第56話 不屈の冒険家

「夢、か……」


 うっすらと瞳を開ける晴海。

 首を巡らすと、白いベールがかかった天蓋付きのベッドの上に寝かせられているようだった。


「そっか……。あの後、あたし……」


 スタンガンの電気ショックで朦朧となりながら、それでもなんとか雪姫と再会することができ、そのまま意識を失ったようであった。


「そうだ……、雪姫。雪姫はどこ!?」


 辺りを見回すが、部屋の中に雪姫の姿が無い!

 また、どこかへ連れ去られてしまったのだろうか?


「あ。いた……」


 ベッドの端に、頭から転げ落ちて、逆立ち状態で寝ている雪姫を発見。


「あー……、あたしが蹴り飛ばしたのかな? なんか、ごめんね」


 晴海はベッドから降りると、雪姫の身体を持ち上げて、ベッドの上に戻す。

 けっこう無茶に動かしたが、それでも眠り姫のように目を覚ます様子のない雪姫。


「もう、すやすや寝ちゃって、いい気なもんね。あたし、ずっと心配してたんだからね」


 晴海はベッドの側に座り、雪姫の頭を撫でて、彼女のあどけない寝顔を愛でるように眺める。


「Zzz……。晴海ちゃん、逃げて……。ソフトクリームのお化けが街をアレしに来ましたわ……。でも、ご安心あれ。わたしが食べてやっつけますわ……。Zzz……」

「どんな夢を見てるの?」


 気がつけば、鉄格子がはまった窓から、青白い光が晴海に降り注いでいる。


「月が見える……」


 格子戸の向こう側に、僅かに欠けた月の姿。

 たしか、クラウドは次の夜が満月だと言っていた。

 晴海はクラウドと並んで語り合ったのが、1日前の事なのにずいぶん遠い昔のように思えた。


「そういえば、クラウドくんにあの時のお礼、まだ言ってなかったなあ……」


 あれから数年間、晴海はずっと自分を助けてくれた少年を探し続けていた。

 彼の手がかりを求めて、何度も何度も北町に足を運んでいたのだが。


「クラウドくんは東町の子だったんだね。どおりで見つからない訳だよね……」


 できることなら、もう一度。もう一目だけでもいいから、クラウドに会いたい。

 だが、現状の囚われの身では、どうする事もできない。

 邪教集団カリスマ教が、いつまでもこのまま無事でいさせてくれる保証もない。

 晴海は霧崎という白衣の男の顔と、昼間に受けた行為を思い出し、身震いする。

 あの時は助けが入ったものの、あのまま続いていればどうなっていたのだろうか。


「はじめては好きな人がいいな……」


 年頃の少女らしい素直な想いを吐露して、うつむく晴海。

 だが。


「いや、何言ってるの、あたし。あきらめちゃだめよ! それに、クラウドくんにはもう頼らないって、自分で決めたんじゃない!」


 気力を振り絞った晴海は、まず立ち上がり、自分の身体に不具合がないか確かめる。


「よし、骨も筋肉も全部OK。次に武器になりそうなものは……」


 晴海は周囲を見渡して状況を確認する。

 月灯りで見える部屋の中、豪華な作りのアンティーク家具が並んでいる。


「あまり無さそうね。頼みのスリングショットは、敵に取られちゃってるし。脱出口になりそうなのは……」


 目ぼしい所は入口と窓の2つ。当然、入口は檻になっており、窓には鉄格子がはまっている。


「何とかして、ここから脱出しなきゃ。ブラザーズくんたちと、雷也くんを助けないといけないし、玲華さんも探さないと……」


 晴海は壁をよじ登り、窓に顔を近づける。


「あ。なんとか、頭は通りそう」


 顔が小さい晴海は、鉄格子に首を突っ込んでみる。

 頭が通れば、体も通るという事をどこかで聞きかじった覚えがあるので実践してみたが。


「あれ、おっかしいな、肩が入らないね。ここから抜けだすのは無理かな……」


 窓からの脱出をあきらめる晴海。

 だが、今度は首がはまって、抜けなくなる。


「あれ? ちょっと、これやばくない? んぎぎぎぎーっ!」


 壁に手と足を突っ張って、首がびよーんとなりながら、必死に格子戸から抜け出そうとする晴海。


 スポーン!


「わあっ!?」


 急に首が抜けて、ゴロゴロゴロと部屋の中を転がる晴海。

 ガーンと、反対側の入口の檻に頭をぶつける。


「あいたたたたた……」


 この騒動の中でも、雪姫は一向に起きる気配はない。

 仰向けに倒れ込んだ晴海は、檻の外の人間と視線が合う。


「……何をやっている?」


 それは、晴海が見知った人物。


「あ、あなたは……?」

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