第60話 クラウドの想い
「……インディコっ!?」
クラウドはガバッと身を起こす。
ズキッと脇腹に走る痛みに、身体を折って、顔をしかめる。
「ここは……?」
見知らぬ部屋。
六畳一間のカーキ色のテントのような、というより大型テントそのもの。
部屋の中に置いてある道具類から、保健室のような場所であることが察する事ができるが。
「おう、目ぇ覚めたか」
入り口のカーテンが開き、1人の男が姿を見せる。
海賊巻きのバンダナがトレードマークの、眉毛がぶっとい、この男は……。
「ムラサメ!? いや……、ニセモノ!」
クラウドは背中に手を伸ばすが、そこにリュックは無く、素手でムラサメに襲いかかろうとするが、傷の痛みでへなへなと崩れおちた。
「おいおい、俺様は正真正銘のモノホンだっつの」
「……何で、お前がこんなトコに?」
「おいおい、ここはムラサメ小隊の
ムラサメはパイプイスを引っつかみ、ベットの近くに腰を下ろす。
「ま、いいけどよ。大変だったんだぜぇ、おめぇをかついでここまで運ぶのはよぉ」
「そうか……」
うっすらと覚えている。
あの時、倒れたオレと晴海を煙幕が包み、逃げ
「そうだ……、インディコ。ムラサメ! インディコはどうした!」
再び痛みが襲い、クラウドは傷口を押さえる。
「動かすな、肋骨にヒビが入ってんだ。あの娘はとっくに行っちまったよ」
「行ったって、どこに!?」
「あの城だよ。仲間を助けるっつって、単身乗り込んでいった。この様子じゃ、たぶん敵のお縄になってやがるだろうなぁ……」
「それは、いつの話だ!」
「そうだな、24時間ほど前か? 今は5月7日の1610。おめぇはウンウン唸りながら、丸1日寝てやがんだぜぇ?」
「マジかよ、くそっ……。こうしちゃいられねえ!」
立ち上がろうとするクラウドだが、ビキッというケガの痛みが全身に走る。
「ぐあっ!」
「無理すんな、その傷は深けぇぞ。全治1ヶ月、安静にしてろってよ」
「だけど、こうしている間にも、インディコは……」
「そうだなぁ、カリスマ教の奴らにあんな事や、こんな事を……」
「ぐおおおおおおおおおおっ……! ぐあーっ、痛ってえーっ!」
「だから、無理すんなって」
「お前が、いらん事言うからだろうがっ!」
それでも、這いつくばりながら、城に向かおうとするクラウド。
「オレのせいだ! オレのせいで、インディコが……。オレがもっとしっかりしていれば……!」
必死の形相で、無理やり傷ついた身体を推し進める。
その鬼気迫る姿に、ムラサメは晴海が残したメッセージの意味を知る。
「……まあ、聞きやがれ。あの嬢ちゃんから言付けだ。『あたしのことは忘れて。もう、顔を見たくないから』」
クラウドは動きを止めると、信じられないといった顔を向ける。
「……本当に、あいつがそう言ったのか?」
「確かに伝えたぜ」
「……」
クラウドは、のろのろと立ち上がり、さっきまで寝ていたベッドに座る。
「そうか……、そうだよな……。そりゃ、愛想も尽かされるか……」
「おめぇらの間に何があったかは知らんが、助けに行かねぇでいいのか?」
「あいつは、もうオレの助けを求めてないってのか……? 顔を見たくないって、なんだよ……!」
ムラサメの問いに答えず、クラウドは頭を抱えながら呟く。
「まあ、それが賢明な判断だな。手負いの奴が1人で行っても勝ち目は無ぇ」
「……」
そんなクラウドに、ムラサメはさらに非情な現実を突きつける。
「もし助けに行くとしても、リミットは長くて、あと8時間足らずしか無ぇからなぁ」
「……どういうことだ?」
「俺様たちが調べたところ、カリスマ教と上沢高校との交渉期限が、5月8日の0時。それまでは人質の安全は確保されてナンボだが、学校側が人質を見捨てる判断をするようなら、嬢ちゃん達がこれからどうなるか分からねぇな」
