第87話 ノーテンキ冒険隊・最後の聖戦(後編)

 僅かの時間だが、悠久と思えるときが過ぎる。

 炎に包まれる、ロボットの残骸を見つめる晴海。


「オレを信じろって、言ってくれたんだもん。帰って来るよね、きっと……」


 瞳に焔光を写しながら、中華ナベを抱き締めて、晴海はクラウドの帰りを信じて待ち続ける。


「もっとバケツを持ってきてくれー!」

「急ぐでござるよ!」


 雨森ブラザーズと雷也はバケツリレーを指揮し、上沢高校の生徒たちとともに、必死の消火活動を行っている。


「くそっ! まだ、時間はあったはずだろうが! なんで、爆発しやがるんでぇ!」

「ロケット弾による狙撃はカンペキっした。そもそもタイマーの設定がずれていたのか……」


 情報収集に動くムラサメ小隊だが、隊員たちの焦燥感は計り知れない。


「あたしの夢と冒険に付き合ってくれるんでしょ? 早く帰って来てよ……」


 晴海は心ここにあらずといった感じで、一人つぶやき続ける。


「隊長! 爆心地は何もかも粉々に吹き飛んで、真っ黒焦げです! 何も確認できません!」

「くそったれがぁーっ!」


 状況が逐一報告されるが、ただただ悲惨な現状が浮き彫りになるだけであり、その都度にムラサメ少尉の怒号が轟く。


「ずっと一緒にいてくれるって、言ったじゃない。なんで戻って来ないの……」


 大粒の涙をボロボロとこぼしながら、ついに晴海は絶叫する。


「なんで、いなくなっちゃうの! あたしを独りぼっちにしないでよーーーーーっ!!」


 わっと堰を切ったように泣き崩れる晴海。

 そんな彼女を気遣い、そっと寄り添う雪姫。

 周囲の者は、彼女の悲痛な叫びに何も言えず、ただ見守る事しかできなかった。


「チッ、くだらねえ……」


 だが、雹河は実につまらなそうにそう言って、少女たちに背を向ける。

 それを聞き咎めた雪姫は、血相を変えて雹河に食ってかかる。


「お待ち下さい! なんで、そんな事を言えるんですの! あなたには人の心が無いのですか!」


 雹河はそんな雪姫に対し、あきれたような口調で。


「だから、てめえの目は節穴だといってるんだ。あのバカがこの程度で死ぬわけが無いだろうが」

「氷室さん……?」


 消火を終え、何も残らなかった焼け跡を見つめ、何を思うか呆然と佇む雨森ブラザーズ。

 その片割れの黒い方、雨森南斗がある一点を指差し。


「兄者……、あれ……」


 弟の呼び掛けに白い方、北斗が示された方向をみると。


「はははー。やっぱり生きてたか、あいつ」


 未だ泣き濡れる晴海。地面に突っ伏したまま慟哭を続け、動こうとしない。

 少年は、驚きで口元を押さえている雪姫の脇を通り過ぎ、晴海の側に立つ。


「お前、また泣いてんのか? 泣きすぎだろ」


 聞き慣れた声に顔を上げた晴海は、目を白黒しながら。


「…………お化け?」

「なんでだよ」

「クラウドくんっ!」


 晴海は帽子をはね飛ばしながら、クラウドに抱きつく。

 それを受け止めようとしたが、もう力が残っておらず、クラウドは晴海を抱き留めたまま、どでーんと仰向けにぶっ倒れた。


「あいてててて……」

「クラウドくん! 生きてるよね!? ニセモノじゃないよねっ!?」


 クラウドのほっぺたを両側から、みにょーんと引っ張りながら、マウントポジションで問いかける晴海。


正真ひょうひん正銘ひょうへい、間違いなだってば」

「うー……、ドキドキさせないでよーっ!」


 晴海はそう言って、うわーんとクラウドの胸に顔をうずめる。

 クラウドは子供のように泣きじゃくる晴海を、優しく抱きしめて栗色の髪を撫でてやり、そういやあの時もこんな感じだったなあと感慨にふける。

 なんか、泣かせてばっかりだなと思いつつ、からかうような口調で。


「泣き虫、甘えんぼ」

「なによー」


 顔だけ起こし、拗ねたように口を尖らす晴海。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を見て、クラウドは思わず笑いがこぼれ、それを見た晴海もようやく顔がほころんだ。


