母さんにそんなこと言うもんじゃ・・・・」




「父さんはそいつの肩を持つのかよ、なんだよ、なんなんだよ!!!」




そう怒鳴り散らすと、部屋に戻ってしまった。




ーーわかってる。これは単の八つ当たりだってことも。でも、このやりきれない気持ちを発散できるところなんてない。




どうしろっていうんだ、今までバスケ一直線できたのにそれができない、むしろ歩くことも立つこともできない。




「もう、死のうかな・・・・生きてたって・・・・」




目から涙を流しながら天井を見上げる。




その時、ちょうど視界に入ったのはとあるDVDであった。




「・・・・そういえば、友達が来てもろくに顔も見てなかったな・・・・。




あいつも来てたんだ」




クラスメイトでオタクな友人とも言えないが、多少は・・・・というよりも一方的に話しかけてくるおかしな人がいた。




席が隣で、スルーされても気さくに話してくれた人。




名前は覚えていないが、その人が持ってきてくれたであろうアニメのDVD。




そのアニメの内容はこうだった。




目の前で幼馴染を車で失ってしまった主人公。それを主人公のクラスメイトや主人公のことが好きだったヒロインが立ち直らさせ、前を向いて歩き出すというアニメにしては少し重い内容のアニメであったが、設定が自分に似ているからか、父親が持ってきたPCを使い、一気に全話見てしまうほど見入っていた。




ラストシーンでは、自殺しようとしていた主人公を主人公のことが好きだったヒロインがそれを助け、告白からのキスで終わるというものであった。




「はは、二次元はいいよな。こうやって周りが助けてくれるし、かわいいヒロインもいて。




・・・・はは、笑っちゃうよな。友達も両親にもあんなことして・・・・




こんなうまくいくのは二次元だけだよ。誰も助けてくれない、いや、助けられない。




犯人が見つかったからってどうする?足がもとに戻るわけでもない。




「もう・・・・終わろうか」




そうつぶやくとベットを下り、車いすに乗り込む。




向かう先は病院の屋上。




立て付けの悪い金属のドアを開けると、心地よい風と一面オレンジ色に染まった空が結城を向かえた。




「もうなにも恐れることはない。さようなら、そしてごめんね。父さん、正輝。




俺は先に行くけど、俺のことなんか気にしないでこれからも元気にーーー」




車いすごと病院の屋上から空へと消える。




自由落下で車いすごと一直線に地面に向かって落ちる。




そして、鈍い音と金属の音が響くと同時に、悲鳴が響く。




「誰か、誰かああああああああああああああああああああ!!人が・・・・人が・・・・!」




「どうしたんだ!?・・・・ッ!?まさか、あそこから・・・・?」




「何事だ!!・・・・結城君!?誰か!両親を・・・・!」




「嘘だろ・・・・結城が・・・・結城が・・・・」




すぐに運ばれたが、あの高さから落下したため、即死であった。骨もバラバラになり、ありとあらゆる臓物が飛び散っていたため死体も無残なものであった。
























後日、自殺の件と捕まった犯人のニュースが大々的に取り上げられた。




『足を奪うどころか、生きる意志をも奪う凶悪犯』として終身刑を言い渡された。




犯人はというと、『気が付かなかった』と一言言い、不気味な笑みを浮かべ署に入っていったという。




そして今日は犯人との面会の日、結城の父親は犯人と初対面である。




「お前どんな根性してんだ、人の息子の人生をめちゃくちゃにしやがって・・・・おい!笑ってねえでなんとか言ったらどうだよ!」




犯人と父親の間のたった一枚の隔たりを力いっぱい殴りつけた。




拳からは皮がむけ、血がそこから流れ出す。




「ははっ確かにてめえの息子をひいたが、自殺するとは思わなかったんだよ。




いやぁ、ご不幸なこったぁ!!」




そういうと声を上げて笑い散らした。




「ふざけんな!!こっちがどんな気持ちでいると思ってんだよ!!おい警官!こいつを殴らせてくれ!!




そうでなきゃ気が収まらねえ!!」




「それはちょっとできかねますよ流石に・・・・」




「くそがああああああああああああああああああ!!」




両手で消えることのない厚い壁を悔しそうにたたき続ける結城の父親を見て犯人はにやにやと笑っているだけであった。




「ほら、部屋に戻れ。・・・・たく、人間じゃねえなあいつ・・・・。




すみません、せっかく足を運んでもらったのに。怪我、大丈夫ですか?」




声をかけてきたのはこの事件を担当していた警察官であった。




「自分が本当に情けない・・・・障害を持ってしまってふさぎ込んだ結城にまともな声もかけられず、そして自殺まで・・・・




親として失格だと思います、本当に」




「そんなことはないと思います。あなたはよくやっていたと思いますよ。




・・・・ところで、お母さんの方は?」




「もともとあの人は仕事以外に興味がないのか息子が死んでも一言返事ですぐに仕事に行ってしまいました。僕も後日離婚届を提出しようと思っています。




いつからこんなすれ違うようになってしまったのか・・・・」




「・・・・。そうだ、病室を片付けているときに、お父さんあての手紙が出てきました。これだけは私の方から手渡ししておこうと思って。どうぞ」




A4の紙を丁寧に折ってある紙を開くと、そこには汚く、ひらがなが多い父宛ての内容であった。




父さんへ




こんな機会でないと手紙なんて書くこともないね。




始めに、ごめん。親不孝な息子で本当にごめんなさい。




これをあなたが読んでいるということは、俺はもうすでにこの世にいないと思う。




先にあの世に行く俺を許してほしい。




小学校の頃、父さんと見に行ったバスケの試合本当に面白かった。




バスケを俺に教えてくれてありがとう。




母さんはあんなんだから、少し寂しかったけど、父さんがいつも遊んでくれてうれしかった。




まだやりたいこともたくさんあるけど、一足先にいかせてもらうよ。




ごめん、それからありがとう。子供から親に向けてこんなことを言うのは変だけど、




無責任だと思うけど、俺の分よりも幸せになってほしい。




結城










「・・・・アホ、ひらがなばっかじゃねえか。ほんと、親不孝なバカ息子だよ・・・・




ほんと・・・・うっ・・・・うっ・・・・!




ありがとうございました、それじゃ僕は・・・・」




手紙を握りしめ、声を殺し、泣きながら面会部屋を出て行った。




「警官って本当に嫌な仕事だよ、ねえ。お父さん」










上の空で署を後にし、気が付いたら家の前までやってきていた。




「ただいま」




返ってくるはずのない返事を玄関で待って、悲しそうな顔を浮かべて真っ暗な家へと足を踏み入れる。




シンと静まり返った家。




そこにはもちろん母の姿もなく、結城の姿も。




今でもこれが覚めない夢なんじゃないかって思うほどである。




「はは・・・・奥さんもなくして、息子もなくしてどうやってあいつの分まで生きろっていうんだよ。




俺はもう疲れた・・・・疲れたよ、結城・・・・」




約束を守れなくてごめん、父さんも今そっちにいくからーーー






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