「……くそっ!」
再び、立ち上がろうとするクラウド。だが、傷の痛みと、晴海が残した言葉の重みが、クラウドの身体を押し止める。
今度は動かなくなったクラウドを、もどかしく感じたムラサメは。
「そういや、あの嬢ちゃん……泣いてたなぁ。おめぇの枕元で。ごめんなさい、ごめんなさいってな」
「そうか、オレはまたあいつを泣かせちまってたんだな……」
むしろ逆効果になってしまい、ひどく落ち込むクラウド。
もともと、気が長い方ではないムラサメは業を煮やす。
「しゃらくせぇ! 行くのか行かねぇのかはっきりしろい!」
「……」
「彼女のピンチに助けに行かねぇような、彼氏がどこにいるっつってんだ? おめぇ、それでも男かぁ!!」
発破をかけるために、ムラサメはカマをかけてみるが。
「オレたちはそんなんじゃねーよ。それに……、オレはあいつを助けに行く資格がねえ」
「はあ? どういうこった?」
「オレは、あいつを敵から守れなかった。それに、あいつを泣かせてしまった」
「なんだそりゃ? 女なんてしょっちゅう泣くもんだぞ?」
「女を泣かすような奴は男じゃねえ、女を泣かすような奴はオレは許さねえ。だから、オレはオレを許せない!」
「だから、おめぇはあの娘を見捨てるってぇのか? あの娘がひどい目に遭わされるのを指をくわえて黙って見てるっつうのか?」
「そんなこと、できるわけねーだろ!!」
ガツンッ! とクラウドは、ベッドに拳を叩きつける。
「あたしの事は忘れて、だって? そんな事、出来るわけねーだろ……」
クラウドの呟きに、テントの中に沈黙が降りる。
「かあぁー、めんどくせぇ奴らだぜぇ……」
こいつら、好きあってるくせに、互いにそっぽを向いてやがる。
ムラサメは、晴海が別れ際にクラウドにキスをしていた時、アーミーナイフを鏡がわりに、一部始終を見ていた。
だから、ムラサメは晴海の本当の気持ちも知っている。
もっと、お互い、素直になりゃいいのによ。
「よし。じゃあ、俺様からの3つ目の質問だ」
「なんだ? その3つ目って。1つ目と2つ目は?」
「うるせぇ! 俺様がこう言ったら、おめぇらは何でも正直に答えるようになってんでぇ!」
訝しげなクラウドに、ムラサメは問う。
「おめぇは誰のためにここに来た? 何のためにここにいる?」
ムラサメのいつになく真摯な様子に、クラウドも真剣に質問に向き合う。
誰のため、何のために……。
思えば、ゴールデンウィーク直前の昼休み。晴海に付き合ってくれと言われて、夜の校舎に呼び出されたのが全てのきっかけ。
最初は変な言動、人の都合を考えない強引な性格、無鉄砲なトラブルメーカーで、晴海にはだいぶ困惑させられた。
だけど、天真爛漫で、やる事なす事いちいち可愛くて、仲間思いで友達思い、親友を助けたいという優しい気持ち、夢に向かって猛進する心。涙もろくて、そして、たまに見せる寂しげな姿。
1つずつ、晴海の事を知って行くうちに、いつしかあいつを守ってやりたいと、強く思っている自分がいて……。
(ねえ、クラウドくん、ドキドキしてこない? あたし、今すっごいドキドキしてるー!)
クラウドの脳裏に浮かぶのは、夏の太陽みたいな、晴海の満面の笑顔。
「オレは、あいつのため……いや、あいつの笑顔が見たい、自分のためにここにいる」
「最後の質問だ。おめぇにとって、いったいあの
「あいつは……」
クラウドは、ようやく自分の想いを自覚した。
「あいつは……、あいつは……、晴海はオレが惚れている女だ!!」
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