「……あっ」

「ん? どうしたの?」

「忘れてた。オレの誕生日、5月5日こどものひだった。いつの間にか終わってた」

「そうだったの? じゃあ、お祝いしなくちゃね」


 晴海はクラウドに、チュッと軽く口づけして。


「お誕生日プレゼント」

「…………どうも」


 恋人から初めてもらった誕生日プレゼントは、ほんのちょっぴりしょっぱかった。


「あのー、わたし、さっきからずっと拝見しているのですけれど……」

「見せつけてくれますなー、おふたりさん」


 絶妙なタイミングで入ってきたいじりの声に、クラウドと晴海はぴょんと跳ね起き、2人並んで恥ずかしそうに正座する。

 雨森ブラザーズを始めとする仲間たちが、続々と集まって来た。


「で、お前、あの状況でどうやって助かったんだー?」

「山瀬殿と変態殿はどうしたでござる?」

「いや、オレも色々あって、うまく説明できないんだが……」


 クラウドは2人を救出するため、コクピットに乗り込んだものの、急に足元に危険を感じ、メガ正宗を下に敷いた状態で2人を担ぎ上げたところ。

 案の定、ドカーンと大爆発。

 3人は空高く打ち上げられた。


「落下傘傘もないし、もうダメかなあと思ったけど、落ちた所が森の中で、枝で減速したり、地面がフカフカのクッションになってて助かった」

「あー、あの森かー」

「あんなとこまで飛ばされたのでござるか」


 ブラザーズと雷也は、行きの道中で遊んだ森を思い出す。


「そんで、八つ墓村のスケキヨみたいに地面に埋まってた2人を引っ張り上げて助けたんだけど、もう運ぶ体力が残ってなかったから、山瀬さんたちは森の中に置いてきたんだ」

「なるほどなー」

「まあ、生きて帰れてなによりでござる」


 ようやく、安堵の表情を見せる仲間たち。

 ムラサメは部下に指示を出し、隊員の数名が捜索のために森に向かった。


「さっすが、クラウドくん。あたしの相棒だねっ♪」


 晴海はクラウドの首に抱きつき、クラウドは照れくさそうに頭をかく。

 2人の仲睦まじい様子を見て、ブラザーズは全てを察し、ニヤニヤと悪魔的な笑顔を見せると。


「じゃあ、オレらからも誕生日プレゼントだ」

「つーか、ほれ、落とし物」


 ブラザーズはクラウドに本を手渡す。

 そのタイトルは、『巨乳のお姉さんは好きですか』。

 それを見て、ビシッと固まるクラウドと晴海。


「インディ娘ちゃんを助けにきた時に城で拾ったやつ、さっき空から降って来たぞ」

「クラウドくん、どういうこと?」


 ジロリンと睨む晴海。クラウドはそれに対して、知らぬ存ぜぬを押し通そうとする。


「こんな本、オレは知らないな~」


 ひゅーひゅー、と下手くそな口笛を吹いてごまかそうとするが。


「じゃあ、これは要らないんだな」

「ああん、オレの宝物! ……あっ」


 クラウドがギギギギギと首を巡らせると、そこには般若の形相の晴海の姿が。


「あたしが捕まってる時に、いったい何やってんのっ!」


 中華ナベを構えて、晴海はクラウドを問い詰める。


「ま、待ってくれ! 話せば分かる! ってーか、中華ナベで人を叩いてはいけません、危ないから!」

「自分はさんざん殴ってたくせに、今さらなに言ってんのよーっ!」


 メガ正宗を振り回し、追いかける晴海、逃げるクラウド。

 猫とネズミのカートゥーンのように、追いかけっこはいつまでも続く。

 そんな彼らのやり取りを見て、笑いが起こるノーテンキ冒険隊と仲間たち。


「がっはっはっ! あいつら、やっぱり面白れぇな!」

「おーい、三雲! もう、痛み止め切れてるだろー! テーピングは変えなくていいのかー?」


 軍医のニワカ軍曹が、大声で呼び掛ける。

 すると、クラウドはそのままバタンと前のめりに倒れた。


「あれっ? クラウドくん、あたしまだ1発も殴ってないよ?」


 クラウドはそのまま微動だにせず、どうやら気絶してるようだった。


「うわっ、白目剥いてる! クラウドくん、クラウドくん、しっかりして!」

「あーあ、やっぱり限界越えてたかー」

「そりゃそだなー」

「めでぃーっく、めでぃーっくでござる!」

「はいはい」


 苦笑いをしながら、救急キットを持って駆けていくニワカ。

 大笑いをするムラサメの元へ、森に捜索に出ていた隊員の1人が戻って来たが。


「報告します! 指示があった場所を捜索しましたが、標的の2名の姿が見当たりません!」

「なんだとぉ……?」

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