第57話 反攻の導火線

「あっはっはっはっ、お前らほんとに面白いな!」


 暗い部屋の中を、燭台の灯りがぼんやりと照らす、城の地下室。

 その一角。

 石造りの牢獄の中、檻を挟んでブラザーズと見知らぬ牢番の男が楽しく語り合っていた。


「おっぱい相対性理論かあ。確かに胸だけ見て、『おっ?』って思っても、顔を見たらがっかりする事多いもんな」

「でもですよ、オレらもそう思って理論を立ち上げたんだけど、この学校は意外と巨乳美人が多いみたいなんですよねー」

「そうかあ。じゃあ、今度から注意して見ようかな。それに、この『美少女りすと』ってやつも、顔写真入りだし、良くできてんなあ」


 色白で優しげな顔の牢番は、雷也謹製の『美少女りすと(すぺあ)』をペラペラめくる。


きょうえつでござるー』


 声はすれども、姿は見えず。

 牢屋の隅っこの床石が外され、掘られている穴の中から、ザックザックと土を削る音と、雷也の声が。


「でも、これには留学生の情報は載ってないみたいだな」

「ヘー、そんな人がいるんですか?」

「ウチのクラスに、交換留学生でカトリーナちゃんって娘が来てるんだ」

「ほー、先輩は洋モノ好きですかー」

「洋モノっていうなよ。いや、もうそれが、お人形さんみたいにかわいい娘でな」

「ちなみに、胸は?」

「もう、ぱっつんぱっつん」

「やっぱり、美人巨乳か……。もう、オレらは駄目かもしれない……」

「いや、舶来品はノーカウントでセーフにしとこう」


 謎のルールを定義するブラザーズ。


「できたら、その娘の情報も知りたいんだけど……」

「だってよ、雷也。どうするー?」

『一週間、待って欲しいでござるー』


 雷也の返事を承諾の意ととらえ、さらに色気を出す牢番の先輩。


「じゃあさ、ついでにカトリーナちゃんの写真を取って来てくれないかな。できればセクシーなやつ。もちろんお礼はするよ」

「だってよ、雷也ー」

『でじたるかめらを借りれるなら、おっけえでござるー』

「ほんとか? うわ、ありがたい!」


 牢番の先輩はよほど嬉しいのか、派手なガッツポーズをする。

 ブラザーズは我が意を得たりと確信し。


「そのかわりと言っちゃなんですけど……」

「分かってる、分かってる。『扇動して、城内を混乱させて欲しい』って言うんだろ?」

「タイミングも、『敵が潜入したという情報が流れた時』に、やってもらえませんかね」

「でも、本当にそれだけでいいのかい? カギを開けてくれとか、一緒に戦ってくれとは言わないんだね」


 それに対して、ブラザーズはこう答える。


「いやー、そこまで巻き込むと逆にうまく行かないっていうかー、先輩の立場もやばくなるし」

「等価交換なら、それくらいの条件が妥当かなーと」

「そうか。俺も剣道部だから、多少は力になってやれると思ったんだが」


 見かけはやさおとこだが、意外な経歴を語る牢番。

 剣道部といえば、たしか……。


「先輩、実は結構お強いんでしょ?」

『気配で分かるでござるー』

「本当か? 確かに、俺は剣道部の副主将をやってるんだが……」

「へー、そんなお方がどうしてまた、こんな所に?」


 ブラザーズの質問に牢番は、苦虫を噛み潰した表情で。


「行方不明になっていた、ウチの主将から連絡があって、連れ戻しに来たら、軍隊みたいな奴らに捕まってしまってな。強制労働させられてるんだ」

「剣道部主将っていったらー、砂治さじあらしっていう、全国チャンプのめちゃくちゃ強い人じゃなかったですか?」

「おう、よく知ってるな。だが、この前会った時は、なんか様子が変だったんだ」

「事故で対戦相手を死なせかけた、とかなんとか聞いてますけど、そのせいですかね?」

「いや、俺もそれが原因かと思ってたんだけど、明らかにおかしかったんだよな。なんかこう、自我が無いというか、操られてるみたいというか、目がピカーと赤く光ってたというか。とっとと、元のあいつに戻ってもらいたんだけどな」


 そう言って、ため息をつく、剣道部副主将。

 ブラザーズは、いい情報を得たと思い、お互いにうなずき合う。


「とりあえず、先輩は扇動の方をお願いしますー」

「まかせとき。お前らも頑張って脱出しろよ」

『どうも、ありがとうございましたー』



 カリスマ教に捕まった、ブラザーズと雷也は、城の地下牢にぶち込まれる。

 しかし、しおらしく捕まっているような男たちではない。

 雷也は、鉄のスプーンで地面をボーリングして脱出口を作ろうとしている。

 ブラザーズは得意の口八丁を武器に、情報の収集といざという時の協力者をかき集めていた。


「これで10人目かー」

「だいぶ、いい感じになって来たんじゃないかー?」

「雨森兄弟は、革命家の素質があるでござるな」

「インディ娘ちゃんも捕まったみたいだし、クラウドが来た時のために、下準備だけはしとかんといかんからなー」

「疑ってる訳ではないでござるが、本当にくらうどは来るでござるか?」

『来る』


 ブラザーズは一辺の迷いもなく、そう言い切る。


「あいつは必ず助けに来る。たった1人でも突っ込んで来る」

「あいつは、インディ娘ちゃんやお前を見捨てて逃げるような奴じゃないよ」


 雷也は、その対象にブラザーズが入っていない事に気付き。


「雨森兄弟は助けに来ないのでござるか?」

「うん、あいつはオレらを助けには来ないね」

「それはなんでまたでござる?」

「逆の立場だったら、オレらもそうするから」

「自力でなんとかするから、下手に助けに来られたら、何やってんだって逆に怒るよー」

「助けに来たら、むしろ困るぜ。借りは作りたくないからなー、今後いじりにくくなるし」


 奇妙な信頼関係に、雷也は1ヶ月の付き合いで思った疑問を聞いてみる。


「拙者、くらうどと雨森兄弟には、ただの親友関係では説明できないものを感じるでござるが、それは一体何でござろうな?」

「まあ、あいつとは赤ん坊からの付き合いだからなー」

「あいつも、オレらの『兄弟』だ」


 なるほど、と雷也は思った。


「まー、雷也は間違いなく助けに来るから、それに便乗するつもりではあるけど」

「相変わらず、ちゃっかりしてるでござる」

「よし、休憩はこれくらいにして、穴堀りのペースを上げていこうかねー」

「スープしか食わさんような奴らに、目にもの見せてやらんといかんしな」


 と、ブラザーズと雷也は、食事の時にネコババした鉄製のスプーンを構える。


「よし、雷也。再びモグラの様に穴を掘れー」

「もぐらとは、あまりいい気分がしないでござるな」

「バカだなー、モグラは漢字で書くと『土竜』と書く」

「ドラゴンだぜ、ドラゴンー!」

「そう考えると格好いい様な気がして来たでござる」

「そうだろ、そうだろ。行け! モグライヤー、穴を掘れ!」

「……! もぐらって、何て鳴くでござるか?」


 ブラザーズも分からなかったので何も答えられず、そこにはただ沈黙しか残らなかった。

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